第二十七話 アーシャ、謎の女性として推測される
きっとやってこないだろう、とスーズさんは判断していそうだ。だから慰めのようにそういうのだが、その根拠は何だろう。
「スーズさんはどうして、その人がまた参加しないって思うっぺ?」
「昨日の時点で、殿下がここまで心を奪われたのに、その女性が名前も素性も、何も教えていないからですよ。きっと身分の事を良くわきまえた、田舎の女性だったのではないか、と考えた結果ですよ」
おいら、確かにご婦人方からも、身の程を知っていてよかった、みたいな事言われたっぺな。
もしかして、ディアノン様と仲良くしていたら、誰も助けてくれなかったのでは?
ああ、なら、あの時名前も何も言わないで、興味ないですっていう姿勢を貫いてよかった。
変な揉め事は避けたいっぺ。
おいらはそう思うと、丹茶にお乳を足して、お茶菓子を一つつまんだ。
バターがたっぷりなそのお菓子は、昨日のパーティーで出されなかった残り物だ。
しかし昨日の残りものだから捨てるなんて事は起きない。食料は大事な物なのだから。
今日はそのお菓子に、シロップがたっぷりしみていて、甘くて甘くて、心底美味しい幸せの味がした。
翌日である今日も、ディアノン様のお気に入りの女性を見つけ出すべく、国中の若い娘を集めたお見合いパーティーは行われるものの、本日、おいらは真面目に物置の片付けをする予定である。
何故かって、そりゃあ、昨日綺麗に変身できたから、うれしくってさぼってしまったからだ。
だから今日は、真面目に仕事をするのである。
今日のパーティは昼間から行われていて、おいらは今日一日は、ディアノン様のもとに行く事も出来ない。
夜じゃないのに……と思うのだが、昼間のパーティでも、おいらみたいなのがちょろちょろしているのは、望ましくないんだそうな。
と、いうわけで、おいらは物置の中で、スーズさんに渡された紙の中に書かれている、たくさんの品物を一つ一つ、そこにあるかどうか確認して、危なそうな物とそうでなさそうな物に分けて、という作業を日がな一日行う事が決定していた。
本当は、麗しの鏡の立て掛けられた場所に近付いて、昨日の事を話したい。
だがそれはだめだ。
麗しの鏡の所に行ったら話しかけられて、きっと、長い時間お喋りしてしまうから、作業がひと段落したら、お礼を言うのである。
年相応の女の子の姿になった事は、すごくうれしかったし、あんな風になれたらいいな、と思う夢を見せてもらえたのだ。
予想していなかったけれども、お見合いパーティーの会場に入って、年相応の扱いを体験した事も、なかなかおいらにとっては、貴重な事だったわけだし。
何度も言うようだが、お礼を言わないわけがない。
だがそれは、きちんと仕事を一段落させてからというわけだ。
そしてお城の鐘がお昼ご飯の時間を告げたから、おいらは厨房で手に入れたパンとハム、それから野菜を挟んだ物に、熱い丹茶を片手に、麗しの鏡の立てかけられている所に向かった。
鏡が移動する事があるわけないので、麗しの鏡は、今日もそこで、昨日おいらがかけた布をかぶせられていた。
おいらがその布をめくると、途端に、麗しの鏡が喋りだした。
「ああ、今日も来てくれたんだ!」
麗しの鏡は元気だった。人の見た目を変えてみせるなんて、結構力を使いそうなのに、麗しの鏡の声は、全くくたびれた様子がなかった。
それどころか、かなり興奮しているようにも聞こえる。
「どうだった、綺麗な女の子になった感想は」
やっぱり、自分が変身させた後の事が、気になるんだろう。麗しの鏡が聞いてくる。
おいらは一つ頷いてから答えた。
「年相応って素晴らしいな、って思ったっぺな。皆お子様だから、なんて言わないんだ。いつも子供だから、って扱いだったから、とっても新鮮だった。ありがとう。一日だけでもあんな体験ができて、すごくうれしかったっぺよ!」
おいらは本当にうれしかったので、正直に答えると、麗しの鏡が、吐く息はなさそうなのに、安堵したように息を吐きだす音を立てた。
「それはよかった、うれしいって言ってもらえるのが一番幸せ。変身させたかいがある。でもなんか大変だったみたいだね」
おいらの顔を見て何を判断したんだろう。妙に鋭い麗しの鏡である。
誤魔化したって意味がなさそうなので、おいらは答えた。
「お散歩がしたかったのに、お見合いパーティーに連れて行かれちゃったんだ」
「ああ、大広間の鏡から大体見ていたよ」
その発言を聞いて、おいらは恐る恐る問いかけた。
「他の鏡に映っている物も、麗しの鏡は見られるんだっぺか……?」
それってのぞき見し放題だってやつじゃないっぺか?
そんな離れ業が出来る鏡だったっぺか?
大魔法使いの作った鏡って、皆そんなすごいんだっぺか……?
おいらが心の中で戦いていると、麗しの鏡が、あっけらかんと答えてくれた。
秘密にする能力でもないらしい。
「できるよ! 最近は女の子に出会えないから眠ってばかりだったけれど、他の鏡に映っている物を、自分の体に映す事も、自分だけ見る事も自由自在だよ」
……改めてだ、大魔法使いの作った鏡ってすごいっぺな。
そんな風に、驚きが一周まわって、感心しながら、パンをかじっていると、麗しの鏡がこう言って来た。
「パーティには出たくないんだ? 今まで映してきた女の子たちは、パーティに出てなんぼって感じだったけれど」
「性に合わないっぺな」
おいらは断言した。きらきらした素敵な世界は、あこがれて、遠くで眺めているのが一番楽しいと思ったのだ。
実際に参加して、知らない男の人たちに、踊らないかって誘われるのは、あんまり楽しい事じゃない。
ご婦人方にも言われた通り、おいら、断り方知らねえし。
「でもパーティは見たくない?」
「そりゃあ、見るだけなら楽しいっぺな」
華やかな物を、無関係にみられるのは楽しいものだ。無関係だからこそ、他人の恋愛も楽しく見物できる物だろう。
参加者は何かと苦労するものだと、いっぺんでおいらは学習したわけだ。
同時に、それに三日間も付き合わされるディアノン様は、可哀想だと同情する。
しかし王妃様の肝入りのパーティだから、逃げ出すわけにもいかないだろうし、ディアノン様は、それもお勤めの一つなわけである。
そんな気持ちで答えると、麗しの鏡がこう持ち掛けてきた。
「じゃあ、今夜も行われるお見合いパーティー、映してあげるから、今日もここにおいでよ」
「……なんで麗しの鏡はそんなに親切なんだっぺ?」
裏でもあるんじゃないかと疑ったおいらに、麗しの鏡はこう言った。
「君が久しぶりに会った女の子だからだね」
そんなものなのか。きっと麗しの鏡からしてみれば、そんなものなんだろうと、おいらは納得する事にした。あまり深く考えて疑っても、意味がなさそうだったから。
今日の夜もまたここに来る、という約束をして、おいらは一度部屋に戻った。
部屋に戻った時、疲れ果てたディアノン様が、スーズさんを連れて戻ってきた。
ちょうどそういう時間だったのだろう。昼間のパーティと夜のパーティでは、着る衣装のマナーとかも全然違うって、西の国にいた時に聞いた気がする。
そしてそう言ったマナーは、どこの国でも共通していそうだ。
「ディアノン様、大丈夫だっぺか?」
ぐったりと長椅子に寝転んだディアノン様は、ちょっとつつけばそのままぺしゃんこになってしまいそうなほど、くたびれているようにおいらの目には映った。
大丈夫じゃなさそうだっぺ。
「何故あんなに女性という物は、王子という物に目の色を変えて近寄って来るんだ……」
「王子様という物の運命ですよ、殿下。王子様という物に、女性という物は弱い傾向があるのです」
「昨日の娘は、王子だとわかっていても逃げ出したぞ……」
「それはその娘が、よほど夢を見ないからでしょう。しかし、それほどの田舎の娘であれば、一生分の土産話として、本日の夜も、パーティに参加するでしょう。昨日とは趣向を変えている、と王妃様がおっしゃいましたからね」
「趣向なんて変えなくていいから、三日も続けてくれるな……」




