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4-4 蠢動

 パルウァエ森林はフェイリックスの領土内で最大規模を誇る原生林である。

 この森はダンジョンを有する土地である為、大掛かりな除伐や間伐等の整備を行ってこなかった事もあり、この森には魔獣をはじめとする野生動物も多く生息している。生態系の維持や保全の観点から魔獣の完全な駆除を実施していないが、フェイリックス騎士団による巡回と視察、冒険者ギルドには繁殖し増加した種の間引きと脅威となり得る個体の討伐を依頼し実行する事を定期的に行っている。

 とは言え、危険の多い地帯である事は間違いない。まともな明かりのない夜間は特段。

 約まるところ何が言いたいのかというと、

 隠れ蓑としては優秀、という事だ。


 日が暮れて数刻。自然の天蓋に月星の光も遮られて視界すらまともに覚束ないパルウェア森林に小柄な人影がある。不気味且つ頓狂な事にこの暗闇の中、態々鉄仮面で頭部を覆い更に視界を狭めている。

 旧パルウァエダンジョンから進む事数十分。同じような形をした木々のひとつに小柄の鉄仮面が微弱な魔力を注ぐと根本近くの地面が変動し、地下へと続く入り口が姿を現す。

 ほぼ直角の傾斜に階段などという気の利いたものはなく、代わりに草臥れた縄梯子が備え付けられており、それを使って奥へと降っていく。

 地中は人工的に手の加えられた形跡がある。恐らくは遠い昔に何者かが隠れ住む為に作られたと推察出来るこの場所は今では誰が何のために作ったものか知る者はいない。変わりにこの不気味な鉄仮面が隠れ家のひとつとして使用している。

 縄梯子を降り終わり、一本道の通路を進むと木製の扉が設えられた部屋へと辿り着く。

 そこには既に先客の姿があった。同じく漆黒の外套を纏い、逆立ったぼさぼさの金髪とまるで整える気のない疎らに生え茂る無精髭、筋骨隆々で逞しい熊のような大男が木箱の上に腰かけ、瓶のまま直接赤葡萄酒を口から胃に流し込む。野蛮で粗暴。誰もがそう印象を持つだろう。

 「呼び出しておいて謝罪のひとつもねえのか」

 野太く低い声で恫喝するように言う大男。彼の足元には何かが入っているであろう麻袋がいくつか転がっており、苛立ちを隠そうともせずその内のひとつを力強く踏みつける。すると木の枝が折れ潰れるような音と共に袋の中身が大きく跳ねた。袋の隙間からは赤黒い粘性のある液体が垂れ流れている。

 「悪かったわね。これでいい?」

 「相変わらずいけ好かねえ奴だ」

 「頼んでおいたのはそれで全部?」

 唾を地面に吐き捨てごちる大男を諫めることなく小柄の鉄仮面は麻袋を指差して尋ねる。舌打ちしながらも大男は「そうだ」と答えた。

 袋の数は全部で五つ。これらは今から行うとある実験に使用する。

 「本当はもう少し数が欲しかったのだけど」

 鉄仮面は懐から掌サイズの石を取り出す。硝子のような光沢と毒々しい濃紫色をしたそれは禍々しくも美しくも見える。

 「それは?」

 「魔晶(ましょう)。私の力を注入した特別製のね」

 魔素を蓄え集積した魔石はその量によって膨大な魔力を宿すようになる。可視光線を放ち発光するまでに至ったそれは魔晶と呼称され、魔導研究には勿論、昨今では魔装具の材料に用いられるとも聞く。尤も、個人や民間での所有や採取は禁じられている為、一般的には名前くらいは知っている程度でしかないだろう。

 鉄仮面が懐から短刀を取り出し麻袋を引き裂きその中身が露見する。

 ヒトだ。まだ若い二十代に満たないであろう男性。血塗れで白目を剥いて昏倒しているが辛うじて息はある。所々が破損した白銀の鎧にはフェイリックス騎士団の紋章が刻まれており、その関係者である事は容易に察した。

 「どうしたの、これ」

 「この近辺をうろついていた野郎だ。三人いたが一人は()っちまったから騎士はあと一つだけだがよ」

 「殺した騎士はどうしたの?」

 「そのままにしてきたが?死体はいらねえんだろ?生きた人間を何人か用意しろって注文したのはお前だろうが」

 さもありなんと大男は不思議そうに言う。死体が他者に見つかれば面倒な上、この場所が知られてしまう懸念も生じるが、ここを隠れ家として継続的に使用する気も重宝する気もないので便利なセーフルームのひとつを失うくらいしか不利益はないが、どうも図体と態度の大きい男というのは短絡的で知性に欠けるとつくづく痛感する。

 嘆息を漏らしつつも、頭足らずがした過ぎた事と諦めて鉄仮面は作業に取り掛かる。

 魔晶に更に魔力を流し込むと放つ光がより強まった。力なく横たわり痙攣する騎士へ麻袋を引き裂いた短刀を躊躇なく胸元へ突き刺すと首を絞められた鶏のような声を漏らす。構わず鉄仮面は短刀を抜き取り、もう片方の手に持っていた魔晶をその傷口から体内へと押し込んだ。

 口から血を吐き出し両足を忙しなくばたつかせ騎士は悶え苦しむ。暫くするとそれすらしなくなり、ぴくりとも動かなくなった。魔晶を埋め込まれた部分は赤黒く泡立ち、肉体そのものも変形し背骨が喉を突き破り、肋骨がそれぞれ荊棘のように体外へと突き出ている。

 「悪趣味な実験だな」

 「これは失敗。成功確率は一割もないでしょうから今日は全て空振りになる可能性の方が高そうね」

 そう言いつつ、二つ目の袋を引き裂くと、今度は齢二十半ばくらいの全裸の女性が涎を垂らしながら無気力に突っ伏していた。体の至る所に痣と打痕があり、目は開いているがまるで生気がない。どうせ攫う時につまみ食いでもしたのだろう。それについても禁じてはいなかったので大男を叱責するつもりもこの女性を憐れむことも鉄仮面はしない。

 「ご愁傷様。ちょっと……いえ、多分凄く痛いけど、これで楽になるわよ。死ねればだけど」

 短刀で臍のやや下を突き刺し腹を開く。くぐもった声を漏らしこそしたが、発狂したり泣き喚いたりはしない。どんな楽しみ方をされたら心を壊すまでに至るのやら、とそこだけは少しだけ興味が湧く。

 変わり果てた騎士と同じ魔晶を女性の腹へ捻じ込むと、やはり直ぐに異変が起きる。全身を震わせ目を見開き白黒させる。股から小便を噴き出しながら腹の傷を搔き毟り血肉を散乱させている。骨が砕けるような音と共に首が拉げ(ひしゃげ)、短刀で掻っ捌かれてもまともに声を出さなかった口から絶叫が溢れる。不気味に足だけで立ち上がると全身が変質し始め、皮膚が裂け弾けて植物の蔦のように筋繊維が無数に蠢き自身の体に巻き付いていった。

 「あら、成功かしら。運が良い」

 「別嬪さんが台無しになっただけじゃないのか?」

 瞬く間に女性の肉体は大男よりも大きくなり、発せられる魔素も膨張していく。一先ず、このままでは部屋が崩れて生き埋めになりかねないので、鉄仮面は異形となった女性に手を翳すと魔力の波動を浴びせる。体を変動が止まることのないまま、異形は体勢を崩して倒れて動かなくなった。殺した訳ではない。少し脳の活動を止めただけ。有体に言えば眠らせた。

 「……で?生きたヒトを怪物に改造してどうしようってんだ?」

 この状況を理解しておらず、けれど動揺もしていない大男はつまらなそうに尋ねる。

 「どうもしないわ。魔晶を使ってヒトの体内で魔力を暴走させただけ。ただ、魔力暴走(まりょくぼうそう)ってとても痛くて苦しいらしいの。きっと苦艱から逃れようと藻掻いて暴れ回ってしまうかもしれないわね」

 「良い性格してんな。でもそれだけか。こんなちんけな森の中で騒ぎを起こしても面白くもなんともねえだろ。他の魔獣がピリつくくらいなもんだ……あ?んだよ、そういうことか。まどろっこしい」

 話の途中で大男は何かに気付くと呆れたようにぼやいた。

 「暴動が狙いかよ?」

 「そうね。そうなったら楽しいわね」

 「んな事したってこんな森の魔獣掻き集めた所で小さな村をひとつふたつ潰せる程度だろ」

 「別にこの国を落としたい訳ではないもの。でもそうね……例えば、暴動によって最近少し出しゃばっている不浄の巫女が死去、なんてどうかしら」

 鉄仮面の表情は当然他者からは見ることが出来ない。しかし、その言葉と醸す雰囲気からはとても邪悪で底気味悪いものを感じた。

 その鉄仮面の言葉を聞き、大男は手を叩いて下品な笑い声をあげた。

 「いいね。それはこれから面白くなりそうだ。そういうことだろ」

 「さあ。そうだといいわね」

 まだ誰も知らないこれから起きる異変と騒動に、二人の黒ずくめだけが期待と興奮を覚えていた。

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