第四十三話 アーシャ、外泊する
海辺の魔女のもとに向かうために、今日はいったん帰る事にした。先生が、呪われたお嬢さんの呪いを軽くする方法も教えてくれたし。
しかし、おいらたちが白に戻る用意を始めると、先生が怪訝そうな声で言って来たのだ。
「おせっかいと言われてしまうかもしれないが……海辺の魔女の島への出発は日の出前だろう、日の出前に、城から出られるのか?」
「あ」
おいらは自分の失敗に気が付いた。うっかりしていた。
「出発は日の出前になるのか?」
これはディアノン様が、おいらに不思議そうに聞いてきた言葉である。
「ああ、やっちまったっぺ……」
そうだ、そうだった、手伝いに行かなくなったからすっかり忘れていた。
「漁師さんたちの出発時間って、たいてい日の出前だったっぺ……」
日の出前に港を出発し、朝市に間に合う時間に魚を取ってきて、それから仕分けをして実際に朝市に出して……と、漁師さんたちの仕事時間は日の出前と決まっていたのだ。
無論、おいらたちを乗せてくれるおじいちゃんも、そのつもりだろう。
確認しそびれたおいらが悪い。
「日の出前に起きるのは問題ないが……そうすると、その時間帯に城から出る事は難しいな……」
「なんで?」
ディアノン様が腕を組んで考え出すから、おいらはわからなくって聞いた。なんで出してもらえない?
「警備上の問題だ。城の出入り口は、朝日が昇ってから、三回鐘が鳴るまでは開かない決まりになっている」
「じゃあ、日の出前にお城を出ようとしても、無理じゃないか!」
警備上の問題で、日の出前に城へ出入りが出来ない。
これはどう考えても、お城に戻ったらその時間には、出してもらえないという結果になってしまう。
「あの人に、出発の時間をずらしてもらう事は出来ないだろうか……」
普通に考えてそれが一番穏便だと思ったのが、先生が口をはさむ。
「難しいだろう。日の出前と明け方では、潮目が変わっているはずだ。あなた方が誰に頼んだか知らないが、その誰かも、潮目が変わっているのに、魔女の島まで簡単に行き来できるとは思い難い」
「まさか、お城の決まりで、いけなくなるとは考えなかったっぺ……」
この場合はどうするのだろう。日の出前に出られないなら、出られる場所に泊まって、そこから出発するのが一番簡単だ。
「潮目が変わる事が理由になりそうなら、時間をずらす事も難しいだろうな……」
「おいらも予想してなかった。お城に戻れない場合って外泊届出すっぺか?」
「王族に外泊届はいらないが……」
「じゃあほかに方法ないんだから、さっさと今夜の宿を決めるっぺよ」
「そうだな」
ディアノン様が同意した時の事だ。
「何ならここにでも泊って行けばいいだろう、アーシャ」
先生が、そんな事を言い出したのだ、おいらはびっくりした。
誰かに泊まっていけ、なんていう人じゃないのは、おいらもよく知っていたのに、先生は当たり前の顔で、泊っていけなんていうのだ。
どういった風の吹き回しだっぺ……
「ここはお前の家なのだから」
先生がごくごく普通の事だろう、と言いたげに言う。そこでおいらは、ここがおいらの家だった事を思い出した。
そうだ、ここが、お城で働くまでの間、おいらの家だったのだ。
きっと先生にとっては、いつまでもおいらのお家はここなのだろう。
「それにここならば、余計な人間との接触もない。おれは雄だから、魔女の呪いは効力を発揮しない。それにここならば、そこそこの時間に起きだせば、まあ出発時間に間に合わないなんて事にはならない」
言われれば言われるほど、魅力的な申し出だ。おいらは床で寝てもどこで寝ても寝られるが、ディアノン様はどうだろう、嫌がらないだろうか。
ちらっとみた彼の顔は、嫌そうではなかった。
「あなたが俺たちを不愉快に思わないのならば、その申し出はありがたいのだが……アーシャだけならともかく、俺までとは」
「御仁を一人で、宿に泊める方が問題だろう。アーシャは護衛の仕事をしているのだ。護衛と護衛対象が、別の部屋どころか別の宿に泊まったなと、大問題にしかならない」
淡々とした声で言った先生が、指先一つで、お茶のお代わりを注いだ。
「食事は自分たちで調達してもらう形になるが、よろしいだろうか。あいにくおれには、料理の才能はなかったからな」
おいらたちは顔を見合せた後、先生の申し出にありがたく同意する事にした。
そして一晩泊って、日の出前、おいらたちは起きだして、まだ眠っている先生に一応声をかけて、おいらの実家を出た。
外はまだ暗くて、町の街灯もまだついていないものだから、ずいぶんと寒々しい。
季節的にはそんなに寒くない季節なんだが、いまだ夜の側という時間は、どうにも寒々しくなるらしい。
……ちょっとだけ、西の国での、野宿を思い出した。おいらしょっちゅう、徹夜してたからな……
徹夜の日々が多かったからか、日の出前に起きだしても、おいらは不調にはならない。
ただ、日の出前にはあまり起きださないディアノン様は、どこか眠たそうだった。
「船に乗ったら、寝ても大丈夫だっぺよ、それまで頑張って」
「宴で徹夜という羽目になる事もあるんだがな……どうにも欠伸が」
そう言って、ディアノン様は欠伸をした。
二人で並んで歩いて、そのまま港に行くと、港は出発する船の灯りとかで、結構にぎやかだった。
漁に出る船の活気ある音の中、おいらたちを海辺の魔女の所まで乗せてくれるおじいちゃんが、船の準備をしていた。
「おまたせしたっぺ」
「ああ、そんなに待っていないから安心しろ、さあアーシャ、色々手伝ってもらうからな。そっちの若いのは、顔色が悪いから、船を出したら寝ているといい」
そんなに顔色が悪いだろうか……とディアノン様がぼやいたものの、その申し出をありがたく受け取る事にしたらしい。
おいらとおじいちゃん二人で、出発の用意をして、綺麗に包んだお菓子を確認して、そのまま、他の船とは違う航路をとりながら、おじいちゃんの船は出発した。




