第四十一話 アーシャ、菓子店に戦く
とにかく、海辺の魔女が気に入りそうな甘いものの用意が必要だった。
これに関しては、間違いなく重要な事だった。嫌いなものを渡されたら、魔女だってへそを曲げてしまう可能性がある。
だがここで、ディアノン様が意外な特技を発揮した。
「船の手配をアーシャだけに任せてしまったからな、俺は菓子の用意をしよう。確かこのあたりに宮廷ご用達の菓子店があったはずだ」
なんて言いながら、人込みの中をすいすいと泳いでいくように進んでいき、実際に、おいらなんか絶対に足を踏み入れなさそいうな、立派な構えの菓子店の前までやってきたのだ。
「こんなとこ、おいらは入れないっぺよ……」
「俺のお供なのだから入れるに決まっているだろう」
「だってこんな立派なお店、おいら、縁がなさ過ぎだっぺよ」
「安心しろ、お前がおいしい美味しいと言って飲んでいる丹茶の店はここだ」
「え……」
丹茶は高級品だ、そうだ、分かっていたのだが……おいらはおこぼれにあずかりすぎていて、その事実をすっかり忘れていたのだ。
でも丹茶うまいんだっぺよ……とってもいい香りで、お乳を入れると美味しくて……
しかしその丹茶を宮廷におろしているのが、まさかこんな高級菓子店だったとは。
もうこれから、怖くて丹茶飲めない。
なんて知りたくなかった事実に戦いている間に、ディアノン様は気安い感じで、菓子店の扉を開けてしまったのだ。
「あ、待ってくれ!」
護衛がディアノン様を一人で進ませるなんてできない。おいらはありったけの勇気を振り絞って、ディアノン様の後に続いた。
「うわあ、きらきらしたお店だっぺ……」
「アーシャは菓子店に縁がなかったのか、こんな物は初めて見るのか」
「おいら、お菓子は、お城に入ってから食べるようになったんだ……故郷ではお前に食わせる菓子なんてないって言われてたし、用意はしても、おいらが食べる取り分なかったし」
「……時々思うのだが、お前は並々ならぬ実力者だというのに、扱いが雑過ぎるのではないか?」
「故郷にいた時は、今よりずっと弱っちい、ちび助だったんだ……」
もう世界が違う、高級菓子店って世界が違う! こんな綺麗に包んだ砂糖菓子とか、飴ちゃんとか、金色の焼き菓子とか、お城でも見ないお菓子だ!
……まあ、お城の厨房で、同じだけのお菓子が用意できるとは思えない。菓子店の設備って、お城の厨房と色々違いそうだっぺな。
飴細工とかは、お城では作れないと思うんだが……そこら辺どうなんだっぺ。
ディアノン様が、宮廷ご用達と言ったのだから、宮廷で用意できないものを、ここは取り扱っているのだろう。よく分からないけれども。
だが、おいらが周囲のきらびやかさにしり込みしている間に、ディアノン様はカウンターで、細かい注文を始めてしまったのだ。
保存性の高い、いくつの女性でも好みそうな、見た目の綺麗なお菓子と、お茶の時間にもうってつけな、船で移動しても崩れないお菓子をだ。
受付の人はにこにこと微笑みながら注文を聞き、いくつかの品物を見せてきた。
色とりどりの、透き通った飴ちゃんの中には、細かい星が入っている。すごい手間のかかる飴ちゃんだと、おいらでもわかるくらいの手間をかけた物と、中に混ざった乾燥果実が、透き通るような砂糖漬けにされているケーキだ。
どっちも驚異的なくらい、綺麗である。お城の焼き菓子はとってもとっても美味しいが、こんな華やかな見た目ではない。それはおいらが、華やかな見た目のお菓子が出てくる場所に、縁がないからでもあるが……これはすごい。
ディアノン様も、注文通りの物が出て来て、機嫌がよさそうだ。
それを一つずつ買って、綺麗に包んで、さらに追加料金で、綺麗な小さなカードを用意できるらしい。
しかし、謝罪のためのお菓子だから、そのカードは買わないようだ。
おいらはそれらを待っている間、きょろきょろとあたりを見回して、絶対に品物に触らないように気をつけながら、色々な物を眺めていた。
だって綺麗なんだ。知っているお店とは大違いの綺麗さの中に、これまた宝石飾りみたいなお菓子が詰まっているのである。
綺麗なものはいくら見ても飽きない。すごいな、綺麗だな、と思っても欲しいな、とは思わないのは、おいらが自分の財布事情をよく分かっているからだ。
おいらのお給金はそこそこ高いけれども、ここで散財していい金額ではないのである。
そんなお上りさんみたいなおいらを見て、お店の人が話しかけてきた。
「気に入ったの?」
「だって見た事がないくらい綺麗なお菓子が、いっぱいあるっぺよ!」
「そう言ってもらえると、職人たちが喜ぶよ。誰が見ても綺麗なんだなって」
「連れが買ったお菓子も、すっごい綺麗だったし、ここは何でも綺麗だっぺ」
おいらが掛け値なしの称賛すると、お店の人はくすぐったそうに笑った。照れくさいらしい。
ここは胸を張る場所じゃないのだろうか。
「しかし、殿下が、女性の気に入りそうなお菓子を買い求めるなんて、滅多にない事ではありませんか」
話しかけてきたお店の人は、ディアノン様の請求が、ディアノン様の経理あてという事もあって、この注文が王子様の注文だとわかったらしい。
しかし、注文をしているのが、その本人だとはわかっていなさそうだ。
わかっていたらもっと大変な扱いになっていそうだもの。
「しかし、お使いが殿下そっくりだとは。自分と目の色以外そっくりな従者を雇い入れるなんて、殿下も面白い事をするんですね」
お店の人は、興味津々といった感じだ。従者と勘違いしている、ディアノン様の事について、詳しい事が聞きたそうだったがおいらは笑って誤魔化した。
「そう見えるならそうなんだっぺな……」
「はい、出来ましたよ」
そうして待っている間に、別の人が、頼んだ品物を綺麗に包んでくれた。
「ありがとう」
お礼を言って、綺麗に包んでもらった物を、大事に袋に入れて、おいらたちは菓子店を後にした。
「……ずいぶん、菓子店の中を見ていたが、気になるものでもあったのか」
菓子店から離れて、ディアノン様はおいらに訪ねてきた。
「欲しいものはないけど、見てて飽きないものがいっぱいあったんだ! こーた綺麗なお菓子、おいら縁がなかったんだ。だから見てて、いつまでも、綺麗だな、すごいなって」
「欲しくはないのか」
「おいら身の丈知ってるっぺ」
「そうか」
別に買ってほしいとか思わないので、おいらはこれ以上この話を深く掘り下げる事はしなかったし、ディアノン様もしなかった。
道中では、その後大きな問題もなく、おいらは先生の所に行きたいと提案しようと、口を開いた。
そんな時だ。
「アーシャか」
後ろから声をかけられて、おいらは振り返った。振り返った先には、なんと、土と泥にまみれた先生が立っていた。
「せ、先生、どーしたっぺよ! 頭の先から泥ん中突っ込んだみたいな!」
「先生?」
おいらが先生、と呼びかけた結果、ディアノン様も足を止める。
そして思いっきり汚れている先生を見て、さらに彼の額に角が生えている事実に目を見張り、問いかけてきた。
「どういった知り合いなんだ、アーシャ」
「おいらがこの町で暮らすようになって、ディアノン様の所に雇われる前まで、ずっとお世話になってた薬草の先生だっぺ。先生、こちらは……」
「皆まで言うな、その顔を見てわからないわけがないだろう」
先生は、ここで王子様の素性を暴露する事はさせなかった。手を振り、分かっていると態度で示し、周りを見回した。
「町にそんな身なりで降りて来るとは。何かあったのだろう。どうせアーシャの事だ、俺に話したい事があるはずだ。……連れの御仁、一緒に家まで来てもらえるだろうか」
「まだ日は高いから、構わないが……」
「行くぞ」
泥まみれの先生が歩きだし、おいらとディアノン様はその後に続いた。




