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第七十八話 アーシャ、野宿をする

目を覚まして一番にびっくりしたのは、何とそこにディアノン様がしゃがみ込み、おいらの顔を覗き込んでいた事である。


「で、ディアノン様!? どうやってここが分かったっぺ!?」


そこである。どうして、ディアノン様が、不測の事態で落下した、おいらの居場所がわかるんだっぺ?

何かしら魔法チックな事をしたんだっぺか? あり得そうっちゃああり得そうだけれども、ちょっと意外すぎる。

おいらはまじまじと彼の顔を見て、目をこすった。さっきから突き刺すような痛みが体中に走っているのは、おそらく落下した時にあっちこっち、木の枝にぶつけてしまったせいだろう。

そんな事もわからない、おいらじゃないのだ。

とにかく、おいらが大声をあげると、ディアノン様は不思議そうに首を傾げた。

ただそれだけで、何もしゃべらない。

喋らないのは、寒いからだろうか。ありそうだ。寒い地方の人間は、口を大きく開けて喋らないというから、それに近い物を、ディアノン様が行っていてもおかしい事じゃないっぺ。

だってここまだ雪が積もってて、かなり寒いのだ。

海の国は春真っ盛りも過ぎて初夏だというのに、北の魔の山にはまだ、春が来ていないようである。

ディアノン様が手を伸ばして来たから、おいらはその手をありがたく掴んで立ち上がった。


「でもよくまあ、ディアノン様はここがどこだかわかったっぺな」


「……」


ディアノン様は何も言わないが、おいらに対してきっと呆れているのだろう。

そりゃそうだ、着地地点の目測を誤って落下するとか、呆れるしかない事だろう。

おいらだって他人の話で聞いたら、何やってんだっぺ? と言ってしまうかもしれない。

そんなおいらは、ディアノン様の手から手を離し、ここからどこに行こう、と考えた。

美の女神の泉の水は、確か誰もいないから朽ちかけた神殿めいた場所にあると聞いている。

まずはそこに至るまでの、道を探さなくちゃいけないだろう。

ましてここがどこかわからない山の中、なかなか探すのは難しいと決まっている物の……おいらは秘密兵器を取り出した。

これは神殿で用意されていたものの一つで、探し物の方角が分かる魔道具である。

ただの、手のひらに収まる水晶玉と侮るなかれ、これに探し物の方角を念じれば、光の矢印が現れて、探し物の方角が分かるという、とんでもなく特別な魔道具なのだ。

これは、神殿が勇者に渡そうと思っていたものの一つだそうで、美の女神の泉の水を取りに行くときに、貸し出そうと思っていたそうだ。

しかしおいらはその後神殿に姿を現さなかったため、神殿から持ち出されなかった物である。


「これに、ええっと……」


美の女神の泉の水の方角、と念じてみた。それしかないからだ。

おいらがそうやって念じると、水晶玉から光が浮かび上がって、確かに、方角を示す矢印が、現れたのだ。

羅針盤に似たものが現れて、方角と、方向とが示される。


「すっげえ……」


検めてこう言った魔道具がすごいな、と思ったおいらは、先に歩き出していた、ディアノン様の腕をつかんだ。


「これがあれば探し物の方角が分かるっぺ、これに沿って行こう」


「……」


ディアノン様は魔道具を一瞥した後頷く。

それからおいらたちは、無言でいつまでも、方向を示す矢印に従って歩いていたのだが、目的地からは結構遠いようだ。今日中に着くわけもなさそうなので、野宿の支度が必要だ。

それも火の高いうちから用意しなければ、暗い中物を探さなくちゃいけなくなる。

おいらは木々に囲まれた空を見上げた。どうやらまだ歩いていても、問題はなさそうな空である。


「しばらく歩いて、たどり着けなさそうだったら、野宿だっぺ、ディアノン様」


ディアノン様はおいらを見てまた、黙ってうなずいた。今日の彼はいつも以上に静かであるが、まあそんな日もあるだろう。

もしかしたら、あの猛禽に乗っている間に、凍えてしまって、喋るのが億劫になってしまったのかも、知れなかった。




結局、今日中に美の女神の泉の水の場所には到着しなかったので、おいらは野宿の準備を進める事にした。

ディアノン様には火の番をしてもらって、おいらは薪を用意したり、寝床を確保するために動いたりと忙しい。

そして、神殿で用意されていた携帯食を手に取って、かじっていると、ディアノン様はぼうっと炎を眺めているだけで、食事をとろうともしていない。


「ディアノン様、食べないと体がもたないっぺよ?」


「……」


今日は一体どうしたんだろう。ディアノン様はおいらの声を聞いて視線を持ち上げたのだが、それ以上の事をしない。

しかし食べなけりゃ、体がもたないのは目に見えている。

だからおいらは、携帯食を半分かじったあと、その包みを彼に渡した。


「食べて」


ディアノン様はそれはそれは目を丸くして、おいらと、携帯食を交互に見る。


「食べて、じゃないと明日に備えられないっぺよ」


ディアノン様が、恐る恐るといった具合で、包み紙の油紙を剥し、携帯食をかじった。

食事を食べるだけの体力はあるらしい、なら安心だ。

おいらは肩の力を抜いてから、彼が食べ終わるまで、火を眺めていた。

幸い、雪を溶かせば水に困らないから、そればっかりは気候に感謝しなきゃな、と思った。





やっぱりかなり疲れていたんだろう、当たり前だ、あんな高速で飛ぶ猛禽の足にしがみついていたんだから。

そんな事を思っている間に、ディアノン様は食べ終えた姿勢のまま、すっかり寝入ってしまっていた。

おいらは彼の手から落ちた油紙を回収し、今日頑張って作った寝床に、彼を引きずっていく。

それでも起きないという事は、かなり疲れていた証拠である。

おいらは適当な時間に、交代させてもらおうと決めて、ちろちろ揺れる炎を眺めていた。

野宿の間は隠しに入れておこうと思っていた、水晶玉を取り出して眺めると、……あれ?


「方角の矢印が変わった……?」


不思議な事に、さっきまで北西を示していた矢印が、北東を示していた。

美の女神の泉の水って、移動するんだっぺか?

もしそうなら、相当根気のいる探し物になりそうだ。

ならば、おいらは疲れを癒し、明日に備えなければならない。

でも見張りは一人は必要だ。それに今魔物が来たら、おいらが戦わなければならない。

気は抜けない、と思うと、勇者だった頃を思い出す。

おいらは野宿の間いつでも、明け方まで起きていて、その間にやってきた魔物は、一人で倒すしかなかったな……

あれはあれで結構大変だった。でもそれが当たり前の事なのだろう、と野宿の事も交代する事も、何も知らなかったおいらは思っていたのだ。

今はそれが、普通じゃなく不平等だと知っているけれども。

ぼうっと火を眺めていると、だんだん意識が揺れだしてく。寝ちゃだめだ、と思っても瞼が重い。

だからおいらは、もう仕方がないから、これも神殿でもらった、結界を張るための白墨を使い、おいらとディアノン様の周りに円を描いた。

貴重な聖水と聖なる石を乞何して練り上げた聖なる白墨は、円を描くだけで簡単な結界になる。魔物からも見つかりにくくなるものだが、材料が材料で、超がつく貴重品だから、もしもに備えてあまり使いたくなかったのだが……魔物に食い殺されるよりはましだ。

そのためおいらはそれで線を引き、目を閉じた。





息が、苦しい。何でだっぺ……? と思って、必死に目を開くと、真顔のディアノン様の顔が、視界に広がった。

彼の両手が、おいらの首に触れているのが、そこでわかる。

だがそれだけじゃない。


「う、そだ……」


ディアノン様は、おいらの首をぎりぎりと締め上げていた。



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