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5-7 パルウァエ森林の決戦1

 地中から飛び出した怪物。見た目は大鬼種(オーガ)のようではあるが、圧倒する魔力の威圧と禍々しい外見が異常性を体現している。

 耳を劈くような咆哮を巨人が上げる。威嚇、というよりは憤怒や苦悶のような憎悪を撒き散らしている風に感じる。

 巨人は近くに生えていた大木を、まるで雑草を抜き取るみたいに造作もなく引き抜き、地面に何度か叩きつけて歪な槍のような形状にし、こちらへと視線と殺意を向ける。

 「報告のあった魔獣で間違いなさそうですね」

 「どっちでもいい」

 異形の化物と対峙し少なからず動揺する俺とジニアを余所に、シグニスとルキは即座に臨戦態勢に入っていた。

 凄まじい疾駆で自身の倍では済まない体格の巨人に一瞬で間合いを詰める。

 上半身を折り畳むように曲げ、前傾で倒れるような体勢。まるで蛇のように地面を這うような見た目。攻撃を受ける範囲を狭める為なのか、超低姿勢から仕掛ける為なのかは分からないが、兎に角速い。

 巨人が右足を一歩下げ、大木を握る右手を振り上げ攻撃へ移行する予備動作に入った。しかし見た目通りに鈍重で隙だらけの大振り。その間にルキは背中の鞘に収まっていた筈の長刀が抜かれており、巨人の左足内側の外果へ一直線に薙ぎ払い切り裂いて―――いない。

 咄嗟に異常を察知したルキが後方へ飛び退く。難なく回避に間に合ったが振り下ろされた凄まじい衝撃は大地を抉り、大木は粉々に吹き飛んだ。

 ルキの一撃は魔獣の強靭な筋肉や堅牢な硬骨に阻まれた訳ではない。そのすんで。見えない壁があるかのようにそれ以上刃が食い込めず微動だにせず、接触すらしていなかった。恐らく、その正体は……。

 「魔法、障壁……?」

 「えっと、あの怪物がそれを使った、ってことですか?」

 「ありえません……個体でそんな……」

 騎士の二人が驚愕の声を上げる。

 魔法障壁とはその名の通り魔法により編み作られた壁を生成し干渉を妨げる高等防御魔法だ。術式自体の複雑さも然ることながら、何よりも燃費が悪く魔力消費が激しい。その為、複数人掛かりで一時的且つ局所的に展開する方法が一般的である。

 だが、この場には俺達四人と巨人以外に人影はない。即ち、こいつが自らで術式を展開していると見て間違いない。

 「異常個体ってやつは魔法も使えるのかよ」

 「中にはそんな魔獣もいる。だから大した問題じゃない」

 怯まずにルキが再度突進する。今度は正面ではなく陽動し旋回、相手の背面に回り込み、胴体を目掛け抜刀した。しかし結果は同じ。見えない壁に隔てられたその先まで白刃が届かず静止する。

 振り向く巨人と逆の方向にルキは旋回し再攻撃を放つがそれもやはり防がれてしまう。

 「だめ。全然斬れない」

 飛び退きながら俺の横に戻るルキは首を傾げて自身の長剣と相手とを交互に見やる。

 どうにかあの怪物の防御を崩さなければ勝機はない。

 物理攻撃が無効化されるのなら、次の手段はひとつ。

 右手の人差し指を巨人に向けて伸ばし、魔法術式を想起する。

 「炎弾(バレット)!」

 指先に魔力を集中させ炎へ転換、それを高速射出する攻撃魔法、魔弾(バレット)改良版(アレンジ)。本来は魔力の塊を発射するものが一般的だが、今回は炎の附与を施すおまけ付き。

 真直ぐと巨人の顔面目掛けて撃ち出された炎弾はやはり着弾前に見えざる壁に衝突し砕け散る。対物理だけかと思ったが、対魔法にも対応しているということ。非常に厄介だ。

 「剣も魔法も効かないなんて反則じゃあないですかあ……!」

 半べそをかき愚痴とも嘆きとも取れる泣き言をぼやくジニア。ルキは既に巨人へ駆け出し攻撃を再開し、シグニスは俺に詰め寄ってきた。

 「あの障壁を攻略できそうですか?」

 「さあね。あの怪物の魔力切れを待つか、こっちを舐めて手を抜いてくれるように祈るかくらいじゃないのか」

 「その卓越した魔法技術を持つナナシさんでも、分かりませんか?」

 卓越した魔法技術?何を急に言い出すんだ。俺は数日前に冒険者になったばかりの駆け出しで記憶もないただのヒトだ。

 そう言おうと思ったが、シグニスの表情は真剣で決して揶揄ったり自棄になっている素振りはない。

 「先程の魔弾、属性附与(エンチャント)を施していましたね」

 「ああ。少しでも威力の底上げになるかと思って」

 「それをさらりと可能にした。あれが高等技術であるにも関わらず」

 高等技術?ただの魔弾を炎へ置換しただけのものが?

 「私は丸耳族ですので基礎的な知識しかありませんが、魔力の射出と属性附与はどちらも魔法として初歩のものと記憶しています。ですがそれを二つ同時に個人だけでなんの補助もなしに実行するとなると話は変わる」

 困惑している俺にお構いなくシグニスは言葉を続ける。

 「魔法は詠唱や巻物などの補助道具を使用することで術者の魔力消費の削減や術式の発動の手助けとなる。それをナナシさんは無詠唱且つその身一つで行った。それは貴方が高位魔法師である何よりの証です。魔法の心得があるとはお伺いしておりましたが、ナナシさんはそんなレベルではありません」

 「待ってくれ。こんな事くらい師匠だって簡単に……」

 師匠……って誰だ?誰の?

 咄嗟に自身の口から出てきた言葉に思考が一時停止する。

 一瞬だけ、何かを思い出しかけた。だがすぐに雲散霧消し、それが正しい記憶だったかも証明できない。

 「ならばナナシさんのお師匠様のお教えが異次元的だったか、ナナシさんも匹敵する才がおありなのでしょう。何でもいいんです。ルキさんが時間を稼いでくださっている間に僅かでも突破口となる知恵が欲しいんです!」

 濁りのない熱誠。正義感もそうだが、この青年は自らの使命よりも何よりもこの国の平和を切に守りたいのだろう。確かにこの怪物を野放しにし、森の外へ放出でもされれば脅威でしかないのも事実だ。

 必死の様相のシグニスに圧倒されそうになりながらも、一度瞼を閉ざして冷静に思考を巡らす。分からない事だらけだが、どうしてか魔法の知識は本当に他よりは持ち合せがある。

 「通常、魔法障壁は物理か魔法のどちらか一方の防壁しか展開できない」

 「私もそう教わりました」

 シグニスが頷く。

 「同時に展開する事も理論上不可能ではない。ただし術式が複雑な上に魔力消費が桁違いに増えてしまう。もしも仮に対物理と対魔法の両面展開だとすれば消耗させきってしまえばいい。そうでないのなら」

 「物理と魔法の攻撃を同時に仕掛ければ一方は通る」

 その通り、と肯定する。頭の回転も物分かりも早い。

 「では方針は決まりました。早速仕掛けます。準備は」

 「いつでもいい。シグニスに任せる」

 はい、と答えるや否や、すぐさま巨人に立ち向かい接近せんと走り出す。

 巨人はルキに翻弄されていた。幸いこちらにはまだ気づいていないようだ。

ルキほどではないが素早く流れるような身のこなしから片手剣の刺突が放たれる。一連のシグニスの動きを注視し、攻撃へ移行する動作が見えた瞬間に魔弾を撃つ。

 「炎弾!」

 先に攻撃を仕掛けたシグニスの剣が中空で停止した。間髪入れずにさっきと同じく顔面へと射出した炎弾は――、

 予想通り、掻き消されずに着弾し、大きな一つ目に当たり爆散する。

 「あ、当たりましたあ!」

 「よし!」

 「やりましたね!」

 「どういうこと?」

 三人で顔を見合わせ喜ぶ事も束の間、火傷して爛れた皮膚と溶け流れた眼球が瞬時に再生しこちらを血走った目で睥睨する巨人に向き直る。

 「三人は連携して接触攻撃を続けてくれ。俺が魔法で支援攻撃をする」

 「承知いたしました」

 「どういうこと?」

 見出した活路に揚々とする一同にルキだけは状況を理解できていないようで首を傾げながらも巨人への攻勢に駆け出した。

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