第四十四話 アーシャ、魔女の島に行く
船に揺られて数時間。おいらの感覚でも結構時間がたったと思う位だから、数時間に違いない。
そろそろ腹が減る時間、なんて思っていたら、おじいちゃんが包みを渡してくれた。
「うちの婆さんが、アーシャに食べさせてやれって言って、握り飯を作ってくれたんでな」
「わあ、ありがとう」
「本当はそっちの若いのの分もあるんだが、よっぽど具合が悪いんだな、全く起きないじゃないか。まあそれだけ具合が悪いから、お医者さんじゃなくて、魔女を頼りたくなったんだろうがな」
おじいちゃんが言っているのは事実で、ディアノン様はおいらたちの邪魔にならない所に寝転がったまま、目を閉じてぴくりともしない。
何度かおじいちゃんが顔色を見て、上掛けをかけ直してくれたくらい、ディアノン様の顔色は戻らないままなのだ。
大食いの腕輪が、魔力を全部吸い取っているから、具合が悪いのかもしれない。
……海辺の魔女の所に行って、倒れなきゃいいんだけど。倒れたらおいらが支えるだけなんだけどな。
そう言った事を考えながら、口に入れる握り飯は、おばあちゃんのぬくもりがこもっているかのように、美味しい塩気のおむすびだった。
「おいしい」
「うちの婆さんは塩づくりの名人だからな。婆さんたちの作った塩は、確か王宮に結構いい値段で売っているはずだったな!」
「おじいちゃん幸せ者だっぺ、こんなおにぎり食べさせてもらえて」
「そうだな」
おじいちゃんも嬉しそうで、そして食べ終わってから、船の進む先を少し調整すると、遠眼鏡を見ておじいちゃんが言った。
「そろそろ、海辺の魔女の島につくぞ。今日は娘さんが貝拾いをしていないみたいだ」
「貝拾い」
「ああ、海辺の魔女の娘さんは、美味しい貝を見つけるのが上手なんだ。よく浜辺で取っているんだよ」
「へえ……ちなみにかわいいっぺか」
「見ほれるほどの迫力はないが、十分可愛らしいお嬢さんだな」
海辺の魔女様の娘さんは、可愛い系なのか。おいらは一つ学習した。
そうして、海辺の魔女様が暮らす島に到着したので、おいらとおじいちゃんは二人がかりで、船を浜に乗り上げさせた。
「そこら辺につながないっぺか」
「ここは海辺の魔女の島だから、わしが勝手に何か取り付けるわけにいかんだろうが」
「そっか」
だから船を浜辺にあげるのか、なんて思いながら、おいらはまだ寝ていたディアノン様を起こした。
その頃になるともう日は高くなっていて、彼の顔色がよくわかる。
「……ディアノン様、ディアノン様。ついたっぺよ」
「うう……そうか……なにも手伝えなかった……」
「そんな蒼褪めた死体みたいな顔色で、何言ってるっぺか」
事実、明るい所で見るディアノン様の顔色は、冗談じゃないほど青白かった。
皿の上に乗せられた死体のようである。青ざめたパンの様ともいえるが。
船からゆっくり起き上がったディアノン様は、おいらの手を借りて立ち上がり、魔女の島に足をつけた。
「……白い浜辺に青い海、魔女殿の暮らす島は綺麗な島だな」
白い浜辺の白さが、眩しいのだろう。目を細めながら、ディアノン様がそんな事を言った。
「立ち上がれるなら大丈夫だろう、行くぞ」
おじいちゃんが、手に包みを持って、おいらたちを先導する。
先導されて、周りを見る余裕が出来て気が付いたのだが、ちゃんと島の浜辺から、海辺の魔女様の家まで、細く白い砂の道が出来ているのだ。
これなら誰も迷わないよな、とちょっと思った。
「うう……」
ディアノン様が、うめいてよろめく。あんなに寝ていたのにふらっふらだから、おいらは三度目に彼が転ぶのを阻止した後、こう提案した。
「おんぶ」
「は……?」
「力には自信があるっぺよ! ディアノン様、このままだとそこら辺の木に激突して気絶するっぺ! だからおいらが背負う!」
「だが……」
「さあ選ぶっぺ! 気絶か失神かおんぶか!」
「わしはアーシャに賛成だがね」
話を聞いていたおじいちゃんが、ディアノン様の顔を見ながら言った。
味方がどこにもいないから、ディアノン様は諦めたらしい。
「頼む……」
と言って、おいらの背中にもたれかかったので、おいらはよいせと掛け声をかけて、ディアノン様をおんぶした。
「うわ、思った以上に重い」
「無理はするな……」
「うん、今までおんぶしてきた相手が女の子だった事を、今思い出しただけだっぺ」
それに、全速力で逃げまわるわけじゃないし、この程度の重さなら許容範囲だ。
ああ、西の国では、野宿の最中に魔物の襲来とかが合って、おいら魔法使いを背負って逃げたっぺな、よく。
あの子ねぼすけだったから……なんて思いだしつつ、おいらは頭一つ分は大きいディアノン様をおんぶして、おじいちゃんの後に続いた。
林の中をそこそこ進んだところで、一回開けた場所になる。
ここはどうやら井戸の場所らしく、なかなか立派なくみ上げ式の井戸と、洗濯物を干すための縄とかが置かれていた。
「るーるるー」
そしてそこでは、年若い女の子が、一人、洗濯桶の中で足ぶみしていた。洗濯をしているのだろう。
楽しそうに歌いながら選択している彼女に、おじいちゃんが話しかけた。
「やあ、娘さん。今日は海辺の魔女さんは起きているかい」
「あ、おじいちゃんこんにちは。お母さんは今日はおじいちゃんが来るからって、待っているわ。あと予定外のお客さんが来るとも言っていたけれど……そちらの方たち?」
「ああ、海辺の魔女さんの所に、どうしても来たいと言ったんで一緒の船に乗ってきたんだよ」
おじいちゃんが目を細めるのもわかる、その娘さんは可愛らしい感じの娘さんだった。
口元のほくろが、ちょっと色っぽい感じがして、可愛いのと色っぽいのが同居している。
それに今、海辺の魔女様の事を、お母さんと言ったのだから、彼女が招待されなかった、海辺の魔女様の娘さんなんだろう。
見た所、不吉そうな部分は一つも見当たらなかった。
「こんにちは」
おいらは普通の声であいさつをした。彼女がにっこりと笑って返してくる。
「こんにちは、力持ちのぼくくん」
やっぱりどこでも、おいら男の子扱いなんだな……と微妙になりつつ、おいらは訂正しなかった。だって面倒くさいから。
いちいち訂正してたら、話進まねえし。
「おいらとこっちの人は、海辺の魔女様にお詫びに来たんだ。……海辺の魔女様怒っていたりするっぺ?」
「背中から申し訳ない……本来ならば正式な礼をして謝罪するべきなのだが……」
ディアノン様が吐きそうな声でいう。なんか大丈夫じゃなさそう。背中に吐かれるかな。というかついた時よりも具合が悪そうだけど……
「……ええと、あの?」
娘さんは、おいらに背負われている人が、王子様その人だと気付かなかったらしい。
困惑した声をあげた物の、おいらたちがおうちに用事だと思い出したらしい。
「いけない、皆さんを案内しなきゃいけないのに、ぼうっとしてばっかりで」
「気にしないよ、うちの婆さんは怒るかもしれないけれどな」
おじいちゃんが茶目っ気たっぷりに言って、場の空気が和やかになったから、そこで娘さんはおいらたちを案内する事にしたらしい。
「お客様たち、どうぞこちらです」
そして彼女の後に続く事五分、さっきの開けた場所から少し奥に行くと、そこには綺麗なお家が建っていた。
お家が建っているのは、植えた草で文様が書かれている地面の上で、何というか、魔法を使う人のお家っぽい感じだ。
贅沢な窓ガラスは大きくて、中にも植物が生えているあそこは……温室なんだろうか。
そりゃあ、温室で育てた方が楽な薬草もあるらしいし、魔女の家だと考えると、そんな違和感のある事でもないだろう。
「……魔力が随分濃いのは、魔女殿の家だからだろうな……」
「ディアノン様、吐きそうな声で感想言っちゃだめだっぺ、今着替えないんだから」
「問題ない、吐くほどの物が胃の中にない」
「にしても、昨日も思ったんだが、従者さんは顔色が悪いなあ、昨日よりも今日の方が悪く見える。厄介な魔法でも受けたのかい」
「そういうわけでは……ないはずなんだが……」
おじいちゃんにまで心配されつつ、おいらたちは娘さんが家の中に入り、魔女様に声をかけるのを待った。
家の中に入って、来客を告げた娘さんが、扉を開ける。
「どちらの方も入っていいそうです」
「じゃあ、先にわしが用事を済ませるかね」
「どうぞどうぞ」
おじいちゃんが中に入り、おいらたちも、娘さんに導かれるまま、中に入った。
「おじいさんは、いつもの奥さんへの薬だろう、きっかり用意してあるとも」
中に入ると、一つの囲炉裏の前に、海辺の魔女が座っていた。
そしておじいさんが囲炉裏の向かいに座ると、ゆったり笑って、薬の袋を差し出した。
「いつも通り銅貨十三枚」
「はいよ、確かに受け取った」
おじいさんが銅貨を十三枚渡した後、懐から包みを取り出す。
「うちの婆さんの塩だ、この前喜んでくれていたから、張り切ったって言ってたな」
「わあ、お婆さんの御塩、とっても美味しいんですよ! お母さん、よかったね!」
「それも有り難く受け取っておくとも。いつも何かと用意してもらえてうれしいよ」
「これで婆さんの関節の痛みが、かなり和らぐんだから、婆さんもかまわないだろう」
おじいちゃんが海辺の魔女様と、普通の会話をして、囲炉裏から退く。
「予定外のお客人は……あんたたちかい」
魔女様の顔は固かった。怒ってないかもしれないが、歓迎はしていないだろう。
無言で娘さんに、囲炉裏の向かい側を進められたおいらたち。いったんディアノン様は背中から下りて、ふらふらしながらも、海辺の魔女様の向かいに腰かけた。




