5-1 再会と尋問と緊急招集
冒険者ギルドで報酬を受け取り受付に軽く会釈をする。
本日の依頼内容も相も変わらず薬草の採取。それも近隣の草原で群生する種類であり、国門の外へこそ出るが危険性は少なくほぼ雑用のようなものだ。案の定、魔獣に遭遇することもなく正午頃には指定数に達した。
受付嬢に体調が悪いのかと心配されたが杞憂である。俺は至って健康だし、この銀のプレートに似つかわしくない新参者だ。本来はこの程度の依頼が丁度良い具合である。
ただ念の為に装備は新調した。鉄製の帷子と胸当て、それとごく一般的な片手剣のアーミングソード。筋力に自信がない訳ではないが、戦闘に特化した武装にする理由もないし、万が一に備えての保険にはこの程度で十分だろう。
数枚の銅貨が収められた小袋を懐に入れ組合所を出るとすぐ、目の前に何者かが立ち塞がり行く手を阻む。
燃えるような赤く長い髪を後ろに一つに束ね、吊り上がった目尻は鋭さがあり芯と気が強い印象を受ける。皮製の胴着と手袋を装着し、腰に二振りの短剣を提げている。見るからに同業者、詰まりは冒険者だ。しかしその顔には見覚えがあった。
「ティティ。どうしたんだその恰好……がっ!?」
言葉の途中で顔面を手で鷲掴みにされる。強烈な握力による圧迫。比喩ではなく蟀谷が砕けそうだ。
「これはこれは、期待の新人にして出世頭で自称記憶喪失のド変態さんではありませんか。こんな所で奇遇でございますわ。立ち話も不躾ですし、よろしければお昼をご一緒しませんこと?よろしくて?いいわよね、決まり」
早口で捲し立てるように言うと締め上げる手は離さず踵を返し何処かへと連行していくティティと引き摺られる俺。立って話す事が無作法であるならばこの状況は何かしらの刑罰が下るのではないだろうか。
突然の再会は俺の意思や主張が入る余地なく、骨の軋むような激痛で幕を開けた。
◆◇◆◇◆◇◆
冒険者組合所と同じく中央広場に店を構えるルミノックスは日中はお茶と食事を楽しめる喫茶店として、夜間は酒と宴を催す商売気の高さが伺える伝統的で趣のある古風な外装と現代的な運営方針が同居する飲食店だ。
昼夜問わず客足の絶えない繁盛店であり、混雑時は店外にも席を設けている。俺とティティはそのテラス席のひとつに向かい合って座っている。冬が近くまで差し迫る時節だが肌寒さは無い。曇りのない麗らかな陽光と、それを意識させないくらいに張り詰めた空気が気温なんてものを忘れさせている。
注文を済ませ料理の到着を待つ今現在までティティは無言だ。彼女は何故か終始笑顔を貼り付かせているが本能的にそれは期限が良いからという訳でないと悟る。真意は寧ろその逆で、底冷えするような怒気を孕んでいるように思える。心当たりはない。
「冒険者になって一日で銀級に昇格したんですってね。おめでとうございます」
口火を切ったのはティティからだった。
「ああ、本意ではないんだけど」
でも一応ありがとう、と謝辞を返す。
そしてまた静寂。往来の喧騒が噓のような静けさ。カチャンと硬質のある音と共に香草茶の入ったカップと受け皿が二脚、男性給仕によって運ばれる。お昼をご一緒、なんて言いつつもお互いに頼んだものはこれだけだ。
「なあ……怒っているのか?」
居た堪れず率直に尋ねた。一瞬だけティティの眉根が動いたように見えた。
「そう見える?」
「とても」
頷いて応答するとティティは俯いて嘆息を吐き大きく肩を落とした。
「ごめん。良くない態度だったと私自身そう思う」
姿勢を正し深呼吸を二度、次の瞬間ティティは自身の両頬を圧し潰さん勢いで挟み込むように大きく一度叩いた。
「本当に、おめでとう。あんたが浮浪者や犯罪者にならずに済んでほっとしてる」
そう言う彼女の表情はあの日、修道服姿の気丈な女性であるティティに戻っていた。頬は少し赤く腫れているが。
「なんだよ、それ」
唐突で突飛な彼女の気持ちと態度の切り替えとその手法に思わず笑いが零れてしまう。言い草は散々なままだけど、それもまた彼女らしいと感じる。
「笑い事じゃないよ。私が銀級に昇格るまで何年掛かったと思ってるの?皮肉の一つくらい言っても罰は当たらないでしょ」
確かに、彼女の首からも銀色のギルド証が提げられている。やはり本来ならば易々となれるものではないのだろう。
「たまたま、偶然が重なっただけだよ。こっちも聞きたかったんだけど、ティティはどうして冒険者を?」
「こっちが本業。私、あの孤児院の出身で今人手が足りなくてね。だから少ないけど隔週に一度くらいの頻度で手伝いをしているだけ。だからあんたは運が良かったんだよ。あの時、見つけたのが私じゃなかったら今頃はきっと檻の中だったよ」
本当に酷い言い様だが否定は出来ない。が、それ以上に気にかかる事を聞いた。
「なんて顔してるの。もしかして癪に障った?それとも私が孤児だって所に同情してる?」
「いや、そんなつもりは……」
「確かに私は身寄りがない。でも孤独ではない。私は私を不幸とは思わないし、悲観もしていない。だから同情は必要ないし、私の価値も存在の理由も私が決める。今までも、これからも」
真直ぐな眼差しに迷いや噓はない。力強く揺るぎない信念が灯っている。
「強いんだな」
「ええ。強くならなければいけなかったしね。じゃあ、次は私から質問いいかしら」
構わないと伝え、香草茶に息を掛け湯気を飛ばしてから口をつけ啜る。様々な味と香りが鼻へ抜ける。
「不浄の巫女様と一線を越えた仲と目下の噂になってるけど、どうお近づきになったの」
茶を呑み込む前にフローラルな芳香と共に噴き出した。顔を横に向け往来側に向かって噴霧したそれを幸いにも誰かに浴びせることはなかった。
「いつ、どこから出た噂なんだ、それ」
咳込み咽ながら尋ねる。ティティが目を細め訝しむような顔をしているが今は気にしないでおく。
「一昨日の夕暮れ頃に行われたムスター大司教猊下の演説からだけど。あの時、巫女様があんたを抱き寄せていたじゃない。あの清廉で無垢で幼気な乙女であられる巫女様があんな大胆な行動に出たのはきっと近くにいた男が卑しく穢したからに違いないって専らの評判さ。どうやって記憶も甲斐性もない男が巫女様とお知り合いになったのかは見当つかないけど、あんたって少女性愛者な上に記憶も節操もないのに性欲は人並み以上にあるんだなあ、って私でも思ったよ」
凄まじい早口で浴びせられる世間の悪評。更に蔑むような冷たい視線のおまけ付き。正直ここ数日、不特定多数から奇異の目を向けられている事には気付いていた。ただそれは俺が異例で昇級を果たしたことによるものだと思っていたのだが、まさか下世話なものとは露知らず考えもしていなかった。つまり、先刻の冒険者ギルドの受付嬢の余所余所しさの中にもその噂や感情が内包されていたってことか。なんというか表現が難しいが、恥ずかしさでいっぱいだ。
「噂なんか広めずに直接聞いてくれればいいのに……」
「あんたと巫女様ってしっぽりムフフな関係なんですか、って?」
「……無理だなあ」
羞恥心で発火した顔を両手で覆ったまま返事をする。果たしてその噂が霧散するまであとどれくらいの時間が必要だろうか。それでまで俺は好奇の的として過ごさなければならないのだろうか。
「で、実際は?」
ティティは頬杖をつきながら不敵に笑み、質問を投げる。
「……ナニガ?」
「しっぽりムフフな関係なの?」
「は、はは。まさか!エルミラは俺が八方塞がりで呆けていた時に出会って、今まで世話になっている次第だ。それだけ。本当に」
「ふうん……。かなり弁明じみた言い分だけど、一応はそれで納得しておくわ。一応は」
全然信用していないと顔に書いてあるが、一先ずは抜いた刀を鞘に閉まってくれたようだ。本当はしっぽりムフフどころの中では表現出来ない程に色に溺れ享楽的な日々が続いているが絶対に打ち明けることはないし、勘付かれないよう取り繕う。殺気のような悪寒を感じるし。
「なあ、お茶だけじゃあ腹は膨れないだろ?この間の迷惑を掛けた事と、服とサンドのお礼もあるし、飯くらい奢らせてくれよ。ティティには本当に感謝してるんだ。頼むよ!」
「……裏を感じるけど、いいわ。折角だから鱈腹ごちそうになってやろうかな」
よし。なんとか話を逸らす事に成功した。手持ちにまだ金貨が三枚そのまま残っているし、恩返しも出来て一石二鳥以上の働きが出来る。素晴らしい機転だ。
「じゃあ早速注文を―――」
『冒険者組合に所属する者に告ぐ。活動可能の者は直ちに冒険者組合所に参ずる事を命ずる。繰り返す。冒険者組合に所属する―――』
ルミノックスの店先のすぐ近くに聳える円錐の鉄柱の上方に設置された網目状の蓋のされた四角い箱から厳めしい声が響く。確かフェイリックス医院にもあった声を遠隔に放出する装置だ。
「あんたのおごりはまた今度みたいだね」
ティティが立ち上がり、テーブルに二枚の銀貨を置いた。
「これはなんだ?何かあったのか?」
「緊急時の臨時放送。異常事態が発生した際に各ギルドや騎士団、国民にそれを通知する魔法通信。つまりかなり逼迫した何かが起きたという証拠でもある」
今回それが国内の冒険者に告知されたのだとティティが説明する。真剣な面持で、これが一二を争う状況というのを否応なしに理解できた。
次の瞬間には二人で駆け出していた。目的地は言うまでもなく、冒険者組合所へ。




