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5-2 状況開始

 再び訪れた冒険者組合所には既に何名、何組かの冒険者の姿があった。これから依頼の受注を予定していた者、報告と報酬の受領に来訪した者が大半だろう。しかしこうして受付のある広間に集まり留まっているのは先の魔法通信を聞いていたからに違いない。

 普段は最低でも一人は常駐している受付は無人。代わりに職員は忙しなく広間と上階を忙しなく行き来する姿があった。

 暫くするとそれなりの人数が組合所に集結し煩雑とする。ざっと見て三十人くらいか。それらを複数人の職員がギルド証の提示を求め確認すると階級毎に整列させていく。銀級(シルバー)のグループは俺とティティを含め六人。残りは銅級(ブロンズ)以下で鉄級(アイアン)が七割以上。金級(ゴールド)より上の位はこの場にまだ居合わせない。

 そんな中、受付奥の扉で仕切られた小部屋から一人の男性が姿を現す。身長は俺やティティよりも低く、未成年の男児くらいに見受けられる金縁の眼鏡を装着した白髪の少年。冒険者ギルドの証印の刺繍が施された灰色のベストを着用している事からここの関係者であることは明白だ。襟付きの襯衣(しんい)の袖が捲られ露出している二の腕はそんな見た目と体格に不釣り合いな強靭に鍛え上げられた筋骨が主張している。更に特筆すべきは彼が獣耳族(ビースト)であるという点。フェイリックス医院で俺を診てくれた女医と似た三角形の耳を天に突きあげるよう携え、細くしなやかで先端が毛で覆われた尾を揺らしている。

 「呼びかけに応じてくれた冒険者諸君。先ずは協力に感謝を」

 一瞬、耳を疑い目を丸くしてしまった。円熟した歴戦の戦士を想起させる厳然で重厚な風格のある声。それが獣耳族の少年から発せられたものであると脳の理解が間に合わなかった。

 早速だが今回の召集の経緯と説明をする、とバリトンボイスの獣耳の少年が受付台の外までやって来る。

 「簡潔に言おう。パルウァエ森林の魔獣に暴動(スタンピード)の傾向が伺える、と騎士団より通達があった」

 魔獣の暴動。つい先日同所で発生していた瘴気が原因だろうか。

 環境の突発的な変化や過度なストレスや恐怖で興奮状態に陥り複数の魔獣が制御困難となり錯乱、暴走する現象を暴動と呼ぶ。規模にもよるが周辺地域や他の生命体を脅かす被害に至る場合もあり得る。

 「既に騎士団が現地へ調査に向かっているが、その分国内の防衛が手薄となってしまっている。我々は出立した騎士団が帰還するまでの間フェイリックス領地内の警護の補佐と万が一暴動が発生してしまった場合に備えた準備を依頼された。最悪の事態を想定して魔獣の迎撃と殲滅も視野に入れている。フェイリックスを守る為、そして冒険者ギルドの威信に賭けてこの状況に対応してほしい。これから階級毎に班分けをし、各位それぞれに任務を伝える。ギルド職員の指示に従い、内容を把握して早急に行動を開始してくれ」

 各階級毎に職員が三人つき、各々が作戦の説明と案内を受ける。銀級も集合の号令で呼び出す職員の周辺に集う。

 「ああ悪い、君はこっちだ」

 背中を軽く叩かれ振り返ると、獣耳の少年の姿があった。

 「ナナシ君、で間違いないな。先日の瘴気災害の件は見事な働きだった」

 ギルド証を確認しながらにこやかに話す少年。外見と声の齟齬からではなく、強者特有の凄みが彼から感じ取れ、意図せずとも姿勢を正してしまう。

 「恐縮です」

 「すまない。委縮させる気はないのだ。私はフェイリックス冒険者ギルド支部長のリオン・ドゥラメシア。昇級の申請を受けていたから君の事は一方的に知っているよ」

 やはりギルド長だったかと合点がいった。オーラ、とでもいうのか、それが明らかに常人のそれとは違う。獣の名残も相まってなのもあるが。

 「獣人は珍しいかね」

 「いえ、失礼いたしました!」

 視線を感じ取ってかリオン支部長が冗談ぽく訊く。ついこの間も同じやり取りをした気がする。そんなにじろじろと見ていたつもりはないのだが、無礼には変わりないだろう。

 「加えて俺は小柄だからな。獣人と一口で言っても分派がいくつもある。同種同士が番になるのも困難な昨今、その血は時代が進むに連れて薄くなり亜人と揶揄されるようになった。君が物珍しく感じるのは無理もない」

 厳めしい声は変わらず、しかし柔和な態度で接するリオン支部長は両手を一度叩くと「本題に移る」と真剣な表情に切り替える。

 「銀級の冒険者諸君には近隣の村へ移動し騎士団の指揮の下で防衛と警戒を務めてもらうのだが、君にはパルウァエ森林で状況の確認と魔獣の鎮圧の任を託す」

 耳を疑った。冗談……ではなさそうだ。リオン支部長の面構えに変化はない。

 大役と言えば聞こえは良い。だが冒険者に登録して一週間にも満たない新顔が請け負う任務としては暴虎馮河な決断と言わざるを得ない、

 「とは言っても、君の役割は斬り込みや斥候ではない。これから増援として向かう騎士団と合流してもらい探査及び先陣の討ち漏らした残党狩りが主だ。極力魔獣が森林外へ流出するのを抑止出来ればいい」

 リオンは渋く浮かない顔をする俺の服の襟を掴み引き寄せる。五分の距離まで顔を近付け、耳元で小さく呟くような声で言葉を続ける。

 「今回の騒動の原因と見ているが、森林内で異常個体の魔獣の目撃情報も出ている。これを発見した場合は撃退しようと思うな。すぐに同行する騎士団と連携し、撤退しろ。これは他の冒険者に伝えるつもりのない情報だ。君も他言無用で頼むよ」

 「異常こ……」

 唇に人差し指を宛がわれ、喋るなと目線で訴えかけられる。

 汗が頬を伝い顎に溜まる。半開きになっていた口をゆっくりと閉じ、それを確認するとリオンは掴んでいた服の襟を手放した。

 「東の正門から君の到着と共に騎士の増援部隊が現場へと赴く手筈となっている。何分、金級以上の冒険者は当支部で不足していてね。少々荷を重く感じるとは思うが、君がやり遂げてくれることを願っている」

 「おかしくない?」

 俺とリオンの会話……というよりは強引な命令に割って入るのは一つ結いの赤髪の女性、ティティだった。

 「いくら飛び級で昇格した奴だからって新人は新人でしょ?いくらなんでも無謀すぎる抜擢じゃない?」

 「ほう、耳がいいな。それとも、この男にご執心かな?」

 「質問を質問で返すな」

 決して屈しない気丈な姿勢。苛烈といっても差しさわらない口調で直属の上司に位置する筈のリオンに食って掛かる。本当に今の話の内容を聞いていたらしい。

 「分かった。俺も大事にしたくないんだ。君の言う通り、俺も無謀だと思っているよ」

 降参とばかりに両手を小さく上げるリオン。その態度が気に入らないのかティティの激情はよりヒートアップする。

 「期待の大型新人を無碍に死にに行かせたい、って意味に受け取っていいのね?」

 「少し違う」

 「殆ど同じってことでしょ!」

 ティティは声を荒げる。周囲も俺らのやり取りに何事かと視線を向けている。やれやれと呆れたような諦めたような表情でリオンは息を吐いた。

 「私とて冒険者の出だ。魔獣と対峙する事がどういう意味か理解している。ナナシ君がそれに乏しく、実戦経験のない者には荷が重い任務であることも」

 「なら!」

 「上からの指示だ。彼に託せと、そう歎願されたのだ」

 「……!」

 「無論、私も反対した。しかし、だ。彼の異例の速度での昇級を快く祝福できる者ばかりでないのも事実。支部長としてひとつ、ナナシ君の実力を示してほしい。その好機でもあると考え結果的に了承した」

 ティティは言葉を探しているようだった。だが理解したのだ。リオンにいくら詰め寄った所でこの決定が覆らない事に。

 上からの指示。

 冒険者ギルドの支部長よりも上位にある存在。答えは限られる。

 ムスター大司教猊下。俺の昇級に与したその人であり、実質フェイリックスの全権を有する為政者。今回の俺への無茶ぶりは彼の主導によるものなのだ、と。

 何故、どうしてと思案することも無意味だ。お偉いさんもお偉いさんになりに体裁や意図があるのだろう。確かに、大した功績もないぽっと出の新人である俺がたった一度の偶然で成り上がるのは座りが悪い。最前線に立つ訳でもない。

 「分かりました。その指令、謹んでお受けします」

 危険が皆無ではないだろう。だが、ここで格好つけておかないとティティにも、エルミラにも顔向け出来ないような……違うな……。

 男が廃る、そんな陳腐で馬鹿げた青臭ささえある虚栄が猜疑心や恐怖に勝った。

 無表情で頷くリオンはやや背伸びをしながら俺の右肩を何度か叩く。

 「いいか。無茶はするな。死ななければ上出来だ。最悪みっともなく逃げ隠れてくれても構わない。その時は降格は免れないが、冒険者だって命あっての物種だ。また戻ってくればいい。しかし、暴動の発生が懸念される以上、その次回が訪れない可能性も覚えておいてくれ」

 リオン支部長の厳しくも優しい言葉に、俺は素直に頭を下げる。

 「では各員、状況を開始してくれ!」

 白髪の獣耳族の号砲のような掛け声にこの場に居る全員が声を上げて応える。

 ただひとり、納得の出来ない赤髪の女性を残して。

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