第三十一話 アーシャ、王妃様を理解できなくなる
海辺の魔女が呪いをかけて去っていき、ディアノン様が倒れるという、前代未聞の状態で、お見合いパーティーは途中だったけれども、終わってしまった。
そこからはもう大変な騒ぎだった。
魔女の呪いを解くために、数多のお医者様と、魔術に詳しい、解呪師と呼ばれる神官の人たちと、それからそれから、いっぱいの人が、ディアノン様のために、真夜中だというのに呼び出されたのだ。
ディアノン様の脇に立っていたスーズさんはと言えば、魔女が現れた時点で、魔力にあてられて倒れてしまっていて、こんな時だというのに、彼も寝台の住人だ。
そういうわけで、おいらは意識を取り戻さないディアノン様のお世話を、一気に引き受ける事になってしまったわけだ。
使用人はいっぱいいるだろうと思うのだが、皆、魔女の呪いをかけられた人に、近付きたくないようで、手伝ったほしいと言っても、逃げ出すのである。
魔女も、呪うなら、招待しなかった王妃様を呪えよ、と思うのはおいらだけだろうか。
おいらは、呪いの作用からか、発熱が酷いディアノン様に、付きっ切りだ。
汗を拭いたり、額の濡れた布を交換したり、うちわであおいだり、とにかくできるだけの看病をしている。
真夜中に呼び出されたお医者様や、解呪師たちは、ディアノン様の意識が戻らない以上、薬も処方できないし、大掛かりな解呪もできないという事で、早々と去って行った。
彼等も明日の仕事があるわけだし、真夜中でも仕事がある人々なので、おいらは引き留めようとは思わなかった。
最後まで残ってくれたのは、毒で体が麻痺していたおいらを、直してくれたお医者様で、彼は色々調べたり、皮膚の色を見たりした後に、難しい顔で言ったのだ。
「これは医者の領分ではないだろう、手の施しようがない。……アーシャ、また明日の朝、一番に来るから、それまで頼めるかい」
手の施しようがなくても、来てくれる、様子を見てくれる。
その言葉が本当にありがたくて、泣きそうになりながらおいらは頷いたのだ。
そしておいらは、徹夜でディアノン様を看病し、外の光が白々としてきた頃、ようやく熱が引いてきたから、少し仮眠をとったのであった。
数時間の仮眠だったが、これ位は慣れている。何故かと言えば西の国での訓練の間は、寝る暇があると思うな、と言わんばかりの厳しい訓練で、一時間も寝たと思ったら、もうたたき起こされての訓練だったり、奇襲を想定した訓練だったりをしていたからだ。
そして西の魔王の元に向かう間、おいらは一番夜の見張り番をしたものだ。
一緒に魔王の城に向っていた仲間たちは、皆眠れないなんて戦えないわ、と言っておいらに見張りを押し付けた。
おいらは一番強い勇者だから、それも当然なのだろうと、あの当時は何の疑問も抱かずに、見張りをしたものである。
今思えば、おいらが不調だったら、魔王倒すなんてできないっぺよ、と言えるが……当時は疑う事をあまり知らなかったから、素直に受け取っていたのである。
皆が戦えないなんて大変だよね、と思っていたのだ。
その結果、おいらは徹夜という物の回数をこなしているし、結構慣れている。
そのため数時間の仮眠でも、眠たいとか思わずに、起きられるわけだが……
「朝っぱらから、扉をでかい音で叩かれるって、びっくりするっぺよ……」
どこの誰だか知らないが、ディアノン様の部屋の扉を、がんがんと無遠慮に叩き、早く応待しろという空気をにじませて、扉の向こうで待っているのだ。
「はあい」
おいらは昨日から着替えていないので、上に一応上着を羽織り、扉を開けた。
「誰だっぺよ、まだこんな早い時間だっぺ」
扉を開けて外を見ると、そこには王妃様が侍女を引き連れて立っていた。
慌てておいらは姿勢を正す。
いったい王妃様の要件って何だっぺ。
でも、ディアノン様はまだ意識が戻っていないわけで、中に通すわけにはいかないっぺ。
「ディアノン様はまだ目を覚ましてないっぺよ」
「私は母親ですのよ! 中に入れないなんてなんて礼儀知らずでしょう」
その母親のとばっちりで、ディアノン様呪われたんだけどな。
おいらは言葉を飲み込んだ。
「まだお医者様にもきちんと診てもらっていないので、あまり長くいらっしゃらない方がいいです」
「そんな事はわかっておりますのよ」
王妃様がそう言い、おいらはそっと扉を開いて、中に入れた。
本来なら、ディアノン様に問いかけて、中に入れるかどうか決めるものなのだが、母親が様子を見に来たというわけなので、無断だが中に入れたわけだ。
こういう事に詳しいスーズさんも、まだ目を覚ましていないのだ。
全部おいらの判断でやるしかないって、大変である。
王妃様は遠慮なく中に入り、そして、寝台の上で眠っているディアノン様の顔を見た。
「良かった、怪物になる呪いをかけられたというのに、顔は変わっていないわ」
確かに、海辺の魔女は怪物になる呪いを唱えたのに、ディアノン様の顔も体も、変化は起きていなかった。
しかし油断はできない。魔女の呪いがどれだけ強いものなのか、それは魔女以外わからないのだから。
どういった作用の呪いなのか、実際に効果が出るまでわからないのが、魔女の呪いというわけだ。
「これなら、婚約の話を進められそうだわ」
王妃様は安心したように言うものだから、その中身にぎょっとした。
婚約の話って、ちょっと待ってくれ。
元々、相手を見つけるために、昨日とおとといと、大掛かりな物を開いたのではなかったのか。
相手が見つかっていないのに、婚約の話を進めるなんて……信じられない。
まじまじと王妃様の顔を見ていると、王妃様が怖いくらいの笑顔で言った。
「ディアが、女の子を嫌いだと言いつつも、きちんとパーティの間、笑っていられたのですから、わたくしは確信いたしましたのよ。ディアは結婚が面倒だと思っているだけで、女の子が嫌いなわけでないのだと。そういうわけで、昨日の夜、呪われた王子でもいいから、結婚したいと申し出てきた伯爵家のご令嬢と、婚約を結ぶ事にしましたの」
それって手ひどい裏切りだ。
信じられない。このお見合いパーティを一回だけしたら、後はもうお見合いをしない、と約束したはずの王妃様は、勝手にディアノン様の婚約者を選んでいたのだ。
まだ、元の婚約者に裏切られた傷が癒えていない人に、なんて事をするんだろう。
これほど身勝手だから、魔女の娘は不吉だから招待しない、なんて言えたのだろう。
とてもじゃないがついていけない。
王妃様は微笑んでいる。
だがその微笑みが、とても怖い物にしか感じられなかった。
「幸いな事に、魔女の呪いは不発のようですし。海辺の魔女という名前を持っていても、失敗する事もあるのですわね、おほほほほ」
魔女の呪いは一番残酷な形で出て来る事もあるのに、王妃様は、今怪物じゃないから、という理由からか、全く反省していないようだった。
反省しろよ、あんたが招待しなかったのが原因だっぺよ。
おいらはそういう事は口に出さずに飲み込んで、取りあえず、温くなったディアノン様の額の濡れた布を、冷たいものに取り換えた。




