第三十八話 アーシャ、出かける支度をする
「俺もあまり詳しい事は知らないのだ。海辺の魔女という御仁が、海の国の領土内に暮らしている事、文字通り海辺に居を構えている事、くらいだな。まさか妙齢の年頃の娘がいるとは考えもしなかった」
考えもしなかったから、王宮にその女性が呼ばれなかった事に、気付かなかったんだろう。
元々あのお見合いパーティーは、王妃様主催だし、王妃様が呼ばないと決めた相手は、城に入れてもらえなかっただろうから……ディアノン様がそこのあたりを詳しく分かっているとは思えない。
にしても、本当に迷惑だっぺよ、王妃様の自分勝手。
「……王妃様って、けっこう世間知らずだっぺか、魔女の怖さを知らないなんて」
「母上は公爵家の末っ子で、蝶よ花よと育てられたからな、けっこう世間知らずなのに間違いはない。自分が一番という気質もあるし、自分の都合の悪い事はなかった振りをする」
「うわ、子供みたいなのって王妃様の方だっぺよ」
おいらが呆れて鼻を鳴らすと、ディアノン様が苦笑いをした。母親ながら思うところがあるらしい。
「それに母上は、まさに玉の輿に乗った人生だからな」
「へえ……」
「公爵家の愛人の子供だった母上は、愛人の死後公爵家に引き取られ、正妻たちにいじめられていた物の、持っていた美貌で祖父の目に留まり、王宮で教育され、父上の婚約者候補となり、勝ち抜き、王妃になったという経歴だ」
「じゃあ、結婚が大事結婚が大事、って思うのだけは、しょうがないかもしんねえっぺな」
「そう思うか」
「だって自分が結婚で人生華やいだものになったっぺよ、だったらディアノン様にも華やかな人生になってほしいって思ったかもしんねえっぺ、色々間違ってるとは思うけど」
「そうなのだろうか……」
「アーシャ、さりげなく角砂糖を三つもカップに入れようとしない」
「ばれた……」
おいらは、丹茶に角砂糖を入れようとした手を、スーズさんに注意されてしまった。
今はお茶の時間になったのだ。王妃様の来訪で、すっかり殿下がくたびれたから、である。
「甘党なのはわかりますが、そんなに入れたら洒落にならない位甘くなりますよ」
「はあい」
おいらは、角砂糖二つ目のお茶を飲む。甘くておいしい。
甘い飲み物なんてめったに飲めるものじゃなかった、今までの人生と比べると、今って結構豪勢である。
「話戻るっぺ、とにかく、詳しい話は漁師さんたちに聞くっぺよ、んで、漁師さんたちが話を聞ける時間帯は、昼すぎだっぺな。朝漁から戻ってきて、ごはん食べて、朝市で魚売った後じゃないと、話なんてさせてもらえないし」
「ああ、アーシャは漁師の手伝いもしていたからな」
「そうだっぺよ、もともとディアノン様がおいらを知るきっかけになったのも、おいらがイカ釣り漁の手伝いしてたからだっぺよ。忘れちゃったっぺか」
「いや、忘れるわけがないだろう。あの時は、こんな小さな子供が、男を船の上に引き上げるなんてそんな馬鹿な、と思った物だ」
「私もアーシャに出会った時、こんな小柄なのに、といぶかしく思いましたが……竜の生ける死体退治を聞き、なるほど、と納得しましたね」
皆信じないおいらの馬鹿力の話である。おいらも自分を鏡で映した時、この体でこれだけ馬力が出るのはありえないっぺな、と思っているので、それはよくわかるのだ。
「今日はそろそろ昼ですね、アーシャはさっそく漁師の方々の所に話を聞きに行くのですか?」
「あ、それ、ディアノン様に聞こうと思ってたっぺよ」
「行ってもかまわないが、俺も連れていくんだぞ。俺も話を聞くべきだからな」
「では、私は留守番ですね。殿下の部屋に誰もいないというのは、急な来客の際に不便ですから」
「いつも細かい所まで助けてくれてありがとう、スーズ」
「いえ、このくらいどうという事はありません。殿下のためですし、私のためでもありますからね」
「……意味がよくわからないっぺ」
「私は魔力酔いを起こしやすいというのは、知っているでしょう。町という場所は、魔力が無秩序に放出されている時がありまして……油断すると気を失ってしまうので、私は魔力の少ない場所を好むのです。その点に関して言えば、王宮で留守番は、合っているんですよ」
「この部屋ならば、魔力の減退措置もとれるからな」
スーズさんは、そういう特別扱いに見合うだけの忠誠を、ディアノン様に捧げてるんだっぺな、それってすごい事だ。
「……十六人のやめた従者は、劣等感感じただろうな……」
ついうっかり、おいらは口に出してしまったが、二人は苦笑いをするばかりだった。
「スーズは十歳の頃から仕えてくれているし、色々な王宮の礼儀作法にも詳しいからな、何かと重宝するんだ」
「昨日今日お仕えしたばかりの従者と、私の事を比べられても、困るのですけれどね……」
スーズさんをやっかんだから、王妃様の側について、王妃様に気に入られて、よりよい地位に就こうとしたんだろうか。解雇された従者たちは。
そんな事を考えても、おいらに答えが見つかるわけもなかったので、おいらは丹茶を飲み干して、ワゴンに戻し、一礼した。
「んじゃあ、おいらは出かける支度するっぺ」
「では俺も準備をしよう。スーズ、手伝え」
「かしこまりました」




