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第三十九話 アーシャ、自覚する

ディアノン様の支度というのは、町中にいても目立たないような衣装に着替える支度、持ち物の用意、それから港町でもぎょっとされないだけの金額のお金を用意する事、といった、ごくごく普通の貴族の支度でもある。

おいらは簡単に、騎士の身なりだと示すタバードを脱いで、首元にぶら下げている勲章とかを外して、おしまいだ。

おいらは元々、出かける時に必要な財布を、いつでも持ち歩いているので、ディアノン様のように大掛かりな支度にはならない。

支度を済ませてから、おいらはディアノン様の支度が終わるのを待っていたんだが、そこでふと思ったのだ。


「王妃様って、最初に会った時と、その後会った時とでは、受ける印象が全然違うっぺな……最初は猫被ってたんだっぺか……?」


最初は、王子様の母君として申し分ない、落ち着いた人のように見えていたけれども……どんどんそう見えなくなっているのだ。

それは一体どういう事だろうか……何か裏にありそうで、おいらとっても気になる。


「……それともあれだっぺか、自分が後押しした伯爵家の令嬢の腕が、ああなったから責任を感じてて、それが心理的負担ってやつになってるっぺか……」


それも一理ありそうだ。だってそうだっぺ、考えなくてもわかる。

自分が選び抜いた、息子に相応しい女性が、あんな見た目になる。それも呪いの事を軽く見て、ごり押しした自分のせいで。

早く何とかしなければ、自分の不手際が大きくなるばかり……といった所だろう。

だってディアノン様の呪いに関しては、国中の乙女という乙女を呼び集めたパーティだった結果、国中に広まったと言っても過言ではないのだし。

町中の女の子たちが、そのことを家族に話さないとは思えない。

だって誰だって、そんな衝撃的な出来事、黙ってられないっぺよ。

おいらだって、先生とかお医者様に話したいくらいだし……あ、先生。

もしかしたら先生も、魔女の呪いに詳しいかもしれないっぺな。

今日、漁師さんたちに話を聞いた後、寄れたら家によって聞いてみよう。

多分イカの干物を手土産にすれば、色々話が聞けそうだ。

先生イカの干物をあてにして、お酒飲むの大好きだしな。

そんな事を考えて、どの順番にすれば、一番たくさん、港の漁師さんたちに話を聞けるかな、と考えていると、ようやくディアノン様の支度が終わったのだ。


「長く待たせて悪かったな」


「大丈夫だっぺよ、三十分くらいしか待ってないっぺな」


おいらはそう言って、ディアノン様を見て、ちょっと笑いたくなった。


「お忍びの格好、ディアノン様似合わねえっぺな……」


「殿下は立ち振る舞いが高貴な者のそれなので、どう着替えても、それがにじみ出て来てしまうんですよ」


スーズさんもなんとも言えない顔だ。

実際、ディアノン様の衣装は、よくあるシャツに、これまた貴族の若い人が首に巻いているタイ、質素な色のズボンにブーツ、それからこれも、下町で遊ぶ貴族の人が来ているベストなのだが……

これだけなのに、恐ろしいくらい高貴っていう印が付いているように見える。

衣装はよくあるものなのに、なんでこんなに高貴な身分の人の空気なんだっぺ、と考える間もなく、スーズさんの答えで、理由が分かったわけである。

ディアノン様、立ち振る舞いが王族だから、そう見えるわけだっぺな……

まさかだらしなく動け、とも言えないし、おいらはぐっと笑いを飲み込んだ。

はっきり言って、ディアノン様はお忍びの衣装が、信じられない位に似合わないのだ。

こんなに似合わないなんてあるもんだっぺか、とおいらはまた新しく、世界が広がった気がした。

街でもどこでも、服を見て色々な物を判断する世の中だが、それでも服と中身が一致しないってだけで、これだけ笑えるというか、違和感を覚えるとは。

生まれ育ちが王族ってのは、怖いっぺな。うん。

おいらは、ぐるぐるとディアノン様の周りをまわって、どこをいじればいいか考えたものの、どこをいじってもディアノン様の、高貴な、住んでる世界が違うんですって感じを、消せるわけもなかった。


「俺はそんなにも似合わないか? いい所の三男坊風の衣装に仕上げたし、そう言った所出身の友人が着ていた物と、ほぼ同じ服だが……」


「ディアノン様の立ち振る舞いとかが、服と合わないだけだっぺ、まあ気にしてもどうにかなるわけじゃないし、人さらいに合わないように気をつければいいっぺな」


「こんな大きな男を人さらいして、何が利点になるんだ」


「え、身代金ががっぽがっぽ稼げそうないいところのボンボン風だから」


「アーシャ、あなたは口が悪いですね、もう少し気をつけなさい」


スーズさんがおいらの頭を軽い音を立てて叩いたので、おいらは頷く事にした。

おいらの口は、田舎者まるだしかつ、遠慮がないものなので、怒られても仕方がなかった。


「さて、行くっぺよ」


「王宮から港までは、距離があるが馬車を使わないのか」


「港のどこに馬車を留めるかって問題が発生するっぺ、だから歩きで」


「そうなのか……」


「ディアノン様、歩きたくないっぺか?」


「いや、ちがう。そういう風に、歩き回るのは、学校を卒業してからかなり久しぶりだな、と思っただけだ」


「学校?」


海の国の子供たちみたいに、ディアノン様も登下校した学校があるんだっぺか?

この辺で、そんな学校の建物は見た事がないな、都じゃない所にあるのか?

おいらが何もわかっていない、と気付いたスーズさんが、補足説明をしてくれた。


「ああ、アーシャは知らないかもしれませんが、海の国の隣の国、崖の国には、とても立派な寄宿学校があるんですよ。王族とか、高位の貴族の子息たちが、こぞって入学させられる学校なんです。殿下はそこを、飛び級で卒業したんですよ」


「へえ……崖の国って言ったら、国の半分が断崖絶壁とか言う、かなり足腰が鍛えられる国だっぺな」


「その運動が、強靭な精神を作る、という話だ。実際あそこの学校は、階段が驚くほど多くてな。久しぶりに王宮に戻った時など、平面が多くて転びそうになったものだ」


「ふうん。その学校、何年通ってたっぺか」


「普通は七年なのだが、俺はスーズも言ったように飛び級をしたからな。五年だ」


「って事は、五年も婚約者のご令嬢を放っておいたっぺか」


「手紙をしょっちゅう送ったぞ、定期的に花も用意させたし、流行を調べてドレスを送ったり……何かにつけて筆をとる機会を逃さなかったつもりだったが、それでも彼女は、言い寄る男に夢中になったわけだが」


「あれだけ殿下がいろいろ行ったのに、会わないというだけで、放置していた殿下が悪い、などと頭の悪い事を言う女性だったのです、まあ、そう言った女性と結婚する前でよかったという事ですよ、殿下」


ディアノン様は喋っている間に落ち込みだしたので、事情を詳しく知るスーズさんが、慰めの言葉をかけている。

王子様の婚約とか、規律とか、模範的な態度とか、全然わからないけど、一個言えることがある。


「ディアノン様、すごくえらいっぺな」


「……えらいか? 当然の振る舞いだったはずだが」


「だってディアノン様の歳だったら、男友達と遊ぶのに夢中で、もっと婚約者放置する人いっぱいいるっぺよ。田舎の村でもそんな若いのいっぱいいたんだから、お貴族様でもそういう奴、多いんじゃねえの? ずっと相手を忘れないで、相手を尊重してたんだ、それはすごいえらい事だと、思う」


こんな、つたない言い分を聞いたディアノン様が、ちょっと笑った。


「お前みたいな子供にそう言われると、少しばかり自分が情けなくなるな。気遣わせて」


……笑っていて欲しいなあ。

この人に、きらきら光る、嬉しそうな顔で、笑いかけてもらいたいないあ。

こんな、とても綺麗な、胸に焼き付く笑顔を見せてくれるんだったら、おいら、なんでもできそうだなぁ。

……とても唐突だったのだが、その笑顔を見た時、心底そう思ったのだ。


「本当の事言って何が気遣うっぺよ。さ、時間がもったいないから、早く港に行こう」


おいらはそう言って、ディアノン様の居室の扉を開いた。


「さあ、殿下。行くっぺよ!」


前々から思っていたんだが、ディアノン様が笑っていた方が、おいら心が弾む。

笑っていてくれる方が、おいら嬉しいし、仕事にやりがいがあるな、と思うのだ。

笑ってくれてよかった。


……でも、おいらがあの謎の美女だったとは、死んでも言えねえな。言わないけど。

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