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5-3 翳り

 「納得いかない。絶対におかしい」

 フェイリックス東の正門へ向かう道すがら、ティティはずっと不満を吐露し、繰り言を呟く。

 「インチキ……ではないけど、実力が伴わず銀級(シルバー)に上がったのは事実だよ。階級に見合った仕事を要求するのは組織として当然じゃないか」

 「でも昇級を推薦したのは大司教猊下だっていうじゃない!それを承認したのはギルド長!後になって無理難題を吹っ掛けるなら最初から飛び級なんてさせなければよかったんだ!こんなの組織ぐるみの手の込んだ嫌がらせ……いいえ、殺害計画だ!」

 大袈裟な、といきり立ち管を巻くティティを取り成す。他人事のように俺自身が冷静でいられる理由は単純で、すぐ隣でこんなにも俺の事で憤慨してくれるヒトがいるからだ。記憶喪失で何も持たず何も思い出せない甲斐性なしには身に余る光栄であり、素直に嬉しく思う。

 「第一、あんたもあんたなんだよ!何で私ばっかり私の事じゃないのにムカついてる訳?あんたが怒らないですまし顔だからじゃない!」

 たまにこうやって飛び火するが。

 正門でパルウァエ森林に増援として出立する騎士とその馬車が待っている筈だ。ティティと他数人の銀級は森林の西にある農村の護衛へ向かう。そちらも複数人の騎士と同行し周囲の警戒に当たるらしい。

 フェイリックスにまだ厳戒態勢は敷かれていない。ただ国民は先刻の臨時放送で物々しい雰囲気を感じ取って不安気に表情を曇らせている。

 その気色は国門に着くとより強いものとなった。

 騎士達と物資が慌ただしく移動し、指示や檄が飛び交い、楼門と城郭には相当数の騎士や自警団が配備されている。

 幾両か用意された馬車のひとつ。それが恐らく俺が乗り込むものだろう。そう確信したのは、そこに見知った人物を見たからだ。

 「私も同行するわ」

 俺の姿を確認すると歩み寄りそう告げたのはエルミラだった。

 「何を馬鹿な……」

 「ムスターでしょう、こんな無茶を強いたのは。つまり、昇級を進言した私の責任でもある。だから着いて行く。そう言っているのよ」

 普段と変わらずニヒルで涼し気な彼女に首を横に振って拒絶する。

 「駄目だ。危険すぎる。ここで待っていてくれ」

 「こう見えても私、強いのよ?」

 軍勢魔法を個人で使用する技術と魔力量。瘴気への完全耐性と吸収を可能とする大いなる神秘(エニグマ)を保有する彼女は戦力的な意味でも決して弱くはないだろう。だがそこは重要ではない。いくら彼女が強くても、異常個体とやらが出現している謂わば死地に好意を寄せる女性を連れて行く選択肢は存在しない。

 エルミラを両手で抱き上げる。突然のことで驚いたのか擽ったかったのか、短く可愛らしい吐息のような声が漏れ、きょとんとしていた。

 そのままエルミラをティティの前まで運び、中空で押し付けるように受け渡すとティティはたどたどしくエルミラの腋の下に手を入れ抱えるように受け取った。

 「え、ちょっと、え?」

 「ティティ、エルミラを任せる。同じ門徒同士、なんとか説得しておいてくれ」

 動揺と惆悵の声を背後から感じつつも、俺は無視して馬車へと乗り込んだ。



 ◆◇◆◇◆◇◆



 フェイリックス騎士団は騎士とその附属員から構成される国の軍事及び治安と秩序の維持を目的とした国家の実力組織である。

 この国が王政だった時代は構成員も一千人を優に超え、国の行政を一任されていた。だがデム教の代表が統治するようになり先代国王が退陣してからはその栄華も散り、衰退していった。今では所属人数も三百人程度だ。

 国の安寧の為に身も心も捧げる我々には誇りと矜持がある。団員が減り権能も薄れてしまったがそこに変化はない。だから団員は誰しもが使命感と正義感を持って職務に当たり日々を切磋琢磨努めている。

 彼だってそうだ。

 オーヴォ・セーメル。入団して二年。極めて勤勉で朴訥で、少し臆病な面もあったが与えられた使命を真摯にこなしていた。若く、青く、実直で、成長が楽しみな新米騎士だった。

 この場にいる騎士全員が言葉を失っている。胃がひっくり返り吐き戻しそうになる者もいたがなんとか必死に耐えてみせた。これから……いや、既に死地へと乗り込んでいる。決死の覚悟である筈に違いないこの場で、弱味を見せる者がいれば直ちに帰還を命じられる事を理解しているのだ。その判断は正しい。そして、今、皆が抱く感情もまた、正しい。


 旧パルウェアダンジョンから程近い地点。密集する木々の中のひとつ。そこに寄りかかるように、惨たらしい最期を遂げた新米騎士、オーヴォの亡骸が残されていた。


 ここに至るまでに既に二十体以上の魔獣に遭遇し、悉くを屠った。殺気だった騎士が複数人、小隊を編成し棲家を荒らして侵攻している。気が立ち、瘴気に狂った魔獣が襲い掛かる原理としては申し分ない。

 それは生者にだけ適応される法則ではない。死者にも平等に与えられる、世界の理だ。

 臍を中心に胴体が上下に真っ二つにされている。右腕より先が存在しない。左肘から先が存在しない。両足も存在しない。臓物が引き摺り出された形跡が残り、夥しい血の海と臭気に蠅が集っている。辛うじて鎧や兜で覆い守られた部分だけが辛うじて欠損せずに残り彼が誰なのか判別出来た。

 フェイリックス騎士団長、ウェリス・ディンゴは歯が砕けそうな程に食い縛り血が浮き滲み垂れ流れる程に拳を握り締め、臓物が煮えくり返り今にも怒りに身を任せ叫び猛る気性を力尽くで抑え込む。

 彼の体が欠損している理由は魔獣が喰い荒らし持ち去ったからに違いない。

 だが両断された体は?

 さぞ立派(クソッタレ)業物(なまくら)だったのだろう。強引に骨ごと横一閃で叩き斬られているのだから。

 これは明確に効率的に絶命に至る一撃だ。瘴気と恐怖で狂った魔獣の暴動によるものでも、異常個体の強襲でもない。

 オーヴォはヒトの手によって殺されたのだ。恐らくは、昨晩オーヴォと行動を共にしていた筈であり同様に連絡の途絶えているセニア・リッヒ、ケン・ニリスの先輩兼指導員の両名も襲撃者に遭遇した可能性が高い。そして、この異常事態もその者、或いは組織的な画策である事も想定される。

 「団長、周辺に魔獣の気配こそありますが、異常個体の存在は確認できません」

 「おう、そうか」

 斥候の報告をいつも通りの口調と太々しい態度でウェリスは答える。

 今朝早くに騎士舎に届いた匿名の投書。

 『異常ナ個体ノ大鬼、パルウァエ森林ニテ発生。至急、確認サレタシ』

 筆跡は疎らで恐らく意図的にそう書かれたであろう手紙を、本来であれば悪巫山戯くらいにしか捉えず相手にしなかっただろう。ただ瘴気の発生とその対応の所為で森林一帯の魔獣の挙動に異変が生じ、暴動の発生の懸念から騎士団の調査が二日前から開始されていた。念には念を、と調査隊を増員し警戒態勢を強化した次第だ。

 「やはり悪戯だったのでは……」

 「そうなら良いんだがなあ」

 魔狼型(ウルフ)だけではなく普段は陰湿で小狡い小鬼型(ゴブリン)が無策で襲い掛かってくるくらいには森林内は緊張し剣呑の様相を見せている。それに、確かにここへ来てからウェリスはひしひしとその身で感じている。瘴気とも違う、悍ましさで委縮してしまうような魔力の奔流を。

 「ジニアとシグニスは騎士庁に戻りカルムへ現在までの報告と増援の手配、それと各ギルドに協力を仰げ。二人以外の者は俺と共に調査の再会だ!」

 ウェリスの号令に敬礼し、それぞれの任務へ就く。

 五芒星の描かれた銀の装飾の施された首飾りを懐から取り出すと、それをオーヴォの亡骸の首へと掛ける。それは過去にウェリス自身が戦場に出る際に先輩騎士から渡されたお守りであり、魔除けの意味があると聞かされた。尤も、この首飾りに魔法的な効力はなく、迷信じみたものでしかないが、間違いなく彼の数少ない宝物に他ならなかった。

 「悪ぃな、オーヴォ。もう少しだけ待っててくれ」

 その宝物を若き勇士へ預け、ウェリスは彼に背を向け調査へと戻っていった。

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