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5-EX 龍虎相搏つ

 不浄の巫女様を私に預け、キャリッジに乗り込んだ記憶も甲斐性もない男は鰾膠もなく足早に出立した。

 修道の孤児院に預けられていた経緯を除いても、私ティティ・アミキスはデム教の信徒だ。巫女様が偉大であり、フェイリックスに貢献し今の時代を築いた立役者の一人である事を理解も把握もしている。そんな偉大な御方の脇の下を両手で持ち、まるで逃げ出した子牛を捕獲したかのような抱え方をしている。不敬にならないだろうか。

 「……悪いのだけれど、そろそろ解放してもらえると嬉しいわ」

 「し、失礼致しました!」

 半開きの瞼の下からじっとりとした視線で訴える巫女様を丁重且つ迅速に地上へ下ろし、向き合って深々とお辞儀をして謝罪する。

 淡い桃色の髪。毛色以外、肌も瞳も色素が薄く、儚げな表情と落ち着き大人びた口調と雰囲気が相まって神聖さとも近寄り難さとも取れる不思議なオーラを感じる。

 「それで、貴方。ナナシとはどういった間柄なのかしら」

 ナナシ、とはあの甲斐性なしが現在名乗っている名前だ。きっとムスター大司教猊下ないしエルミラ様が工面したものだろう。

 「あいつ……ナナシは以前私が奉公する修道院で介抱した事があり、ただそれだけで特別な何かはありません」

 「そう。それにしては貴方からはナナシの前でだけ女を感じ取れたわ」

 ……エルミラ様は何をおっしゃりたいのだろう。

 女を感じた、とはあいつと接していた私自身が異性として振舞っていた、というニュアンスで間違いないだろう。ならば誤解だ。私は男という存在に興味どころか嫌悪を持っている。

 「ご冗談を。私は元来男が得意ではございません」

 「なら男という性別ではなく、ナナシという個体そのものに好意を抱いているのでしょう」

 否定の返答を即座に一蹴されてしまう。まさかエルミラ様は、あいつと他の女が一緒にいたことを嫉妬なさっているのではないのだろうか。

 「自覚がないのかしら。貴方、彼の前では態度や感情を露骨に出していたわね。ヒトは他人の前では落ち着き平静を保とうとし、そうした姿を見せたがる。それは自身という存在が正当で廉潔であると宣伝し認識させたいから。でも好いた相手に対しては自身のありのままを見せ、知らせ、受け入れてほしいという傲慢が意識せずとも表面に出てしまう。でも、本当に無意識なのかしら。意図せずそんなことが出来ていたのなら天性の男たらしね」

 カチン、ときた。そして理解した。エルミラ様は私に喧嘩を売っているのだと。

 先日の演説の時、エルミラ様があいつに抱き着いていたのを思い出す。その時、何故か訳もなくイライラしたが、あれは公然の場で軽薄でふしだらな行為を行ったエルミラ様に対してだったのだ。そうに違いない。

 しかし私ももう立派な大人の一人だ。僻みや妬みで攻撃的に噛みついてくるとはいえ相手は不浄の巫女様。少々色に狂われてしまっているが、しっかりと訂正して分かってもらおう。

 「確かに、先ほどは憤りで周りが見えておりませんでした。ですがそれは」

 「いいえ、隣にいたのが彼だったから。或いは彼の事で立腹していたから。貴方は貴方自身気付かずに彼からの好意を欲していた」

 「まるで私たちの事をずっと見ていたみたいな言い方ですね。監視でもなさっていたのですか?」

 「心当たりがあるのかしら。肯定しているようにしか聞こえないのだけれど」

 「私のした質問の答えになっていませんよ。齢を重ねる(としをとる)と他人の話を聞かなくなるって本当なんですね」

 ああ、駄目だ。我慢ならない。そう思った時にはもう思った言葉が口から出てしまっていた。

 生来、自他共に認める程に私は気が強い。誰にも負けたくはないし、舐められたくもない。性別や年齢で判断する輩には特段。向こう見ずで無鉄砲。自覚もしている悪癖だ。だがこうなってしまったのなら詮方ない。徹底抗戦してやろうじゃないか。

 「まあ怖い。私はただ事実を述べているだけなのに」

 「左様でございますか。なら私には不要ですので大人しく自分の(ねぐら)に帰って壁とお話していただいた方がよろしいかと存じます」

 「少し扇いだくらいですぐ燃え盛るなんて若くて羨ましいわ。膜はまだ残っているのかしら。殿方の中にはそこを重要視する者もいるわ。大切になさい。彼以外の為に」

 「下品で下劣ですね。とても不浄の巫女様のお口から出た言葉とは信じ難いです。そんなに愛欲に飢えていらっしゃるなら一人で発散なされてはいかがでしょう」

 「巫女である前に私も一人の女ですもの。愛し合っている殿方に言い寄る女狐に攻撃的になるのは許して頂戴。可愛い顔に皺が増えるわよ」

 「お生憎様。私はまだ十九です。肌の手入れが必要なのは巫女様の方では?」

 売り言葉に買い言葉。お互いに一歩も引かないインファイト。

 あっちが引かないのであればこちらも引く訳にはいかない。というか、私に非がある要素が見つからない。立場の上下とか年向上列とか知った事か。殴られたら殴り返す。それだけだ。


 「おい、あれって聖教の巫女様とティティ、だよな?なんであんな殺伐とした雰囲気を出してるんだ?」

 「知るかよ……なんか笑顔でずっと言い合ってるんだよ」

 「俺、ティティと派遣先が一緒なんだが……もしかして、馬車の準備が整うまであそこでやりあってるつもりか?」

 「俺もそうだよ……」

 遠巻きに二人の舌戦を傍観し、尋常ではない気配に立ち尽くして怯え、迎えの馬車の支度を待つ他の冒険者達の気など知らぬまま。

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