第三十二話 アーシャ、王子様の看病をする
「……うう……ここは……?」
「ディアノン様、目が覚めたっぺな!?」
王妃様が、目を覚まし次第ディアノン様と、伯爵令嬢の婚約式の日程の話し合いをする、と言って帰って行った後、ディアノン様は昼過ぎに目を覚ました。
「アーシャ、どうしたんだ……泣きそうだが」
「ディアノン様は、昨日の夜に倒れてから、今まで目を覚まさなかっんだ」
おいらはくしゃくしゃの顔だったのだろう。怪訝そうな彼に、彼がイカに眠っていたかを教える。
「熱も高くて、魔女の呪いが、どんな風にかかっているかもわからなくて」
「魔女……? ああ、謝罪しなければ、彼女に何という無作法を、我が国はしてしまったか」
ディアノン様が起き上がろうとするから、慌てて手を貸す。
半日、かなりの高い熱を出していた彼の体は、かなり消耗しているはずなのだ。
事実彼の体は、自力では上体を起こせなかったのだ。
手を貸し、ベッドの頭の部分にクッションを増やして、おいらは彼が寝台の上に座れるようにと調整をした。
そして、乾いた咳をしたディアノン様に、お湯を渡した。
問答無用で渡したのである。
かなり強引な渡し方だったため、王子様は目を丸くしている。
「謝罪云々の前に、ディアノン様は、せめて何か飲んでください」
体が水気を求めているはずだ。
そしてディアノン様は、おいらが渡したお湯を飲みながら、苦い顔になった。
「信じられない……たった半日程度寝ていただけだというのに……」
「魔女の呪いと、体の中の魔力が争っていたんじゃないっぺか」
詳しくは知らないけれども、魔女の呪いをかけられた人の中には、自分の魔力と呪いが戦ってしまい、体調を崩す人もいる、と先生が言っていた気がする。
先生とそんな話題になったのは、たしか、魔王の加護の話をしていた時だったか……?
いまいち思い出せない。
「とにかく、ディアノン様が目を覚ましたなら、厨房に何かお粥とか用意して来てもらうっぺよ、カップ半分くらいなら、入るっぺ?」
「あまり食欲はないのだが……」
「じゃあミルクがゆを、思い切り柔らかいのにしてもらうっぺな」
「そういえば……スーズはどうしたんだ」
周りを見回して、彼の優秀な侍従がどこにもいないから、ディアノン様が問いかけて来る。
「スーズさんは……ディアノン様にかけられた呪いの魔力にあてられて、近寄れなくなってしまったっぺ。近寄ると倒れんだ」
「彼の魔力に弱い部分が裏目に出たか……」
ディアノン様が溜息をつく。とても悲しそうだったから、おいらは付け足した。
「お医者様に見てもらった後、スーズさん呼んでくるっぺよ。ディアノン様が目を覚ましたら、きっと喜ぶっぺ。それに目を覚ましたから、もう、魔力にあてられなくなるかもしれないし」
「だといいな」
「んじゃあ、食べるもの用意してくるから、その後お医者様も呼んでくるっぺ」
ディアノン様の枕元から立ち上がり、おいらは厨房に向かった。
ミルクがゆは、簡単にできる物だったから、直ぐに用意は整った。
ディアノン様が、甘いのとしょっぱいのと、どちらが好きかわからないから、味付けはしないで、お盆に乗せて持っていく。
その時、おいらは、ディアノン様の部屋の前で、待ち構えている、スーズさんに出会った。
「中に入らないっぺか?」
「あなたが動いているという事は、殿下はお目覚めになったのですね!」
「起きたっぺよ、だから取りあえず、食べ物を持ってきたんだ」
「では私は、今からお医者様を呼んできます! ああ、我が君、本当に良かった……、魔女の呪いはとてつもなく恐ろしい物だから……」
スーズさんは滅多に見ないほど興奮していた。歓喜していると言ってもいいだろう。
長年仕えている人だから、おいら以上に、心配していたのだろう。
彼はそのまま、ぎりぎり走っていないと言える速度で、お医者様を呼びに、去って行った。
そこで、おいらは扉を開けて、中に入る。
中ではディアノン様が、背もたれにしているクッションに寄りかかって目を閉じていた。
お湯は飲み切ったのだろう。空の器が、ベッドのわきの小さな机に置かれている。
「ディアノン様、お粥持ってきたっぺ」
「……さっき話し声が聞こえたな、スーズの声だったが……」
「ああ、扉の前で待ってたっぺ。起きたって聞いたら、大喜びでお医者様呼びに行った」
「そうか」
持っていたお盆を卓に置き、おいらはお粥の器を持って、匙でお粥をすくって、ふうふう冷ました後、ディアノン様に匙を向けた。
「はい、あーん」
「私は食器も持てない子供ではないが……」
「さっきお湯を渡した時、かなり手が安定してなかったっぺよ。たぶんまだ体が疲れてる。お粥を落した方が大変だから、おいらの親切を受け取っておくっぺ」
「……」
色々考えたのだろ。自分の年齢と、自分の体調と、おいらの迷いのなさとをだ。
そして少し考えた後、彼は口を開けてくれた。
その口にお粥を入れて、しばらく噛んだ後、彼はなんとも言えない声でこう言った。
「ろくに味がしないんだが」
「ああ、味付けしてなかったっぺな。甘いのとしょっぱいのとどっちだっぺ?」
「……普通の従者だったら首になっているぞ、その忘れ方は」
「でもできないっぺな。おいらにディアノン様は借りがいっぱいあるっぺよ」
冗談のつもりで言ったのだが、ディアノン様は重々しく頷いた。
「生ける竜の死体の時と、魔女から庇ってもらったのと。確かに大きすぎるほど大きい借りだな」




