第二十八話 アーシャ、呪いの鏡の来歴を聞く
長椅子に倒れ込んでいるディアノン様には、熱い蒸しタオルとかがよさそうだ。
丹茶を淹れるために用意したお湯に、余りはあるだろうか。おいらはお湯を入れていたポットを持ち上げた。蒸しタオルを作るくらいはありそうだ
もうタオルなどがどこにあるのかは、分かっているから、おいらは勝手に蒸しタオルを作った。
それを手渡すと、ディアノン様がそれを目元に押し当てる。
よっぽど疲れているらしく、彼はうめくような息を漏らした。
女性を見ると不愉快になってしまう状態のこの人にとって、前代未聞の規模のお見合いパーティーなんて、かなり心理的負担は大きそうだ。
まして不機嫌さを押し殺さなければならないのだから。
王子様ってそういうところも大変だっぺな。
生ける竜の死体退治の方が、まだ楽な部分がある気がする。
相手が人間じゃない所が、特に。
「ああ……アーシャ、物置の片付けはどうなっている、進んだか」
「訳の分からない物が、いっぱいあって、なかなか目録の名前通りの物を、見つけ出せないっぺ」
「例えば」
「伝説の魔人のランプのレプリカとか……書かれててもわからないっぺ。ランプだけでも十個くらいあったっぺよ。妖精の作ったランプとか、精霊を召喚するランプとか……みんな似たような物にしか見えないっぺよ」
「どれも珍品だ。王宮が管理する事になるくらいにはな。落とすなよ、落としたが最後、何が出て来るかわからないものもある」
そいつは恐ろしいっぺ……おいらは心の中で震えあがった。落としちゃだめとか怖すぎる。
とにかく、物置の整理の際には、ランプの取り扱いには気をつけよう。
絶対に落とさないように、気をつけなければ……
「そうだ、詐欺の鏡はもう見つけましたか?」
スーズさんが、熱い丹茶を入れながら話しかけてきた。
「ああ、物置の奥に立てかけられてる鏡なら見つけた。あれだっぺか?」
「そうですね、きっと。あれは甘い言葉で人を騙すと聞きますから、十分に気を付けて接するように」
やっぱり、麗しの鏡は本来の使われ方をしていなかったんだっぺな……詐欺の鏡という風に思われているんだからそうなのだろう。
結構可哀想な育ちの鏡だっぺな、あの鏡。
当人の言ってた通りに、女の子を綺麗にしたいのに、女の子が自分では努力せずに、何もしない結果綺麗にならないという理由で、王宮預かりになったのだとしたら……不憫だ。
スーズさんは、この鏡の事を詳しく知っているのだろうか。
そんな疑問を抱いたので、聞いてみる事にした。
「甘い言葉ってどんな言葉だっぺか?」
「私も詳しい事は知らないのですよ、なにせあの物置の近くに行くだけで、魔力に耐えられずに倒れてしまう物ですから」
そうだった。スーズさんは魔力に弱いのだった。
しかしそうなら、誰から麗しの鏡の事を聞けたのだろう。
「それなのに詐欺の鏡の事は知ってるっぺか」
「俺が前に話した事があるはずだったな」
蒸しタオルを顔に押し当てていた、ディアノン様が思い出したように、割って入った。
ディアノン様が知っているんだっぺか……?
「あの物置を引き継いだ時に……渡された資料によれば、今から三代ほど前の時代に、あの鏡は貴族の令嬢の所を転々としていたらしい。美しい姿を作り出す鏡としてだ。だが実際に美しい女性になった令嬢が一人もおらず、逆に醜くなる令嬢ばかりだったらしい。
そのため、あの鏡は悪い魔法のかけられた、詐欺の鏡だという事で、令嬢たちの嘆願により、王宮預かりになった代物だ」
「いつの世も、美しくなりたい女性という物は、後を絶ちませんからね。美しくなるという触れ込みの鏡が、実は醜くする悪意のある鏡だったならば、厄介な魔道具として、王宮預かりになるという物です」
「ふうん……」
大体麗しの鏡の主張と合ってるっぺな。でも主張している相手の違いにより、微妙に差がある気がする。
麗しの鏡は、努力すればなれる、綺麗な自分を映すと言った。
それを使った令嬢たちは、美しくなれる鏡だと思っていた。
鏡はそうなるための努力の方法を教えた。
令嬢たちは、そんなものがなくても美しくなれる未来があると思った。
なかなか面倒な感じの行き違いである。
しかしここでおいらがそれを言っても、あまり気に留めてもらえる事もなさそうだ。
それに、……おいらがその鏡を使って、綺麗な女の子に変身したという事実を、知られたらさすがにまずい事くらいわかるっぺ。
というわけで、おいらはそれ以上聞かない事にした。
「しかし、殿下の気になった女性は、あんなにも質素な身なりをしていたのですか」
不意に話題を変えたのは、スーズさんだった。あんなに質素な身なりってどういう意味だろう。
昨晩のおいらは、おいらが知っている中でも飛び切りのおめかしをした格好だったんだが。
まあそれも、王宮に招かれる事のある令嬢たちと比べたら、確かに質素な身なりかもしれないが。
スーズさんの言葉に、ディアノン様が頷いた。
「あれくらいだった。いかにも町娘が、飛び切りおめかししてきました、という感じだった」
「殿下の目に留まるために、ご令嬢たちは、歯ぎしりしながら、質素なドレスを今日のために用意したんですね……」
なんの話だろう。この会話の中の前提を知らないから、わからない。でもきっと、麗しの鏡に今日の夜のパーティを見せてもらえれば、解ける疑問だっぺなきっと。
おいらは丹茶をふうふう冷ましながら飲んで、ディアノン様が夜会の衣類を選ぶのを見ていた。
ディアノン様、夜会用の服、いっぱいあるっぺなあ……
いくつかの衣装を試しに広げているスーズさんが、どうしますか、と問いかけた。
「どのようなものになさいますか」
「落ち着いたように見えるように、調整してほしい。令嬢型があんなにも質素だというのに、俺がきらびやかすぎると、それだけで浮く」
「でもそうおっしゃったら、どの殿方も、今宵は浮くでしょう」
「そうだな」
ディアノン様は長椅子の上で、色々と指示を出し、スーズさんがその注文に合わせた衣装を、組み合わせていた。
そうして組み合わせた衣装で飾ったディアノン様は、昨日の夜よりもずっと落ち着いた風に見える仕上がりだった。
「落ち着いた感じだ……」
「ええ。令嬢がたのドレスが、かなり質素に見えるものでしたので、それに見合うように調整となると……なかなか地味に仕上がります」
「まだまだ飾ったように見えるがな」
「殿下の手持ちの衣装で、もっと落ち着いた夜会服なんてありませんよ」
「当たり前だ、あってたまるか」
ディアノン様が心底そう思っているという声で言った後、おいらを見て言う。
「今日もいい子で物置の片付けをするんだぞ、眠くなったらすぐに寝台に戻れ。物置きで風邪なんぞひかれたらたまらない」
「わかりました」
今日も結構夜更かししそうだな、と思う心は黙っておいて、おいらはいい子の返事をした。




