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4-3 クラウド・ステラ

 フェイリックス医院を受診して二日が経った。

 診断の結果が出るまで俺は冒険者ギルドで依頼を受けて日銭を稼ぎ日常を消化している。

 相変わらずエルミラの部屋に厄介になっており、要脚もあるので街の宿を借りて生活する事も考えたのだが、

 「駄目。ここを拠点にすればいいじゃない」

 とエルミラに一蹴された。確かに失費は抑えられるし彼女との生活に不満もないのだが、どっぷり依存しきっているようで気が咎めらる思いもある。その事もエルミラに話したのだが、

 「もう私に飽きてしまったのかしら……」

 なんて儚げに言われ、このまま好意に甘えることにした。俺に余計な気を使わせない為に冗談で言ってくれたのだろう。多分、きっと。

 エルミラの部屋は中央市街からやや離れた居住区域とも違う少し変わった場所にある。それに気付いたのもつい先日の事で、ヒトの出入りが少ないこの区画の事を聞いてみるとこの近隣は商業区域の倉庫が多く、特定の目的がない限りは立ち寄らない場所だという。

 特定の目的。それはこの部屋のある建物から目と鼻の先にある敷地を指す。

 赤い屋根の白石で建造された豪奢な館がいくつも軒を連ねる。太く立派な鉄格子が外郭を成しそれを覆い囲う。通用口と思しき重厚な鋼鉄製の門にはフェイリックスの国章とデム教の刻印が金色で記されており、ただならぬ雰囲気を醸している。

 そこはクラウド・ステラと呼ばれる、国が管理する娼館……所謂、売春宿だ。

 入場料を支払い、敷地内で女性と飲食、遊戯、混浴、そして性交を目的とした巨大な遊郭。夜の帳が下りると設置された照明が色とりどりに眩く発光し、ぎらぎらと本来の姿を現す。

 聖地として知られるこの国にこんなにも欲望に塗れた性の楽園を抱え、剰え(あまつさえ)運営しているとは信じ難いが事実昔からこの地に存在し、ここを懇意にする貴賓や要人も少なくはないとの事。

 そもそも、フェイリックスが娼館を有している背景には尖耳族(エルフ)差別が大きく関係している。

 嘗て魔法至上主義と謳われた時代。万能の利器と称される魔法の知識と扱いに長け、より多くの魔力を保有する尖耳族こそが世界の統治者として相応しいと考えられていた文化があった。そして丸耳族(ヒューマン)は保有魔力が少なく、魔法を使えない無能の落第者として揶揄され軽んじられ弾圧されていた。

 しかし魔装具に誕生により状況は逆転する。

 立場や地位だけでなく、種族の個体数も尖耳族と丸耳族がまるっと入れ替わり、尖耳族は迫害の対象……いや、象徴となった。石を投げられ、隷属を強い、性の捌け口として慰み者にしたり、意味もなく殺められる事だって珍しくはない。

 この娼館は奴隷として扱われた尖耳族が逃げ果せた最後の砦だとエルミラは言う。

 フェイリックスに辿り着いても肩身の狭い彼女たちは生きる術を知らない。放っておけば結局は野垂れ死ぬか奴隷時代の二の舞となる。ならばいっそ、彼女達が文字通り体を使って奉公する場を職務として与えれば、それが新たな人生を掴む足掛かりとなる。クラウド・ステラはその為の施設なのだ、と。

 エルミラがここに詳しい理由は単純にして明解。クラウド・ステラは彼女が管理する花街だからだ。

 聞いた時は正直驚いた。エルミラは元々この娼館の出身で、娼婦としてではなく女中として勤めていたらしい。自身が瘴気を打ち祓う大いなる神秘(エニグマ)を持っていることを知ったのはそれより後で、その頃はまだ司祭だったムスターに勧誘され聖教で不浄の巫女と担がれるようになったことで地位と権利を得て、ただの歓楽街を国が直轄する興行施設に発展させるまでに至ったという。

 「幻滅したかしら?」

 首を横に振って答えた。

 そんな訳がない。彼女だって恐らくは迫害を受けていた一人なのだろう。多くの同胞が苦汁を舐め、虐げられる姿を見てきたに違いない。どんな形であれ、そんな彼女達の受け皿を作り守る為の厚意を嘲るような真似が出来る筈がない。

 エルミラの部屋はクラウド・ステラが建設される以前に娼婦の詰所として使われていた場所で、そこを丸々一棟自身の家として使い続けているとの事だ。良い思い出がある訳ではないが、面倒を見ている彼女達を出来るだけ目の届く範囲で暮らしたいという彼女の希望でもあるのだとか。

 以上の理由から、クラウド・ステラに所属する遊女達は尖耳族が九割を占める。ここで働くことを強制はしておらず、労働時間や公休も規程を設け、定期的に医師を往診させて健康診断や性病の検査も徹底しており、問題がなければ外出も自由とこの手の職種ではかなり福利厚生が厚い。

 決して綺麗な仕事とは言えないだろう。だがいつか彼女達が他に生を見出し、巣立っていくその時まで俺も応援してあげたいと思う。

 「でも、貴方は遊びに行っては駄目よ。私がいるのだから」

 そう言って微笑むエルミラの表情は少しだけ怖いような、愛おしいような、心の中がむず痒くなるような気分がした。

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