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5-9 パルウァエ森林の決戦3

 魔素という原子を体内へと取り込み、運用可能のエネルギーへと変換し蓄積したものの総称を魔力と呼ぶ。

 自然の存続、生命体の活動維持、そして魔法を使用する為に必要不可欠である魔素は個体により許容量の相違がある。

 丸耳族が魔法を扱うことが出来ない理由は人体を構成する魔素の総量が最低限度しかなく、魔力として運用する為の魔素を持ち合せないからだ。更に言えば構成魔素の量により外的魔素の耐性や抵抗に差が生じる。

 つまりあの化物は桁外れな魔力を有し、瘴気や対魔法に耐性が高く、魔力が尽きない限り俺達に勝機はないということ。

 最早破れかぶれの、策とも呼べない力技。その一点に賭ける決心は既に済んでいる。

 魔法を発動する上で魔力の他に不可欠なものがある。それが魔術式だ。

 例として魔弾の魔法は自身や大気中の魔素を指先に収束し凝固させ弾丸のように射出するものだが、何を、何処に、如何やって、どのように、如何するのかというメソッドを順を追い解決し発動できる。逆を言えば工程を誤ったり各段階に必要なエネルギーが不足すると不発となる。一口に魔素の塊を発射する術と言っても細かく緻密な計算と集中力、そして魔力が必要だ。

 基本的に複数の作業を同時に思考し実行する為、難解で複雑な術式を単体で運用するのは現実的でないし、失敗の際のリスクもある。正確且つ精巧な魔術式を展開し得るならば問題ないが、何でもかんでもという訳にはいかないだろう。その為に魔法発動の簡略化等の補助を目的とした巻物や魔導具を用いる方法が一般的に浸透している。

 数日前まで自身が魔法を扱うことの出来る体質とも知らず、にも関わらず無数の魔術式を網羅し彷彿させることの出来る存在。今はただそれに感謝することにしよう。

 「皆んな、数秒でいい。あの化物の動きを止めてくれないか!」

 突飛な呼び掛けにジニアは困惑し、「構わない」と即答し素直なルキ。怪訝そうな表情で目を細めるシグニスと反応は区々だった。

 「……無茶して倒れたりしないで下さいよ」

 片手剣を捨て置き、盾を拾い直したシグニスが俺の前に立つ。てっきり理由を尋ねたり反対されたりされるかとも思っていたのだが、この短時間でナナシという男がどんな奴なのかを理解したのだろう。

 「じゃあ、仕掛ける」

 ルキの静かな号令。その言葉で三人の騎士が同時に動き出す。

 巨人の足元を素早く駆け回り、鞭打ちのように尻尾が撓り叩きつけられるも、その全てを機敏に回避するルキ。ジニアとシグニスは態と誘うように身構えつつじりじりと詰め寄っている。

 横に薙ぐような攻撃はすんでで避け、そして叩き潰すよう縦に振り下ろされた拳を二人掛かりで盾で受け止めようと上に構えた。

 「硬化(フィルム)!」

 硬化の魔法は大きく二種類。ひとつは肉体そのものを活性化させ筋力を増幅させることで一時的に身体能力を上昇させる術。もうひとつは装備する武具の強度や硬度を高め丈夫にさせる術。前者を他者に実行すると対象の体質や保有魔力の不足により適正な効果を得られなかったり術後の反動で脱力症状に陥る場合がある。後者であれば属性附与(エンチャント)と理屈は同じ。術者の込める魔素により期待値を調整出来るので比較的容易い。

 ジニアとシグニスは強度を高めた丸盾で巨人の拳を受ける。武具の破損がなくなっただけで衝撃に変化はない。だが、多少体が沈めた程度で見事に巨大な拳を抑え込めた。

 その隙を逃すわけにはいかない。何度も実行できる作戦ではない。それに俺の無茶に付き合ってくれたお陰で作られた好機をみすみす見過ごすなんて以ての外だ。

 走り、跳躍し、巨人の腕に飛び乗るようにしがみ付く。思った通り、攻撃を繰り出した瞬間とその打点となる箇所に魔法障壁はなく、直接触れることが叶った。

 爪を立て、決して離すまいとする自身の両手に魔力を込め、魔術式を構成、そして、

 「魔素吸収(アブソーブ)……!」

 発動する。

 接触した箇所から魔素を自身へと取り込む術式。術者以外から魔力を供給する為に尖耳族が開発したものであり、本来は魔石や魔晶から魔素を吸い上げる意図であったが、いつしか基礎魔力に乏しい丸耳族を弄殺する為に使われるようになったとされる魔法で現在は魔法省でも非公開となって久しい。エルミラのエニグマの魔法版、といった所か。

 「お前か俺か、どっちが先にぶっ倒れるか我慢比べといこうじゃないか……!」

 必要以上の魔素の摂取は有毒だ。アルコールや麻薬と同じく過剰に浴びるだけで体調の下落や中毒症状、最悪の場合はそのままに死に至る場合すらある。エルミラのように瘴気の完全耐性も備わっていれば話は別だが、流石にその魔術式を俺は知らない。

 巨人が内包する膨大な魔素を吸い上げていく。俺の中に傾れ込むそれは外見に変化は起きないが、直接脳に酒をぶっかけられたように急激に視界がぐらつき明滅し思考も焼け爛れていくような感覚を与える。幸いにも身体が麻痺したり即時に意識が途絶えたり心停止したりはない。少なくとも現段階では、だが。

 絶叫。耳を劈く苦悶の咆哮が森林の木々を震動させながら響く。

魔素は生命力でもある。それが外的要因で消失していくのだから堪ったものではないだろうさ。

巨人は体勢を崩しそうになるも両足と尻尾の三点で踏み止まり、涎を撒き散らし俺に憤怒を顕わに猛り狂っている。

 勘弁してくれ。こっちは泥酔しているかのように混濁する意識の中でお前に必死にしがみつくので精一杯なんだよ。

 こうしている間も魔素吸収の術式は発動している。ヒトであればとっくに体内の魔素を吸い尽くし衰弱死している。言わずもがなこちらは最大出力で実行していて、だ。段々と頭痛と吐き気が強まり、巨人を掴む力が弱まっていく。

 膠着を解いたのは巨人からだった。

 魔力が急速に消耗している所為か動きはより鈍重で緩慢だ。脱力感から膝が徐々に曲がっていくが姿勢を正すことはせず、そのままの体勢で俺がしがみつく逆の腕を振り上げ、撃ち抜く。

 防御魔法は間に合わない。寧ろ、今別の術式を同時に使うのは無理そうだ。迫る巨大な拳に成す術なく―――、

 「させません!」

 「お、重い、ですう……!」

 ジニアとシグニスがそれを自身の丸盾で防ぐ。もう硬化の魔法は解除している。それでも地面を抉りながら踏ん張り持ち堪えた。大部分をジニアが請け負っており泣きそうな顔をしているが。

 すかさずルキが長剣で二人が受け止める拳の付け根に斬撃を与える。すると先程までは魔法障壁なしでも鋼鉄のように強靭で歯が立たなかった肉体が両断され、青紫色で粘度のある血液を垂れ流す。

 「あ、斬れた」

 障壁だけではなく、自身の肉体を維持する魔素ももう幾許もないのだろう。通った自身の攻撃を不思議そうにしつつも、ルキはこのチャンスを逃さず更なる追撃を連打させる。

 口を大きく開きがくがくと痙攣するように反撃するでもなくただその斬撃を巨人は受け続けた。声はもう殆ど出ていない。嗄れ虚ろな空気が漏れ出るだけの音。そしてついに両膝を崩し、その場に倒れ込んだ。俺もその拍子に巻き込まれ地面を転がる。

 起き上がれず地に顔をくっつけたまま、片目だけで化物を見やる。

 巨人はもう動いてはいなかった。

 がくん、と首を垂れると、体の末端から消し炭のように黒く変質し、風に吹かれるとその残滓を飛散させた。刹那、巨人の体のあちこちに亀裂が走る。そしてばらばらと砕け落ち、土塊と同化し静寂だけが残った。

 「た……倒せた?」

 「ええ、そのようです……!」

 安堵からか脱力しジニアは尻餅をつく。シグニスは自身の腕を抑えながらも俺の方へと駆け寄ってきた。

 「全く、無茶をしないで下さいと伝えましたよね」

 肩に手を回し、起き上がらせつつも小言で小突いてくる。何か謝罪か言い返しかをしてやりたい所だが、それよりも……、

 吐き気を我慢できずに胃の中身をその場で口と鼻からぶち撒けた。

 「え、え、ちょっと!?」

 「ごべん……多分、魔素中毒で気分が悪くて……」

 「魔素中毒ってそういうのじゃないと思うのですが……」

 そうなのか?ただ今はあまり思考が回らない。本当に気持ち悪いし。

 俺に肩を貸している所為で距離を取れないシグニスは顔を引き攣らせながら嘆息を漏らす。それでも俺を突き飛ばさないだけ、こいつは本当によく出来た人間と思う。

 「団長と合流して報告をしたい所ではありますが、先ずは手当てが必要でしょう。一先ず緊急連絡用の巻物で――」

 シグニスの言葉を遮るように、何かが炸裂する破裂音がそう遠くない地点から発せられる。

 自然の天蓋の隙間から、赤色の煙が棚引いているのが見えた。

 どうやらまだ休ませてはくれないようだ。

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