第二十四話 アーシャ、年相応に感動する
参ったっぺなというのが心の中の正直な感想だ。
ちょっと周囲のお散歩がしたかっただけだというのに……
というかおいらがアーシャだと、気付かれたら面倒だっぺよ……
なんて思いつつも、連れていかれた会場は、目を見張るほど贅沢な空間に間違いなかった。
こんな規模の夜会が出来るって事は、この海の国の経済力が半端なものではないという証明だろう。
どこかに借金していなければの話だが……とにかく、色々な物がお金かかってんな、と思わせるものだった。
おいらはこの前の、パーティしか知らないし、その時しかここに入った事はないけれども、飾り物とかでいかに、こういう場所の雰囲気が変わるかは改めて知った感じだ。
それ位、この前のお祝いは、大人しかったと言ってもいいだろう。
まあ、英雄と言われているのが、こんなおちびだから、おちびにあわせたものだったのかもしれないが、とにかく、色々桁が違う気がしてしょうがない。
そこら辺の花の一つだって、きっと銀貨一枚とかかかってるんだろうなと思う、立派なものだった。
おいらは正直に言おう、こんな場所に入るなんてとてもじゃないが、出来ないと思った。
思ったから、兵士さんの隙を見て、また庭園に逃げ出そうと思ったのだが……
「あなたはまだ、殿下に挨拶がすんでいないのでは? 大丈夫ですよ、今日は乙女という乙女が、殿下に挨拶をする日なんですから!」
という訳の分からない理由のため、ディアノン様の前に押し出されかけている状態だ。
「いえ、その、あの……」
ここでおいらなんて言ったら、見た目と口調の落差で、色々酷い事になる。だからおいらはあいまいに答えてかわそうとしたのだが、そんなもので兵士さんの気遣いが、なくなるわけがなかった。
「どうぞどうぞ」
兵士さんは何の悪い感情もないのだろう。確かに今のおいらは、母さんに似た美人で、綺麗なおべべを着ていて、そこら辺のちょっといい村娘に違いない。
この状態のおいらが、実はちんちくりんの子供にしか見えない十七歳だとは、絶対に誰も思わないだろう。
いつまでたってもおいらは、逃げ出せるわけもなく、結果的に、ディアノン様に挨拶する長蛇の列の中に、入る事になってしまっていた。
この長蛇の列、押し合いへし合いだし、自分をより長く見てもらおう、という感情でも働くのか、なかなか短くならないのだ。
人によっては、兵士さんが数人出て来て、次の方の番ですとか何とか言って、次の人の挨拶に進んでいる状態だ。
これって結構じれったいっぺな。
おいらはそんな風に考えた後、挨拶を適当に済ませれば、逃げられるんじゃなかっぺか、と気が付いた。
挨拶が大事で、挨拶の時に気にったら、ディアノン様が踊りに誘うらしいのだ。
ならばその時に適当に誤魔化せば……いいっぺ!
そう思うとお気楽な物で、おいらはじりじりと進んでいく列で大人しいいい子になって、待っていた。
そしておいらの番である。
椅子に腰かけているディアノン様は、なんだかとっても機嫌が悪そうだ。
そりゃあ望んでいないお見合いだもの、延々と女の子の挨拶だけを聞いているのだって、かなりの忍耐力を要するだろう。
彼はこの一回だけという事を、王妃様と約束したから、我慢しているだけなのだ。
その忍耐力には、頭が下がる気がするっぺよ。
おいらは喋ると何もかもが台無しだから、一歩足をひいて、一応綺麗に見えるように、優雅さを意識して、全ての動作に普段の三倍くらいの時間をかけて、お辞儀をした。
それからそのまま、そこを出て行こうとしたのだが……
「待て」
「……」
え?
今、待てって言われなかったっぺか?
おいらがぎょっとしつつも、待たないつもりでそのまま去ろうとすると、椅子からディアノン様が立ち上がったらしい。周りの女性の息をのむ音とか、王妃様の
「まあ!」
という声とかが背後から聞こえて来る。
だがおいらはそれらを無視して、人の波に消えようとするものの……そんなに簡単にいかなかったらしい。
何とお貴族様たちが、おいらから一歩離れるため、おいらとディアノン様の間に、まっすぐに一本の道が出来ているような状態になったのだ。
だがしかし。
ここで大人しく、ディアノン様の事をあきらめる女性ばかりではない。
「殿下!」
「お待ちくださいな殿下!」
何としてでもディアノン様の心を射止めようとしているお嬢さまたちが、彼の前に立ちはだかったのだ。
そしてその間に、おいらは何とか、人込みの中にもぐりこむ事に、成功したわけだった。
ディアノン様から隠れる事に成功して数十分。挨拶もいい加減に飽きたのだろう。
今度は、女の人たちを主体に、踊る事になっていた。
このたくさんの女性が踊る中に、ディアノン様が一人いて、気に入った女性の所に向い、軽く相手をするらしい。
へー、そんな踊りがあるんだっぺな、と感心していると、近くにいたご婦人が声をかけてきた。
「あなたはあの踊りに参加しないのかしら?」
「わたし……田舎者で……見るだけで十分で」
一生懸命に、田舎くさい口調を押さえた言葉に、ご婦人が機嫌よく言う。
「まあ、身の程をわきまえていて結構な事。その心がけは、これからも大事にした方が、何かと都合がよいですよ、覚えておくといいでしょう」
おいらはここで感動した。おちび扱いされないって、こんなに普通の対応になるのだ、と。
今までのおいらだったら、ここでご婦人とかに
「子供がこんな夜更かししていないで、早く寝台に行きなさい」
とか
「子供が考えているよりも、この宴は色々難しいものなんだよ、いい子だからじっとしてなさい」
とか
「いったいどこから紛れ込んできたんだい、子供はこのパーティに出ちゃいけないんだよ」
とか言われていたに違いないのだ。
そうか年相応って、こういう対応をされるんだっぺな……と感心したわけだ。
そのままおいらは、物珍しさが勝って、そのディアノン様と多数の女性の踊りを見ていたわけだが……最初の曲が終わると、後は男性が女性を誘ってもよくなるらしい。
だが女性たちが、ディアノン様目当てだから、なかなかほかの組合わせにならない。
男の人たちは悔しいだろうな、なんて思っていた矢先だ。
「お嬢さん、王子様に興味がないなら、私と一曲踊りませんか」
「わたしとはいかがですか?」」
「あなた方ではお嬢さんが気後れするでしょう、私とどうぞ」
なんていう具合に、おいらは色々な男性陣から声をかけられる事になっていた。
おそらく、ディアノン様目当てじゃないという事で、声をかけられたのだろう。
まあそれはさておき、おいらは返答に窮した。踊る予定なんてなかったからだ。
それにおいらは、麗しの鏡が用意してくれた靴が、さっきから合わなくて、踊るなんてとても無理なのだ。
結構靴擦れが痛いのである。靴擦れを舐めてはいけないのだ。傷が熱を持つ事だってあるし、病気を呼ぶ事だってあるわけなのだから。
さてどうしよう、とおいらは周囲を見回し、誰も助けてくれなさそうだという事から、天を仰ぎたくなったわけだが……
ここでも、そのあたりにいたご婦人が、声をかけてくれた。
「あなた方、そこのお嬢さんが困っていらっしゃるじゃないの。余所をあたりなさいな」
「しかし、このように美しい女性、今まで一度も夜会に参加した事がありません!」
「是非お名前だけでも……」
「この子が夜会に出ていない意味を、考えた事がおあり?」
扇子を綺麗な音とともに開閉させたご婦人の一睨みで、男の人たちは去って行った。
ほっとしたおいらに、ご婦人が言う。
「あなたは断り方も知らないようすね。きっとこんな場所に縁がなかったのでしょう? 大丈夫?」
「あ、ありがとうございます……本当に縁がなくて……」
とにかく、靴擦れで痛む足で、踊らなくてよかった、と肩を下ろすと、ご婦人が誘って来た。
「あなたはなんだか、放っておけないわ。わたくしたちと一緒にいなさいな、そうすれば、余計な輩に話しかけられないわ」
「ありがとうございます……」
そのご婦人方は、結構な身分の方らしい。どうしておいらにそんなに優しいのかはわからないものの、相手が提案してくれた事は魅力的だから、おいらは素直に頷いた。




