第二十五話 アーシャ、ご婦人方に優しくしてもらう
「それでうちの旦那様はこうおっしゃるのよ」
「まあそれは大変ですね、わたくしの夫も……」
「どこも同じような事が起きるんですねえ」
ご婦人方の会話には、全くついていけないものの、おいらは彼女たちと一緒にいれば、取りあえず声をかけられないから、肩の力を抜いていた。
おいらはこのパーティから早く抜け出したいのだが、抜け出そうとすると男の人たちに声をかけられそうなため、なかなか思うように抜け出せないでいた。
ご婦人方はおいらにも、綺麗なグラスに注がれた繊細な色の飲み物をくれたり、何くれとなく気を使ってくれている。
「本当に、皆様すごいんですね……」
「あなたがあまりにも放っておけない感じがするからよ」
「殿方のあしらい方の一つも知らないようだから。あなた田舎から出てきたという事は、こう言った催し物に縁がなかったという事でしょう?」
「王子様目当てではなさそうな、善良な女の子位、わたくしたちだって守ってあげたくなるものよ」
「これが身の程を知らない、王子様目当ての村娘だったら、放っておくけれど」
「おほほほほ」
「うふふふふふ」
どうやら、おいらが全く持ってディアノン様狙いではないという理由から、彼女たちはおいらに気を使ってくれているらしい。
元々おいらは、ディアノン様がこのお見合いパーティーに物凄く不本意だと知っているから、実は触らぬ神に祟りなし、遠くから眺めるだけでも結構はらはらしているのだ。
ディアノン様の眉間にしわが寄っていないだけ、怖いともいえる。
普通だったら滅茶苦茶不機嫌になっていそうなのに、たぶんこの一回だけと決めているから、笑顔を維持していると見た、あれは。
付き合いの短いおいらでもわかる事なのに、お嬢様方は皆、王子様がなんて素敵な微笑みをするんだろう、みたいな熱っぽい眼差しを向けて踊っている物の、ディアノン様が立ち上がって、踊り始める気配はない。
しかしお嬢さま方は、何としてでも王子様と踊りたいのだろう。脱落者はそんなにいない。
ちょっと見る限り、早々に諦めているのは、隣の令嬢とかに靴を踏まれて足を痛めた人っぽかったり、反対側のお嬢さんとぶつかって転んでしまって、恥ずかしくなって出て行ったりしている人っぽいのだ。
もしかしたら、この時点でお嬢さま方の熾烈な争いと、蹴落としあいが始まっているのかもしれない。
おいら参加しなくって本当に良かった……と胸をなでおろしていると、何かと気を使ってくれているご婦人が、おいらに声をかけてきた。
「それにしても、殿下のお好みの女性が、あなたみたいな女の子だったとは意外だわ」
「物珍しさが勝ったのでは?」
「どこをどう見ても、田舎のお嬢さんにしか見えませんからね……」
「間違いなく田舎者です……」
おいらは当たり障りなく、事実を答える。おいらの故郷はかなりの田舎だし、いくら西の国の王宮にいたと言っても、その間は延々と血を吐くような訓練の日々だった。
お城の礼儀作法はまったく身についていないし、身についたのは相手を投げ飛ばす技術である。
「それとも化粧の感じかしら。最近の流行の化粧とは、少し違いますからね」
「あら確かに。最近は華やかな物が多いのに、あなたはどちらかと言えば質素なものですからね」
「殿下は質素なお化粧がお好みなのかしら」
「だったら明日は、娘に質素な化粧を施さなくってはね」
「そうですわね」
「うふふふ」
「おほほほほ」
おいらが声をかけられたのは、どうやら化粧が質素だったかららしい。
麗しの鏡が、どんな意図をもって質素な化粧にしたのかはわからないものの、たぶんそれがおいらの理想に一番近かったからだろうな、と思うのはおかしな話ではない。
そう思いながら、おいらはご婦人方に挨拶をして、ここから抜け出せば、誰にも咎められないのでは、という考えに至った。
このご婦人方はかなりの権力者の様子だし、彼女たちに挨拶すれば、ここから出ていってそのまま、麗しの鏡の術が解けるまで。あちこち散歩をしていても、見とがめられないのでは、と思ったのだ。
だからおいらは、彼女たちに声をかけた。
「あの、今日は何から何まで本当にありがとうございます。そろそろ、お暇したいと思いまして」
おいらは出来るだけ、田舎っぽさをなくした喋り方を意識して、最低限の言葉を喋った。
「そう、まあこんなきらびやかな場所に縁がなかったのでしょうから、もう疲れてしまってもおかしくはありませんものね」
「街の宿に泊まっているのでしょう。城門の所で声をかければ、女兵士に付添ってもらう事も出来ますわよ」
「気を付けてお帰りなさいね」
敵にしなかったら、ご婦人方というのはこんなにも優しいのだ。おいらは感動しつつ、彼女たちに一礼して、そっと城門のある庭園の方に、行く事にした。
「あら、殿下がいらっしゃらないわ」
「椅子に座っていらっしゃらないわ」
「踊りの中にもいらっしゃらないわ」
「ではどこに?」
そんな会話を、お嬢さま方がするまで、あと五分であった。




