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5-16 鎧袖一触

 永い眠りから覚醒を果たしたような気分だ。

 実際は眠ってなどいないのだが……まあいい。

 変質し黒曜石のような色彩と光沢を放つ全身を確認する。円を描くように肩を回し腕を突き出し、指の関節をひとつひとつ曲げ、膝を屈伸させ、首を左右に傾げ音を鳴らす。

 動作も視界も良好。思った通り、いや、それ以上の成果。これが心を躍らせない理由はない。

 自身に内包する魔力が激流のように血潮となって全身を駆け巡る。

 滾る。高鳴る。満ち足りる。これほどの高揚感に浸った事はない。情緒が弛緩し、意識せずとも笑みが零れてしまう。

 さて。

 足元に転がる少女のような外見の尖耳族。頭部から血を垂らし力無く横たわるそれに視線を向ける。

 拳を握り力を込める。嗚呼、今日という日はなんとも感情が不安定だ。

 そんな心情に慕っている時だった。

 地中からまたも触手が突き出す。

 ヒトの胴体よりも太く、その先端は鉾槍のように鋭利に尖っている。払い除けるだけでは殺傷性が低いと学習したのか、刺穿しようという魂胆だろう。

 だが……。

 触手が激突する。本来ならば鎧すら破砕する苛烈な勢いのそれを、漆黒の鎧は難なく受け止め、その衝撃すら微塵も伝わらない。


 武装魔法(ぶそうまほう)という概念が存在する。

 嘗て尖耳族(エルフ)が世界を席巻した時代に開発されていた魔法術式のひとつ。その名の通り、魔法式のみで武装を生成、具現化する為に考案されたものだ。

 徒手空拳の状態からでも武具による優位性を得られ、術式の組み合わせ次第でそれ以上の恩恵を生み出す事が出来る。

 しかしこの術式は世に普及はおろか、完成すら果たされなかった。

 理由は至極単純。利点が少なく欠点が目立つこと。

 ひとつは魔法術式が難解且つ巨大化しやすい点。だが武具を生成するだけであれば然程労はないが、強化や技巧を取り入れ附与するとなると二重や三重の術式を必然的に要する。巻物(スクロール)などの媒体を用いて賄うことである程度の補助は可能だが、ならば最初から武具を装備しそれに強化を施す方が理に適っている。

 そして最大のデメリットが魔力の要求量が膨大すぎる点。

 魔力だけで構築した武装は当然魔力を消費して維持する。常時具現化させるだけでも相当の魔力を必要とする。そこに附与魔法を乗算すれば、答えは分かり切っている。

 仮に二人分の強化された武器をこの魔法で作成したとして、サイズやディテールにもよるが一分も形状維持できないだろう。並の術者であればそもそも形成まで漕ぎ着けない。費用対効果が釣り合わないという訳だ。

 しかし、俺はこの魔法に革新を、浪漫を見出していた。

 いかなる状況でも個が圧倒的な力を顕現させ蹂躙し、圧倒する。想像するだけで達してしまいそうになる。

 その為に構築したこの魔法術式は他の追随を許さぬ極限的な力を発揮する俺の魔導の集大成であり結晶だ。いささか魔力を底なしに喰らい続ける短所さえ目を瞑れば完璧で美麗で至高の術式である。

 本音を言えばこれに魔法障壁をも附与が可能であれば無敵を称しても驕りにはならないのだが……まあ、魔導の探求や推敲は今後の課題としよう。


 魔力の練度により魔法の精度は向上する。たかが硬化の強化魔法であっても芸も捻りもない力任せの物理接触なぞ十分無害化できる。超硬金属よりも頑強な漆黒の鎧に弾かれた触手が飽きもせず軌道を修正しこちらへ突き返してくる。

 何もせずとも結果は同じく無意味な徒労。だが、

 「鬱陶しいな」

 左腕で空を斬る。すると触手は先端から真っ二つに裂け、そのまま地面に落ちる。

 魔鎧(マギア・アルマ)は防御に特化した武装魔法では断じてない。この全身は鎧でもあり剣でもある。その身を変質させ、武器にも防具にも勝る攻防一体の傑作だ。

 触手に魔法障壁は附与されていないが、まさか反撃されるとは思っていなかったのかそこまでの知能を有していないのかは定かではないが、怪物が僅かに怯む。だがそれも一瞬。直ぐに新たな触手が威勢よく追撃に地中から出現する。

 下等生物如きがこの装甲に傷を付けることさえ叶わぬが、そう何度も軽々しく触れられると不愉快だ。

 土留色の球体、即ち怪物本体に照準を定め、右手の人差し指を伸ばし魔力を込める。

 「ただの魔弾は喰い飽きただろう。最期はとっておきを馳走してやる」

 魔鎧に附与した術式は硬化(フィルム)だけではない。

 発現中、自身の演算能力を増幅させる思考加速(アクセラレーション)の魔法。動体視力を高めると同時に術式への魔力の充填と展開も底上げする。

 瞬く間にみるみると指先に魔力の塊が生成される。回転は……いらないだろう。既に魔力の弾丸はあれの倍以上の大きさになっている。

 「魔弾」

 射出の引鉄である魔法名を唱えると同時に、魔力の塊が放たれる。

 それを弾丸と呼ぶのは正確ではない。放射状の光を発しながら流星のように光の束が怪物に向かって一直線に突き進む。

 魔法障壁も純粋で絶大な魔力の光束を打ち消すことが出来ず、いとも容易く怪物を呑み込み、その背後の木々や障害物諸共、

 跡形もなく消滅させた。

 力を見誤ったか。少々張り切りすぎて必要以上に魔力を注入してしまったが、まあいい。

 試運転としては申し分ない。後は……、


 本来の目的を果たすとしよう。



 ◆◇◆◇◆◇◆



 何が起きたのでしょうか。

 不浄の巫女様とナナシさんが化物に襲撃されたと思えば否や、今度は強烈な魔力の波動と共に禍々しい外見の鎧が現れ、あっと言う間に化物が消滅してしまった。

 化物の近くで応戦、或いは昏倒する他の騎士は射線から外れていたこともあり大事はなさそうだ。けれど私同様、事態を呑み込めず当惑しているようだ。

 多分、あの漆黒の鎧はナナシさん……なのだろう。見たこともない魔法、けれど圧倒的な魔法で絶望的な状況をひっくり返してしまった。

 私はフェイリックス騎士団に所属する者でありながら、突然の事に頭が真っ白になってその場から身動ぎひとつ取れず呆然と眺める事しか出来なかった。

 ……違う。怖かったのだ。

 化物が息を吹き返した事。巫女様を護れなかった事。勝利したと安堵した矢先、安心も形成も逆転されてしまった事に戦慄し恐怖し自分の身だけを案じ、何もかもを諦めてしまっていた。

 私は臆病だ。消極的で陰気でおよそ騎士とは思えない。

 それでも私は騎士を志した。他の何者でもなく、自分自身の意志で。

 自身の不甲斐なさを反芻し、唇を噛む。結局、私は昔からなにひとつ変われていないと痛感し、自己嫌悪で消えてしまいたくなる。

 「やっぱり、私なんか、向いてないのかなあ……」

 泣き言をひとりごちる。

 同期入団のルキさんは戦闘が頭抜けて秀で、強くて勇敢で頼もしい。シグニスは頭の回転が速く、頭脳明晰で冷静でその上優しい。どちらも私が憧憬を抱き目指した姿を既にしている。

 自身の身の振り方は後で改めて考えよう。邪念を祓うように自分の頬を両手で挟むように二度叩く。ちょっと力を入れすぎて痛かった。

 下がっていた頭を持ち直し、ナナシさん達の方を見やると、漆黒の鎧のまま巫女様へと近づいている。

 たったそれだけの挙動だった。

 でも、それが何故かとても不穏当で、異常に感じた。

 気付けば駆け出していた。持っていた盾を投げ捨て、腰に提げた剣を取外し一目散に。

 離れていた距離はそう遠くなかった。近くにいたからこそ、察知出来たのだと思う。

 「ど、どうしたんですか……!とても正常には見えませんっ……!」

 ナナシさんの腰に抱き抑えるように飛び付く。

 よく見ると巫女様は負傷しており、頭部から流れ出た自身の血で顔が汚れていた。

 じゃあ、治療の為に迫った?いいや、そんな雰囲気ではなかった。

 私は根が暗い。顔や容姿にだって自信がない。そういう人種は得てして「負」の感情や空気感に敏い。

 巫女様とナナシさんは、ね……懇ろな間柄だと聞かされていたが、あの一瞬の佇まいからはそれとは反し、憤懣や怨恨のようなどす黒いものを垣間見た。

 「…………」

 「え?」

 くぐもり小さな呟くような声がした。なんと言っていたかは聞き取れない。

 その直後、漆黒の鎧は魔素の粒子と化し、そのままナナシさんは私の引っ張る方向へと倒れ込み、


 昏倒してしまった。



 ◆◇◆◇◆◇◆



 体が動かない。 

 そうか、抵抗するか。

 それはそうだろうな。

 残る魔力も僅か。些か戯れが過ぎたようだ。

 まあいい。

 こうして『試運転』出来たことだけでも重畳としよう。

 お互いに時間は十分あるのだから。

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