5-12 反撃の狼煙
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ルキを追い信号弾の発煙地点を目指し北東方向へ駆けること約一粁余り。
運良く接敵もなく……いや、そうではない。
先の異常個体が放つ強大な魔力とは別物。更に凶悪で目を背けたくなるような魔力の波長が瘴気となり周囲に充満している。それに警戒した他の魔獣たちは怯えて隠れ潜んでしまったものだと推察する。
暴動の懸念から始まった筈のこの状況は異常個体によって抑えつけられており、今すぐにその心配がないことを喜ぶべきか、こんな異常事態を嘆くべきか悩む所だ。
パルウァエ森林に入り一時間以上が経過した。次第に濃く濁り出す大気中の魔素。耐性がそれなりにある俺とは違いシグニスとジニアはそろそろ生命活動に支障が生じてもなんらおかしくはない。
「二人とも大丈夫か?」
「か、帰りたいですけどお……大丈夫ですう……辛うじてえ……」
「私も問題ありません」
一名は半べそをかいて泣き言を吐露するが、まだ大丈夫そうだ。
本当は今この場で足手纏いの文字通りお荷物になっているのは他ならぬ俺自身に違いない。
大分体調が回復してきたとはいえ、まだ酔っ払いのようにふらつき足が縺れる。その都度二人はフォローに入り、ここに来るまでに無駄な時間を費やしてしまった。
「多分もうそろそろ発煙地点だと思うんですがあ……」
ジニアの言葉を遮るようにシグニスが「しっ!」と言葉を発し、人差し指を自身の唇に宛がう。
金属がぶつかり合うような音と怒号とも思える鯨波が耳に飛び込む。僅かな距離、すぐ近くで交戦が行われている。
三人で顔を見合わせ、それぞれ静かに頷く。
速度を上げ草木を突っ切り、いくらか開けた場所へと抜けると案の定そこには形容し難い怪物と騎士団長のウェリスを筆頭とした十人を超える騎士団員が死闘を繰り広げていた。
チームワーク無視で独断専行した下手人、ルキも最前線で剣を取り応戦している。
俺は声を失い、驚きを隠せない。
濃く濁った紫色の球体のような怪物にではない。魔法障壁を当然の権利のように扱い苦戦を強いられる騎士団にでもない。
そこには、ここに居る筈のない存在が怪物と対峙していた。
淡い桃色の少し癖のある毛髪と先端の尖った長い耳。まるで子供のように小柄で華奢な体つきの少女のような見た目の女性。
「エルミラ……?」
魔法を練り上げ、騎士団と共に戦闘に加わっていたのは間違いなくエルミラその人だった。
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異形の化物との戦闘が開始し数分が経過した。
巨大な剝き出しの心臓のような見た目と質感の本体に騎士団の攻撃はただの一度も通らない。
厄介なことにこのデカブツは常時魔法障壁を展開している。ご丁寧に対物理と対魔法の両方共を。知る限り、魔導大国ヴァヴェンデットご自慢の魔法師団でさえ単騎で魔法障壁を使役出来る者はいなかった筈だ。だがこの化物はそれを可能としている。
瘴気を呼気と共に撒き散らし、膨大な魔力を隠そうともせず誇示して見せびらかすような奴だ。ある程度の魔法的攻撃や搦手を持っているとは思っていたがそれは反則じゃないか?
こちらの攻撃は遮断され、その隙に一方的に反撃する化物に防戦を強いられる。高濃度の魔素が充満する空間での戦闘はその場に留まるだけでこちらが消耗し窮地に追いやられるのは明白だ。
ただし、どうやら無敵という訳でもない。魔法障壁の展開範囲はぶよぶよの球体部分だけで触手にまで効果が及んでいない。加えて障壁は物理干渉と魔法干渉のどちらかひとつの効力しか発現出来ず、性質を切り替える際に僅かに発動が途切れる隙間の時間が生じる。つまり物理と魔法で波状攻撃を仕掛ければ一方の攻撃は本体に届く訳なのだが……。
「触手への警戒は緩めるな。攻撃型の魔装具が残っている奴は連携に差し込んで無駄撃ちせず使え。単騎で行動せず必ず複数人で動け!」
騎士団で支給している魔装具はどれも緊急時用の比較的安価なもので対魔法戦を想定した装備ではない。簡潔に言えば内包する魔素が少なく術式も簡素である為、魔装具から発動する魔法だけでは決定打にはなり得ないし使用回数も限られている。首飾り型や指輪型がその典型である。
武器型然り背負子型然り大型の魔装具は戦争に特化させた魔装具といって過言ではない。他国を侵略する事もされる事もなく、考慮する事はあったが予算的な都合と聖教との折り合いで導入を見送ってはいたが今後は本当の意味で前向きに検討してもよいだろう。尤も、こんな化物と対峙するのは金輪際御免被るが。
「苦戦しているようね」
不意に後方から馴染みはないが覚えはある細く陰険そうな女性の声が聞こえた。
飛び退いて化物と距離を取り、声の主の方へ首を向ける。
「……どうして聖教のやんごとなき巫女様が、こんな危険な場所にお一人でお出向きなさっておられるんですかねえ?」
そこにはやはり、幸が薄そうで年齢不詳の人を常に見下したようなじっとりとした目をした魔女が佇んでいた。
「あら、救援の信号弾を空に放ったのは貴方たちでしょう?」
「それを見て馳せ参じてくれたって?にしては到着が早すぎると思いますがねえ」
フェイリックスからこの場所まで十分やそこらで辿り着く距離ではない。発煙を視認してここへやってきたのは事実だとしても、それよりも前にパルウァエ森林に侵入していてなければ辻褄が合わない。
「ちょっと訳ありでね。それよりも、助けが必要かしら?」
信号弾を使用したくなかった理由のひとつが、聖教に恩を受ける立場になることだった。連中が幅を利かせるようになってからフェイリックスの均衡は日に増して傾いていっている。騎士団の誉だとか権威だとかに興味はない。ただ、どうにもあいつらは信用ならないと俺自身の直感が囁いている。それだけの事だが、俺にとっては重要視する事のひとつに他ならない。
しかし……。
「あの化物は魔法障壁を用いやがる。こちらの攻撃に合わせて魔法攻撃で支援してくれ。嫌ならさっさとどっかに行ってくれ」
今は猫の手……魔女の手でも借りたいのは事実でやむを得ない。恥を忍んででも汚辱に塗れてでも悪魔にでもなんでも助力を乞うてやる。
「任されてあげるわ」
不敵な笑みを浮かべる魔女に舌打ちをし唾を吐き捨てる。
こいつが実際何の意図があってこんな僻地に現れたのかは露にも思わないし興味もない。仮に尋ねたとして真実を語るとも思えない。
今はただ、現状を突破し得る駒が降って現れた。そう思う事にしよう。
「ウェリス!」
凄まじい疾駆で茂みを抜け姿を現したルキが俺の元へと駆け寄る。こいつにはシグニス達と森を脱しようとする魔獣の打倒を任していたと筈だが。
「……おう。他の仲間はどうした?」
「置いてきた」
「そうか。後で説教だ覚悟しろよ」
分かった、と素直に頷くルキ。こいつは戦闘に関する実力はあるが、どうも知能が成長せず、感情に任せて行動するきらいがある。誰に似たんだか。
「さあて、クソ化物。ここからは俺の八つ当たりに付き合ってもらうぞ」
所詮俺程度の攻撃ではこいつへの有効打にはならない。それでも、今はこの業腹をぶつける先を欲していた。




