第二十九話 アーシャ、自分は綺麗な物が好きだと自覚する
「うわあ、女の人の衣装が全部同じものに見えるっぺ……」
夜、物置きにて。おいらは麗しの鏡との約束通り、大広間の鏡を通して、お見合いパーティーを見物していた。
驚く事に、昨日の今日であるにもかかわらず、招待されている女性たちの衣装は、昨日とは全く異なった物になっていた。
どう異なっているのかと言えば、簡単に言うと、
「地味」である。
昨日はあらゆる乙女たちが、綺麗にきれいに着飾っていて、華やかな花が、たくさん大広間に咲いているようで楽しかったのに、本日は皆とっても地味な感じに仕上がっている。
何も知らないでこのパーティを見たら、これが、王子様のお嫁さんを見つけるための宴、だなんて思わないんじゃないだろうか。
大きな村の中の、お祝いのように映るんじゃなかろうか。
そう思ってしまう位に、ドレスとか装飾品とかが、地味なんだ。
だがきっと、ドレスの布地とか、装飾品の細かいガラスに見える宝石とかは、きっと村の乙女たちが買い求めたり、作ったりするものとは、桁が違うんだろうな……桁が違わなければおかしいのだ。
だってそうだっぺよ。
そこそこの村の乙女たちの衣装と同じものなんて、ご令嬢がたが、死んでも身にまとわなさそうではないか。
同じものを身にまとうなんて、屈辱、とでも考えるはずだっぺよ。
おいらが知っているご令嬢という物は、そういう人種である。
階級社会という奴は、それ位に、階層が下の人が身に着けている物を、嫌うものである。
だって自分の特権だから。特権を捨てるなんて普通は考えないのが、お貴族様という奴だ。
実際に、本当の村娘たちが着飾っている衣装と、ご令嬢が急いで用意したのだろう地味に見える衣装では、決定的に布地の光沢に差がある。
布地がきらきらとした高級品に見えるもの、あれがきっと、令嬢の用意した者なんだろうな、とおいらでも見分けがつくのである。
「どうして皆、地味なんだっぺな。昨日はあんなにきらきらしてて、綺麗だったのに」
「それはね、君が王子様に声をかけられたたった一人だったからだよ」
麗しの鏡がそう言って教えてくれるのはわかる。
だが納得がいかない。
「ディアノン様がいくらおいらにだけ声をかけたからって、そんなに皆、綺麗な衣装を辞めるっぺか?」
「王子様の心をつかむためなら、数日間くらい、地味な衣装だって誰でも着るよ」
「へええ……」
そんなにもディアノン様が人気者って事だっぺか、それとも王子様だからだっぺか。
「もともとディアノン王子は、結構ご令嬢がたに人気があったらしいね。婚約者に裏切られていても、彼が誠実で、女遊びも娼館遊びもしない事は、有名だったわけだし。それに、女性は皆、誰かのたった一人になりたいものでしょう? そのためには、相手が一人だけを愛してくれる人じゃないと、かなわない望みだ。ディアノン王子は、その点で言うと、実に基準を満たしている」
確かにディアノン様は、真面目だし、仕事はきちんとするし、女遊びと言われるものには縁がないし、お金遣いが荒いわけじゃないし……王子様じゃなくても、かなりいい男性と言われるものではないか、これは。
おいらがそれに気が付くと同時に、麗しの鏡が、言葉を続けた。
「それに見た目だって素敵だ。異国の血を感じさせる浅黒い滑らかな肌、艶のある黒髪に、透明感のある瞳。手足も長くてすらっとしていて、でもひ弱ではない。顔の形も整っていて、厭味を感じさせないものでもある」
女の子の美しさに関してなら、右に出るものがいないだろう麗しの鏡が、褒めるくらいには、ディアノン様は男性として整っているのだろう。
おいらも、ディアノン様の顔が整っているのは事実だと思う。
いかにも、白馬の王子様って見た目とは違うが、方向性が違うだけで、とんでもなく格好いい男の姿である事は間違いない。
「その王子様が、昨日唯一興味を示した女性が、質素な身なりの綺麗な娘となったら、誰だってその好みに近付けようとするものだよ」
それがおいらだっていう事実が、何とも言い難い事実だけれども、それは言わない事にした。
昨晩のおいらは、飛び切りの魔法をかけてもらったおいらであって、自分その者じゃないのだから。
「でも、ディアノン様、誰の事も気にしてないっぺよ、これ」
とっても興味がなさそうに感じるっぺあの顔。
「確かに、王子様は質素な身なりの女性がこんなにいるのに、誰にも興味を示していないね」
「おいらの成長した姿ってのは、そんなにも、ディアノン様のお好みだったっぺか……?」
「どうだろうね、もしかしたら、この女性に声をかければ、他の女性に声をかけなくってもいいという、打算の結果だったのかも」
「打算……?」
「質素な身なりの、身分をわきまえた乙女。そんな乙女だったら、数時間だけ一緒にいるだけでも、乙女にとってはすばらしい思い出になるし、その乙女を忘れられないとか言えば、他の女性に関心がない状態でも、言い訳になるでしょう」
「ディアノン様はそんな打算しないっぺよ」
「まあそうだろうね。そう言った打算の結果だったら、そこら辺にいる、王子様にあこがれている頬を染めた乙女の誰かに、声をかけるだろうからね」
誰でもいいなら、身分をわきまえて、あこがれの視線を向けているだけの、大人しい女性に声をかけるだろう、と麗しの鏡が推測した。
おいらはそのまま、ディアノン様に声をかけてもらおうと、一生懸命に踊っている女性たちを見て、男性方がなかなか女性を踊りに誘えなくて、やきもきしているのを見て、思った。
「きらきらしてないから、つまんないっぺな」
「そう?」
「おいら人間模様が見たいんじゃなくって、女の子たちのきらきらした素敵な衣装がみたいっぺ。今こうやって見てて思った」
「君は女の子の綺麗な衣装に、とても憧れがあるんだったね」
「着れた事ないからな」
そう言って、おいらが、麗しの鏡の前で、厨房のお姉さんにもらった丹茶を、ゆっくり飲んだその時だ。
大広間では、不意に強い風が吹き、その風が、一気に照明を消してしまったのだ。
なんだなんだとざわつく大広間。
……ただ風が吹いて、照明が消えたなら、こんな風に消えない。照明が全部消えるなんてありえない。
何か事件が起きるのではないか、とおいらは丹茶を、物置で倒しても大丈夫なように飲み干し、何かあったらすぐに、大広間に走れるように、そっと立ち上がった。
かなり暗くなった大広間で、女性たちがおびえているのだろう。ざわざわとざわついているのが、鏡越しでもわかった。
「誰か、灯りを」
王妃様が、玉座の隣の椅子から、そう命じた時だ。
がっしゃあああああああんん!!!!
そう形容したくなるほど、すさまじい音とともに稲光が落ちて、大広間から外に続く一番立派な扉の前が、さあっと青紫色の光を放った。
「おやまあ……こんなにもにぎやかで」
青紫色の光の中から現れたのは、深くフードを被った女性だった。女性だとわかるのは、衣装が女性の物だという事と、それから、なんとなく服からでもわかる体形のためだ。
「こんなにもたくさんの娘を集めて……」
青紫色の光に包まれた女性が、そういうのが、おいらにも聞こえた。
女性たちは怯えて、声も出せない。
ばさっ、とその女性が外套をひるがえす。
「舐めた事をしてくれるものだわね! 国中の乙女を集めておきながら、私の娘を招待しないとは!!」
翻った外套の裏地の模様は数多の貝殻模様で、それらはきらきらと光っていた。
「海辺の魔女だ」
「海辺の魔女だ、なぜここに」
「何故海辺の魔女がいま」
その裏地を見た貴族の人たちがざわめくなか、女性が朗々と声をあげる。
「大した侮辱じゃないか! 私の娘だけを招待しないなどとは!」
その言葉から察するに、海辺の魔女と言われている、彼女の娘だけ、何故か招待されなかった様子だ。
そりゃあ魔女が怒るわけだ。彼女たちにとって、畏怖される事は当たり前だが、外れ物に去れることは矜持が許さない。
まして魔女の娘だったならば、魔女とは違い、普通の乙女であるわけだ。
その娘が招待されなかった事が、許しがたい、と魔女は現れたのだろう。
これはまずい。
おいらは立ち上がって、片手にろうそくの灯る燭台を持ち、全力で大広間に向った。




