最終話 祝福の鐘がそこで鳴り響いた
これにて完結いたします。長い間お付き合いありがとうございました。
「これからどうするんだ、アーシャ」
船に揺られながら、おいらは先生に言われた事を聞き返した。
「どうするってどうするもこうするもないっぺよ、おいら、美の女神の泉の水を、西の国に届けなくちゃいけないっぺ」
「それはどうしてだ?」
「だって、西の国のお姫様の顔、これがないと治らないっておいら、前に聞いたっぺよ? それから、勇者を名乗っているアンドレ王子が、手に入れたって神殿は言わなかったっぺ、つまりアンドレ王子はこれを手に入れられなかったって事だ。ならおいら、届けなくちゃ」
「何故届けたいと思う?」
先生は不思議そうだった。どうして届けたいのか、なんて言われても、おいらはうまく言えなかった。
ただ一個だけいえる事があって、それだけはおいらの本心だった。
「だって、おいらなら出来たんだから。おいらは出来た、それにもうおいらはこれを使う道がない、余っちまったわけだ、なら余ったものを、欲しい人に渡すのは、悪い事じゃないっぺ」
「お前はそれを渡して何を手に入れるつもりだ?」
「手に入れるって、そんなの考えた事ないっぺよ」
先生が呆れた顔をする。そうしてさらにこう言った。
「それだけの貴重な物を、お前はただでくれてやるつもりか、その頭は真正の馬鹿か? そんな事をすれば、お前は西の国にいいように扱われるだけだぞ」
おいらは考えもしなかった事を言われて、何も言えなくなった。
でもおいら、女だから、美貌のお姫様が、綺麗な顔をなくした事、物凄く可哀想だと思うんだ。
綺麗な人が、自分の顔を喪う事が、どれだけ悲しい事なのかは正直わからないけれども、それがとても悲しい事だという事だけは、理解できるのだ。
それに女の人の顔に傷があると、それだけでお嫁入が出来なくなるのは、おいらの故郷の村でもあった話で、昔の話だけれど、事故で顔に傷が出来てしまって、結婚の話がなくなった女の人が、悲嘆にくれて自殺した、という話がある。
だから、お姫様の顔、なんとなくだけれど人事とは思えないのだ。
「……おいらこれでも女だから、女の人の顔の傷が、すごくつらいのだけはわかるんだ」
やっと口から出てきた言葉を聞いて、先生が鼻を鳴らした。
これだから馬鹿は困る、と言いたそうな音だった。
「アーシェニカ」
「うん」
「お前はその水を、どうしても、西の国の美貌の姫に渡したいのか」
「うん」
「それを手に入れたのがお前だと知られなくても、いいのか」
「真実は神殿の大神官さんが知ってるっぺよ」
北の魔の山に入ったのは、おいらだけだと思う、今の所。他の人が入って成功したとも聞かないから。
だから、美の女神の泉の水がある事で、大神官さんは、おいらが手に入れる事に成功した、とわかるはずだ。
つまり語らなくても知られてしまう、ってやつだっぺ。
「……おいら、馬鹿だけど、たくさんの人を悲しませる事は、しちゃいけない、って知ってるんだ」
これがあれば治るのに、それを手に入れられないなんて、どれだけ苦悩するか、なんて事はよくわからない、想像した事がないからだ。
でもそれでも、見ず知らずのお姫様であっても、おいらは助けてあげたいな、と思うのだ。
それはきっと馬鹿と言えるほどお人よしの考えだろうけれども、それでも。
「まったく、お前は馬鹿だが救いがたいほどだな」
呆れたように先生が言った後、先生は立ち上がった。
そしてこう言ったのだ。
「おれがそれを届けよう」
「自分で行くっぺよ」
「言ったらお前、そのまま西の国に閉じ込められるかもしれないぞ」
あり得ない話じゃないから、おいらはぐっと黙った。
確かにそれは、起きるかもしれない未来だった。
おいらが反対の立場だったら、西の国から出て行かないで、というに決まっていた。
「神殿に、勇者からの贈り物だとして、その水を届けるのだ、どうだ、悪くないだろう」
「……うん。でも先生は、それで何がしたいっぺ?」
「俺はお前が、お前の望むままに生きる事を願っているだけだ。そして西の国に縛られる事が、それではないと知っている」
おいらはそう聞いて納得した。膿の国でも、自由人な生活をしている魔族だから、信憑性があったのだ。
だから頷いて、水の入った水差しを渡した。
「西の神殿に、おいらからって、届けてください」
「任せろ、港に着いたらその足で飛んで行こう」
見えてきた港では、何やら人がたくさんいて、その中に、おいらとはぐれてしまった、ディアノン王子が混ざっていた。
そのまま船が港へ入ると、すごい勢いでディアノン様が走って来る。
「アーシャ、アーシャ!!」
おいらをそのまま、ディアノン様が抱きしめる。おいらがつぶれてしまいそうなほどの力だ。
でも、女の人を見ると殴りたくなると言っていた心はどうしたんだろう。
これは逆じゃないっぺか?
先生もにやにやしながら、これを見守っている。
「アーシャ、すまない、お前が見つからないのに、国に戻ってしまった」
ディアノン様がおいらを抱きしめたまま言う。
おいらは色々な物で汚れて、さらに潮風を浴びまくって海の匂いになっているから、臭いだろうに、彼はおいらを離さない。
「アーシャ」
それ以上何を言うのか、といった顔になったディアノン様が、ここでとんでもない事を言った。
「結婚してくれ、アーシェニカ」
見ていた人たちから歓声が上がった。手を叩く人、歓声をあげる人、どこからか花をまき散らすひと。
色々な人が、おいらへの求婚に、興奮していた。
呆気にとられたおいらが、彼の顔を見ていると、ディアノン様が続けた。
「済まない、他に、言いたい事がたくさんあったはずなんだが、見つからない」
顔は真っ赤だった。耳まで赤くて、震えていた。
それにつられて、おいらも真っ赤になって、そこで硬直してしまった。
やや遠くにあるはずの、海の国の神殿の方から、祝いのように鐘が鳴っていた。




