第三十七話 アーシャ、魔女殺しを拒否する
「眼、色変わったっぺな」
「ああ。もともとこの碧色は、海の国の王族が持っている、魔力の色だからそうだろうな」
おいらは腕輪をはめた後のディアノン様の瞳が、薄い灰色になっているから、びっくりした。
その目にはきらきらと粉雪が舞うような輝きがあり、その瞳の印象からも、ぱっと見でこの人が、ディアノン王子だとわからないほどの、印象の違いになっていた。
「海の国の王族は、一般的に言うところの、海の力を、瞳に宿しているのだ」
「……だからその魔力を吸われちまったら、目の色なくなっちまうんだっぺな」
「そうだろうな」
うんうん、とおいらが納得して頷いた時だ。
結構な勢いで扉が叩かれ、速やかにスーズさんが応対に出る。
そして戻ってきた彼は、微妙な顔をしていた。
「どうしましょう、王妃様です」
「通さない。具合が悪いと言ってくれ」
「王妃様ですが……」
「もう母上のあれこれに付き合ってられないんだ。それに海辺の魔女への謝罪の事もあるしな」
計画を立てなければならない、とディアノン様が言うため、スーズさんが今日は会わないと言った事を伝えた矢先だ。
「母親を拒否するなんて! 私はあなたが心配だからこうしてやってきたのですよ!」
スーズさんが断ったにもかかわらず、王妃様は部屋の中に入ってきたのである。おい、礼儀とか遠慮とかそんなものはねえんだっぺか。
これが王妃様だとか頭痛いっぺよ。
それとも、息子が呪われたから、そう言った物がなくなったんだっぺか。
おいらが色々な事を頭の中で考えている時、王妃様がふんぞり返ってこう告げたのだ。
「ディア、あなたの護衛を貸してくれないかしら」
「私の護衛を何に使うつもりですか」
「悪しき魔女を倒すためですよ! 全く、ちょっとパーティに娘を呼ばなかったからといって、あんなおぞましい呪いをあなたにかけるのです、あの魔女の心根は悪に染まっているはず!」
「魔女への礼儀を知っていますでしょう母上……」
「魔女、魔女、と言うけれど、ディア。魔女がその力を示したと言われているのは、もう三百年は昔の話ですのよ、それに魔女にも能力や心根に個人差があるでしょう」
「母上……もともとはあなたが、魔女への礼儀にかけていたから起きた出来事です、それを魔女を倒すことで解決しようなどとは」
「伯爵家令嬢の事を、哀れだと思わないの! あんなおぞましい腕に変わって! あれではあなたとの婚姻は勧められないし、表に出ることもできないのですよ!」
おいらは聞いていてわかった。王妃様って、自分の都合のいいようにしか物事を考えない人なんだ。
そして自分が悪いなんて欠片も思わない人なんだ。
そりゃあ、ディアノン様が嫌がっているのに、婚約者を見つけ出そうとか、当てがおうとかするわけだ。
ディアノン様のためと言いながらも、自分に都合がいい物しか考えないんだから。
それに自分の産んだ子供が、結婚しないで独り身、なんていうのは、政略的にまずいとか、色々あるんだろう、たぶん。
んだけども、魔女を倒すために、おいらを貸してほしいなんて、そんな無茶な。
おいら魔女と戦って、相打ちになる可能性すら低いっぺよ。
力比べがしたくて、加減していた西の魔王とは、違うんだから……
しかし王妃様は、地震だっぷりに胸を張る。
「解呪師たちの説明を聞きました、この呪いを解く方法は、魔女を倒す事だと。そしてあなたの小さな護衛は、魔女の呪いをはじき返すだけの力を持っていて、海辺の魔女ですらこの小さな護衛を呪えなかったではありませんか。魔女を倒すのにうってつけの者でしょう」
「母上、落ち着いてお考え下さい。いくら母上が魔女の事を嫌っていても……」
「私が決めた事に文句があるのですか! 思えばあなたは、私の心遣いを何一つ良い方に受け止めませんね」
その後は、王妃様がかなりまくしたてる調子で、いかにディアノン様が、王妃様の心遣いを無視するかって話になった。
……ディアノン様、こんな事言う人が、お母さんだってなると、女の人苦手になるっぺな……と内心で思った事は、口に出さない事にした。
そして散々まくしたてた王妃様は、断られる事などまったく考えない声で、命じたのだ。
「ディアノンの護衛、あなた、ついて来なさい。魔女を倒すための話があります」
「いやだ」
「え? 王妃の命令が聞けないのですか!」
「ディアノン様は、海辺の魔女様に謝罪するって言ったっぺ! おいらは王宮じゃなくて、ディアノン様に雇われてるんだ! ディアノン様の命令を聞く!」
「そんな我儘が惜し通るとでも思っているのですか! そんな駄々をこねるとは、さすが子供ですわね!」
ぶっちん。おいらの血管のどこかが切れるような音がした。
おいらは息を吸い込んだ。
「その子供に魔女殺しをさせようって言ったのはどこの誰だっぺ!」
「まあ、何という口のききかたなんでしょう! ディアノン、この護衛はあなたにはふさわしくありませんわ! お前、解雇よ! 陛下にもお伝えしておきますからね、早急に荷物をまとめなさい!」
いう事を聞かないとわかった時点で、王妃様は顔を真っ赤にして怒り狂い、一方的に解雇だ何だと怒鳴って、かつかつと大きな足音を鳴らして去って行った。
それを見送ったおいらは、ディアノン様に問いかけた。
「解雇されたら、おいら、騎士じゃなくなるっぺか?」
「騎士の位を剥奪されたらそうなるが、お前ほどの英雄の位を剥奪なんて、早々で着るものではない。……はっきり言うと、お前を野放しにしてどこかよその国に拾い上げられた方が問題になるためだ」
「へえ……」
「考えてもみろ、竜の生ける死体を一人で何とか出来る子供だぞ、先が恐ろしくてしょうがないだろう。一騎当千を文字通りにする英傑になるかもしれない。お前を騎士の位にしたのは、お前をこの国に縛るためでもあるのだ。父上は愚かではないから、お前の騎士の位を剥奪したりはしないだろう」
「王妃様の独断ってわけだっぺな」
「そうだな。……母上が迷惑をかけてすまないな」
「おいら気にしてないっぺよ、ああいったお人の性格には慣れてると思う」
「慣れるものか……?」
ディアノン様は、自分が慣れないから、おいらが慣れると言った事が気になるらしい。
だがその話題は建設的ではないため、おいらはディアノン様に聞く事にした。
「ディアノン様は、海辺の魔女様の事、どれくらい知ってるっぺか、これから港の漁師さんたちに、海辺の魔女様の事聞くけど、ディアノン様が知っている事も聞きたいっぺよ」




