第三十話 アーシャ、魔女と出会う
「あ、英雄殿!」
「寝ているかと思いました、まだ起きていたんですね!」
「夜更かしはいけませんというべきか、起きていてくれてよかったというべきか!」
大広間に向かう通路を走っていくと、大広間の扉の前に、何人もの兵士が詰めかけていた。
だがあと一歩、大広間の中に入れないらしい。
「何で入らないっぺよ!」
「だって魔女ですよ! 魔女相手に我々のような一般兵士が、太刀打ちできるわけがないでしょう!」
「でも大広間の中に入らねえと、誰も助けられねえっぺよ!」
「足がすくんでいけないんです!」
「我々だって怖いんです!」
ひそひそした音量で、おいらたちは会話する。大広間の扉の前から何とか、中に入りたいものの、兵士たちは青ざめた顔で、入れないらしい。
……まあしょうがない。だって相手が魔女だ。
この大陸で、魔女というものは、女魔法使いという意味ではない。
長い間の修行の末に、第三の目を開き、圧倒的な力を持ち、未来を読み、天候を支配するとまで言われているのが、魔女と言われる人たちなのである。
一般的に怒らせたらいけない、命なんてないと言われるが魔女である。
侮辱したら、子々孫々に渡り、呪われるというのが魔女である。
普通に考えて、のけ者にしたり、馬鹿にしたり、出来ないのが魔女である。
怖がるのはもっともなわけで、とばっちりを受けたくないと思うのも当たり前だ。
だがしかし。
「入りたくないならおいらを入れるっぺよ!」
それでも兵士たちは、おいらに道を開けてくれない。
いい加減してくれ、おいらは中に入りたいんだ。
「役に立つつもりがないなら退け!!」
おいらはディアノン様が心配でしょうがないのだ。だってこの宴の主役はディアノン様だから、魔女が怒りの矛先を、一番向けやすいのである。
おいらの怒鳴り声に押されたのか、兵士たちが扉の前から退く。退いてすぐに、おいらは扉を開き、燭台片手に中に飛び込み、ちょうど、魔女が指先をまっすぐ、椅子に座っていたディアノン様に向けたその時に、間に合ったのだ。
「危ない!!」
おいらは指先の軌道の前に転がり込み、結果、指先から放たれた光は、おいらを直撃した。
直撃した際に、破裂音のような、それでいて土砂降りのような音が、大広間いっぱいに響き渡った。
「アーシャ!」
ディアノン様が大声をあげるけれども、大丈夫。
おいらは何も変わりなく、その場に転がり込んだ状態で、立っていた。
ただ、大きすぎる音にびっくりしてしまったから、燭台を手から落してしまった。
床に転がった燭台の火は、落ちた衝撃で消えていた。
「……おやまあ驚いた。魔女の呪いを消し飛ばせるのは、今の世ではたった一人、西の勇者だけだったと思ったんだけれど」
海辺の魔女が、おいらを睨んで言う。海辺の魔女の瞳は、荒々しい時化の時の海のようだった。
瞳の中の時化だけでも、相当怖いものがある。
だが、遠巻きに眺める人たちには、見えていないようだ。それどころか、人々が魔女の言葉を聞いてざわめくのが、おいらにも伝わった。
「西の勇者と言えば、西の魔王と一騎打ちをして、引き分けになったという……?」
「あれは西の国の第三王子ではなかったか……?」
「あの少年が、第三王子であるわけがないから……どうなっているんだ……?」
「しかし信じられない、魔女の呪いをはじいたぞ……」
おいらは魔女の前に立って、何と言えばいいのか一生懸命に考えた。
海辺の魔女だけではなく、魔女という存在には敬意を表さなければならない。
おいらも馬鹿にしようとは全く思わない。
丁寧に接するべき相手である。
「あの……お伺いしたいんだっぺけど、いいっぺ?」
丁寧に、礼節を保って、と意識しつつ、おいらは片手をあげて、魔女に問いかけた。
それを見て魔女が頷く。
「ものすごいなまりだわね、でもいいわよ」
「前提として、招待状が送られてなかったっぺか……?」
「うちには届いていなかったね」
おいらは玉座のあたりにいる、王妃様に非難のまなざしを向けた。
たとえ招待したくなくても、魔女の関係者をはじくのはよろしくない。
王妃様は皆の視線を浴びながら、口を開いたのだ。
「魔女の娘など、私の息子の花嫁としてふさわしくありませんもの!」
あ、終わった。
誰でもそう思っただろう。だが王妃様は止まらない。
「魔女なんていう恐ろしい存在の娘なんて、私の息子の花嫁を選ぶパーティに来てほしくなくて当たり前じゃありませんこと! どうせ来てもらわない方が平和なのです、招待状を送るだけ無駄ですわよ!」
「母上、それはあまりにも礼儀知らずだ!」
ディアノン様が引きつった声で言う物の、王妃様が前言を撤回する事はなさそうで、魔女が低い声でこう言ったのだ。
「礼儀知らずねえ……じゃあ」
魔女の手が一閃する。閃く外套と、魔女の魔力に呼応するように輝く裏地の模様。
「礼儀知らずな振る舞いをさせてもらおうじゃないか! 魔女からの贈り物さ、受け取るがいい!」
おいらは指先の向こうを庇おうとしたのに、あと一歩、それは届かなかった。
そして指先は、その先に座っていた、ディアノン様に向っていたのだ。
「花嫁など選べないような、恐ろしい怪物になってしまえ!」
海辺の魔女は高らかに呪いの言葉を告げ、そして高笑いして消えていった。
そして。
「ディアノン様!!」
おいらは、椅子から崩れるように倒れて行く、雇い主に駆け寄った。




