5-8 パルウァエ森林の決戦2
剣戟と魔弾による物理と魔法の波状攻撃で魔法障壁を展開する異形の巨人に対抗する術を手に入れ、一縷の希望を見出したのも束の間。俺とシグニスは晴れない雲行きに眉を顰める。
「まだ無傷かよ……」
「ですね。異常個体と称されるだけあって一筋縄ではやられてはくれないようです」
巨人の用いる障壁は対物理と対魔法のひとつだけ。どちらも使用することは出来るが同時に発動は出来ず、切替に僅かな遅延が生じる。その隙間を縫うように陽動と本筋の攻撃を仕掛ける戦法を続け、その都度巨人は傷を負っていた。しかし巨人は直ちに傷を回復させ後込むどころか反撃のペースを上げて傍若無人に暴れ回っている。消耗戦覚悟でこの状況に持ち込んだのはこちらだが、このままでは敗戦が濃厚だろう。
異常個体の持つ膨大な保有魔素の影響か自然治癒力も発達し瞬時に快癒してしまう。魔法障壁も相変わらず健在。どんな構造をしているんだこの怪物は。
底なしとも思える魔力量に辟易すると同時にこちらの疲弊の色も強まっていると感じる。あと一手、強烈な決定打が必要だ。
激化する巨人の攻撃と威圧する獰猛な雄叫び、加えて発せられる青紫の魔素の残滓は瘴気のように濃密だ。高々数分程度の戦闘でジニアとシグニスはそれぞれ一度ずつ巨人の攻撃を受けている。盾で受け止めてこそいたが、ジニアは恐怖からかそれ以降気後れが目立ち、シグニスは先ほどから左腕を庇う所作が見て取れる。
「シグニス、怪我の具合はどうなんだ」
「やはりバレていましたか。大丈夫です。少し腫れてしまったくらいなだけですから」
そう言うシグニスの表情は固い。
二人の騎士が装備している丸盾の重量は凡そ五瓩が相場だ。痛めた片腕で使い続けるのは厳しいだろう。俺に負傷を悟られた事もあってかシグニスは盾をその場に捨てて両手で剣を握り締めて居直る。
ルキは器用に回避と攻撃を変わらず両立している。ジニアは防戦一方。手数が圧倒的に不足している。このまま現状を維持するのはじり貧の悪手だ。
一度深呼吸し、鞘から剣を抜き出し構える。他の仲間の見様見真似。実践経験のない真新しく綺麗な刀身。
「ナナシさん?」
「シグニスは巨人の注意を惹いてくれ。俺も前線に加わる」
これまで距離を取って魔法での支援攻撃に徹していた。魔力が消耗している感覚はないが、この中で一番体力を温存できているのは間違いなく俺だろう。騎士達に肩を並べられるような実力も経験もない。それでも、現状を打破する突破口を見つけなければ。
意を決し、異形の巨人へと向かい駆ける。後方からシグニスの声がしたが、構ってはいられない。
正直、俺は俺自身を理解出来ない。それは記憶喪失でどこの馬の骨か分からない奴という意味ではなく、こんな怪物を相手取り命を擲ち敢闘しようとしている事に対してだ。
不思議と恐怖心はない。記憶と一緒に感情の一部も欠落してしまったのだろうか。
「炎弾!」
距離を詰めつつ空いている片手の人差し指から炎の魔弾を射出する。やはり対魔法の障壁に遮られたが、その着弾とほぼ同時にルキの放つ斬撃が脹脛を切り裂く。しかしさも当然のように傷口は紫色の血液で泡立って忽ち塞がっていく。
「化物が!」
間髪入れずに傷口に向けて剣を突き刺す。が、遅かった。今度は対物理の障壁が妨害し中空でぴたりと止まってしまう。
地鳴りするような怒号を発し興奮する巨人。
来る。
そう感じ取った時には既に巨大な掌がすぐ俺の真横にまで迫ってきていた。
「硬化!」
剣を手放し顔全体を腕で覆い隠すように防御の体勢へ。安物の防具だけでまともに受ければ怪我では済まないだろうと自身に硬化の魔法を附与して衝撃に備える。
刹那、鈍重で痛烈で出鱈目な力が腕の上から擦り潰さんとぶつかる。みし、と骨が軋み鳴る音。折れてはいないが罅くらいは入ったかもしれない。
ガードも虚しく風に吹かれて飛ぶ回転草のように容易く吹き飛ばされる。後方で待機していたシグニスが俺の体を正面から受け止めるも、そのまま二人まとめて背中から倒れてしまう。
「つうっ……無茶苦茶ですね、貴方……」
「まあな……」
軽口を叩いてみせるが、たった一撃でこの様だ。しかし釣果もあった。
巨人が攻撃を行う際の打点となる箇所に魔法障壁は展開されていない。意図してかはさておき体全体を常に防護している訳ではなく、局所的に発現箇所と範囲の切替が可能ということ。
ただしそれが隙であるという訳でもない。拳や足は特に頑強で、ルキの反撃も通らない程だ。だが、その部分には障壁の干渉なく接触出来るという事でもある。
「俺がもしぶっ倒れたら、構わず捨て置いてくれて構わない」
「何をする気なんですか?」
確証のない一か八か。どうせこのままでは勝機は薄い。運否天賦に賭してみるしかない。
ふと笑ってしまう。フェイリックスを出てすぐまでは逃げ隠れてでも生き抜こうと宣っていた俺が、どうしてこんなにも必死になっているのか。
答えは至極単純。思い浮かんだものは出会って間もない尖耳族の女性。
痛感する。彼女に、エルミラと出会って以来、俺は魅了されている。だからこそ、彼女の危害となり得るこいつはここで討たなければならない。この安い命に代えてでも。
「来いよ化物。実験に付き合ってもらうぞ」




