5-13 妙策
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気味の悪い球体は瘴気を発しながら山羊のような鳴き声を何処からともなく発し、同時に無数の触手をうねらせ騎士団達に襲い掛かる。
先程の大鬼型の魔獣も見た目や能力が異様であったが、こいつはそれに輪をかけて異質だ。目で姿を捉えるだけで忌諱に触れるような、本能的な恐怖と生理的な悍ましさを誘発する化物中の化物。
土留色の球体から蒸気のように濃密な魔素を体外に発散し大気は淀みを増す。変幻自在に伸縮し鞭のように撓り地を討つ触手と魔法障壁を前に騎士団も思うように攻め込めず苦戦を強いられている。
白兵戦の先陣を務めているウェリスとルキは囮役だろう。攻撃を誘い、それをいなし、回避ないし受け流し、阻まれると知った上で球体に斬り込み挑発する。
そして後方で佇み、魔弾を連射する魔法支援者の姿。紛う事なく、エルミラその人だ。
一瞬、エルミラと視線が合う。少し彼女の口元が緩んだ気がした。
「あれは、不浄の巫女さま、ですかあ?どうしてここに……」
「分かりません。が、詮索は後回しにして今は状況を開始しましょう。私は団長達と応戦します。ナナシさんはエルミラ様と合流して魔法の支援を。ジニアはナナシさん達の護衛に当たってください」
困惑する俺とジニアに手際よく指示を出すシグニスに、軽く返事をして頷いた。
剣を抜き駆け出すシグニスの背中を見送る。
念の為、ここに至るまでにシグニスには治癒魔法を施しておいた。長期戦にさえならなければ多少の戦闘は持ち堪えられるだろう。
俺達も応戦する彼女の方へと走り出す。
「エルミラ!」
やはり気付いていたのだろう。無邪気に俺に手を振る彼女の元へ駆け寄る。その間も彼女は器用に魔法の行使を続けていた。
「どうして君がここに……」
「私にも事情があるのよ」
聖教の重鎮が近衛も連れず単独で危険地帯へ訪れる事情がそうあるとは思えない。
怪訝そうに眉を顰める俺を察し、一拍置いて嘆息を吐く。魔法支援をしながら、エルミラは観念して口を開いた。
「差出人不明の密書が届いたの。内容は荒唐無稽。でも、脅迫文としての威圧としては十分だった」
「脅迫?」
「端的に言えばフェイリックスを滅ぼすってね。普段なら無視していたでしょう。幼稚な悪戯だって。でも、そこに書いてあってのよ。貴方の名前が」
「俺の……?」
「そう。私が偽名としてつけたナナシの名前が。詰まり、ごく最近、或いは今現在まで私たちの動向を監視しているものがいる。その上での脅迫。なんだか矛盾していると思わない?」
怪しい手紙に俺の与えられたばかりの偽名が記述されている事は不可解だが、それがどう矛盾しているのだろう。
眉を曲げて視線を左上に向け頭を捻る俺を見てエルミラは言葉を紡ぎだす。
「フェイリックスを云々というのはブラフ。真の目的は私の抹殺かそれに準ずる所でしょう。でも私たちに気付かれずに監視出来る隠密能力ないし情報を収集する術がある。ならこんな遠回しで不確定な方法ではなく、不意打ちや他にやり様がある。態々こちらの警戒心を助長する必要なんてなく、ね」
確かに言い得て妙な所だ。国を貶めると脅嚇するのであればエルミラではなく、代表であるムスターに対して宛てるべきであるようにも思える。エルミラをこの場へ誘う口実なのだとすると意図があやふやだ。暴動が起きるかもしれず、異常個体が発生している危険な地域で事故に見せかけて殺害しようとしている?これもまた確実性に欠ける。エルミラが言うように手口が婉曲で見当違いだ。
「だとしても、君一人で見え透いた罠に乗る必要はないんじゃないか?」
「そうね。だから本当はナナシ、貴方に協力してもらおうと思っていたのよ」
「ならもっと早く相談してくれても」
「しようとして、貴方、私を取り付く島もなく置いて行ってしまったじゃない」
……あ。
「密書には指定の場所へ来るように書かれていただけで、護衛の有無や人数や同行者の指名はなかった。他ならない貴方になら打ち明けて助力してもらおうと思っていたわ。でも置いていかれた」
「えーっと……で、でも、あの時そんな話はされなかったし、俺に付き添うとしか言われなかった訳で……」
「周りに第三者がいなければすぐに伝えていたわね」
あ、ああ……そういえばあの時はティティがいたなあ……。国門の近くで他の冒険者や騎士団も多く配置されていたし。
「まあ、過ぎたことを小突いても仕様がないわ。それよりも、あまり暢気にしている状況ではないわね」
土煙と血風の中、土留色の球体が甲高い鳴き声をあげて触手を振り回す姿を見せる。
動きが非常に鈍重で見た目以上に攻撃の手数も選択肢も少ない。巨大で奇抜な外見と纏い発散し続ける瘴気とで威圧感と忌避感はこそ尋常ではないが通常であればフェイリックス騎士団の敵ではないだろう。
問題であった魔法障壁も対抗策を見出しエルミラの支援もあって対応出来ている。だが規格外の耐久力と回復力で衰える気配を見せず傍若無人に立ち回る化物に未だ軍配が上がる。
「大鬼型の異常個体と聞いていたけれど、これは奇形の珍種ね。元気すぎていつ倒れてくれるか見当もつかないわ」
魔力の散弾を浴び魔法障壁を搔い潜った騎士団の無数の斬撃を受けても尚、化物は弱る素振りを見せない。受けたダメージも瞬時に回復する為、目に見える成果を実感できない事も焦燥に輪をかける。
「私や貴方はこの環境も平気かもしれないけれど、この戦闘が長引けば離脱者が出始めるでしょうね。早めに片付けないと」
「でも、どうやって……」
「そこそこ保有魔力のある魔法師が二人もいるもの。特別大きい一撃をプレゼントしてあげましょう」
不敵に微笑するエルミラ。妙策がある、という事だろう。
「分かった。どうするか教えてくれ」
提案を受け入れるとエルミラは満足そうに頷いた。
「そこの騎士様。悪いのだけれど、あの魔獣の警戒をお願いするわね」
「ひゃ……はひ!」
いきなり呼ばれたジニアが声を裏返しながら返事をする。
微妙に締まらない雰囲気の中、異常個体との第二戦が幕を開けた。




