第四十話 アーシャ、漁師たちの話を聞く
「聞いたぞ、アーシャ、なかなか宮廷勤めも大変らしいな!」
港に着いて、いつも漁師さんたちが、網とかの手入れをしている場所に行くと、さっそくおいらは声をかけられた。
声をかけてきたのは、いつも網の手入れとかを手伝っていた漁師さんたちだ。
おいらは小走りに近付いて、しゃがみ込み、聞く。
「そんなにいろいろ聞いたっぺか」
「うちの年頃の娘が、王宮のパーティに参加していたんだよ。びっくりしていたぜ、まさか海辺の魔女を怒らすなんてな!」
「おっさんたち、海辺の魔女に詳しいっぺか?」
「そうだな、漁師たちの方が、もしかしたら街の人や、王宮の人間より詳しいかもしれないな!」
漁師さんたちが胸を張る。そこで後から近寄っていたディアノン様が、声をかけた。
「もっと詳しい事を知りたいのだが、時間をよろしいだろうか」
「おおっと、いいぞ、ん……? 人違いか。あんた、王子様と目の色以外そっくりだな!」
「あはははは」
おいらはなんとも言えない声を出した。漁師さんたちでも、王子様の顔を知っているらしい。おいらは知らなかったけれども。それはおいらが、この港町に来て一年ちょっとしか経っていないからかもしれないが。
おいらが笑って誤魔化すと、ディアノン様が、彼等に話しかける。
「いろいろな事情が重なって、どうしても海辺の魔女に会いに行きたいのだが……彼女がどこに暮らしているのか、ご存知ではないだろうか?」
「あんた、見た目は貴族なのに、俺たちにも丁寧に喋るもんだな、いいぞ! 海辺の魔女は、ここから船でちょっと北西に行ったところの、小さな島に暮らしている。この島も、海の国の領土内だから、俺たちもいい漁場として、近くを使っているんだ。そこで、海辺の魔女は、娘と一緒に、薬を作ったりして暮らしてるぞ」
「彼女が喜びそうな手土産とかを知らないだろうか?」
「海辺の魔女が好きなもの? やっぱり甘いものじゃないか? 薬を作ってほしい時、俺たちは港の甘い菓子を持って行くんだ」
「砂糖じゃだめだっぺか?」
「砂糖でも喜ぶけれども、やっぱりお茶の用意をした時に食べられる物の方が、うれしそうだな。魔女って言ったって、なんでも空から出せるわけじゃないらしいし」
「へええ……」
やっぱりどこの世界でも、甘いものって最強なんだっぺな。
おいらはそんな事を思ったのだが、ディアノン様は違ったらしい。
「どんな甘いものを、よく、持って行っているのだろうか」
「日持ちのする焼き菓子が多いな。たっぷり甘い酒をしみこませたのがいい。甘い酒をしみこませたものの方が、日持ちするしな」
「小麦粉とかでも結構喜ぶけどな」
「……皆さんは、魔女と友好的なのだろうか」
彼等は顔を見合せた。
「そりゃあ、魔女ってのが怖いほどの力を持っていて、並大抵の人間じゃ太刀打ちできない存在だってのは知っているけどよ」
「子供の熱の話を聞いて、大急ぎで、よく効く薬をそこまで高くない値段で作ってくれるんだぞ」
「俺なんか、一回、荒れた海に投げ出されたんだけど、魔女の暮らす浜辺に打ち上げられた時、手当てしてもらったんだ、無償で!」
「魔女って怖いけどよ、海辺の魔女はそりゃあ、優しいんだ」
「子供にも優しいし、妊婦にも優しいしな。いい方だよあの魔女は」
「だから俺、娘からこの前の騒ぎを聞いて、信じられなかったんだ」
一人が言うと皆が同意するように頷いた。
信じられないってのは、漁師さんたちの共通の意見の様だっぺ。
「あの優しい魔女を恐ろしい存在だって言って、その娘を招待しないなんてな」
「ただ魔女ってだけでも、十分に、敬意を表する相手だし、招待状だって送るものだって思ったんだけどな」
「王宮では違うんだな……」
漁師さんたちが口々に話す事を聞くと、どうやら海辺の魔女は、子供が好きな、一般的に言うところの、善き魔女らしい。
善き魔女というのは、悪さをしないで、善き行いをする心正しい魔女の事だ。
これとは正反対に、悪しき魔女、と言われる魔女もいる。こっちの方が皆怖がる魔女だ。
その善き魔女を怒らせた王妃様って、結構大変だっぺな。
漁師さんたちの話を聞いて、似たような事を思ったらしい。
ディアノン様が、何とも言えない声で言った。
「何故王妃は、恐ろしい存在だからと、招待しなかったのだろう……やはりきちんと招待するべきだったのでは……」
「だよなあ。あんちゃんでもそう思うだろ、海辺の魔だって、矜持ってものがあるからな。娘が一人だけのけものとか、許さなかったってだけだろ」
「なあなあ、おいらどうしても早く、海辺の魔女様の所に行きたいんだ、誰か連れて行ってくれたりするっぺか?」
このままでは魔女のもとに行く話が出来ない、だからおいらはあえて話を中断させて、漁師さんたちに問いかけた。
彼等は顔を見合せた。
「誰かいたか、海辺の魔女の所に行く用事があった奴」
「この前、娘の血の道の病の薬をもらったばっかりだからな」
「あそこに行くには、行くための準備ってものがあるからな」
「連れてってやりたいけど……」
「わしが行くぞい」
漁師さんたちが、誰が連れていくか相談を始めた時だ。
一人のおじいちゃんが、名乗りを上げた。
そのおじいちゃんは、このあたりでも長い事、漁をしているおじいちゃんだ。
実際今日も、網の手入れをしていたのだ。
「じいさん、何か用事あったのか?」
「わしはかみさんの関節の痛み止めの湿布を明日貰いに行く予定じゃ。アーシャもそれについていけばいいじゃろ」
「お、じいさん、助かるぜ」
「この時期、あのあたりは魚がいないから、漁場にならなかったんですよ」
「漁を休むってあんまりしたくなかったんだ」
漁師さんたちがおじいちゃんにお礼を言う。
それを見て、おじいちゃんがにこにこと笑った。
「いいという物じゃ、それに一人で船を操るよりも、元気のいいのを手伝わせた方が、手軽じゃしの。アーシャは折り紙付きの元気でイキのいい奴じゃ」
「私も連れて行ってもらえないだろうか」
「うむ、構わんよ、ただし船酔いするでないぞ、あのあたりの海は、この時期になると揺れが激しいんじゃ、船酔いしやすくなる」
おじいちゃんがそう言ってくれた事により、おいらたちは明日、海辺の魔女に会いに行く事が出来るのだった。




