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第二十二話 アーシャ、殿下に提案する

お花がくたくたにしおれていたから、当然のように、スーズさんは怪訝な顔をしていた。

そりゃそうだ。見るからに綺麗だっただろう花が、くったくたなのだ。

当然どこでさぼっていたのだ、という視線を向けられる物だろう。


「ずいぶん遅れたな」


ディアノン様が、言外に、どこでさぼっていた? と言い出しそうな声で聞いてくる。


「王妃様に会って、遅れたっぺ」


おいらは素直にそう言った。隠すもんじゃねえし。だがディアノン様の体がわずかばかり、こわばった。


「母上は、お前にどんな条件を出してきたのだ」


「条件を聞く前に断っちまったら、分からないっぺ」


ディアノン様の目が丸くなる。意外だと思ったんだろうか。

しかしおいらにはちゃんと根拠があってそれをしたから、別に疚しさはない。

ちゃんと断っているんだから、疚しさがあるわけもない。


「おいら、ディアノン様に雇われてっから、ディアノン様を今のところ裏切るわけにはいかないっぺよ。だから断った。んだけど……」


おいらは、おいらにさえ声をかけて来る王妃様を思い出す。


「王妃様、ずいぶん、ディアノン様のお嫁さん探しに熱心だっぺな。おいらみたいな、雇われたばっかりの人間にまで、声をかけてくるくらいに」


おいらはそんな事を言った後、王妃様の言葉を一生懸命に思い出した。


「ああ……そう言えば、近いうちにディアノン様の所に、お見合いの話を持っていくために、来るって言ってたっぺな」


ちゃんと話し合うように言ったのは、おいらの方だけれども。


「母上も問題の多い人だ……何度、しばらく結婚の事を考えたくないと言ったら、分かるのやら」


深いため息とともに言われた言葉で、おいらのような鈍い人間にも通じた。

ディアノン様はかなり、前の婚約者の事をいろんな意味で引きずっていると。

それはそうかもしれない。

長い間信頼を築いてきたはずの相手が、いきなり浮気して、悪いのはこちらだと罪を皆擦り付けて、去って行ったら、ちょっとじゃなく人間不信に陥りそうだ。

おいらだって仲間に裏切られたあの時、あんな風な、毒殺まがいかつ追放なんて事が起きなきゃ、同じように人間不信に陥っていただろう。


「ディアノン様、そこまで嫌なのは理解したんだけども、一個だけ言ってもいいっぺか」


「言うだけならばな」


「王妃様がそんなにお見合いをしたいなら、いっそ華々しくやって、ディアノン様が気に入る女性が現れない、って方に話を持って行けば、いいっぺよ」


「なるほど。王妃様は恋愛結婚にこだわりのあるお方。殿下が気に入る女性がいないとなったら、しばらくは大人しくしていそうです」


「そうだろうか?」


ディアノン様は疑わしいと言いたそうだ。

おいらはそこで聞いてみた。


「だって、王妃様って、恋の傷は恋で治す、とか言っちゃう人だったっぺ? なら国中探しても、そんな女性がいなかったら、しばらく大人しいんじゃないかと」


「……」


ディアノン様が考えている。おいらはここでスーズさんに聞いてみた。


「スーズさんは、王妃様がどんなお見合いを考えるか、分かりそうだっぺか?」


「ええ。以前殿下と言い合いになった際に、“国中から乙女を呼び集めれば、一人くらいは殿下の心に添う女性が見つかるはずだ!”というような事をおっしゃっていましたから……」


「一度お見合いをすると言ったら、おそらく、国中の娘を呼び集める、盛大なパーティを開くだろう。あの人は派手な事が好きだしな」


重たいため息とともに、ディアノン様が言う。

確かに、国中の若い娘が呼び集められるとなったら、一人くらいディアノン様が気に入りそうな女性もいそうだ。


「とにかく、ディアノン様がどうしてもお見合いがしたくないのであれば……王妃様に、お見合いはこれっきり、後はしないという絶対の約束を取り付けて、お見合いに煩わされない未来を、手に入れた方がいいかと」


その言葉を聞いた時、どこが気に入ったのか、ディアノン様が笑った。


「なるほど、今の面倒よりも、その先のよりよい未来のためというわけか」


そこまで大げさな事は言っていないけれども、ディアノン様がうれしいならそれでいい。

そう思った時だ。


「ディア? ディア。ちょっといいかしら。あなた休憩だと聞いているから」


扉を侍女に叩かせて、噂をすれば何とやら、王妃様が現れた。


「母上、一体何事ですか。先触れも出さずにやってくるなど」


「先触れならその少年に頼みましたよ?」


「ええ、母上が近いうちに尋ねて来るとは聞いておりましたとも。しかしその近いうちが、今日中だとは思わなかったまでです」


ディアノン様は、王妃様というお母さん相手でも、会話があまり好きではないらしい。

どことなく棘があるいいからだ。

王妃様その棘なんて何のその、と言うのか、話を進めていく。


「ディア、私の可愛い息子、私はあなたに幸せになってもらいたいのですよ。あんなしょうもない娘の事は忘れて、新しい幸せを見つけてほしいのです」


しょうもない娘とは、元婚約者の事だろう。おいらでも何となくわかった。


「彼女は、しょうもない事、で済ませられないでしょう。婚約中に密通し、最後は皆私が悪いと責任を押し付けて、一人去っていったわけですから」


「あの娘を選んだ私も、後悔していますよ。せめてもっと穏便に事を進められなかったのかと」


王妃様がそう言ってから、こう言った。


「ディア。私はどうしてもお前に、お見合いをしてほしいのです。国中の娘を呼べば、ディアが幸せになれる娘がきっといるはず」


ディアノン様が渋い顔をした。そしておいらも、スーズさんの考えが、王妃様を考える際には正しいのだと知った。

王妃様、やっぱりお見合いパーティがしたいんだ……という風に。


「国中を探してもいなかったら、どうするのです」


「その時は諦めますとも」


王妃様が、何とも言えない声で言う。悲しそうな、切なそうな声だ。


「誰一人、ディアが気に入らないのであれば」


「……言いましたね、母上。では、一回だけですよ。あとはいかような事を言っても、参加いたしませんからね」


「では、一回だけならお見合いをするのですね、ディア」


「ええ。一回だけで済むのであれば」


一回、というところを強調し、ディアノン様が言うと、王妃様は頷いてから笑った。


「ではさっそく、招待状を書かせなければ! 陛下もお喜びになるわ!」






その後の話し合いの結果、ディアノン様は無事に、一回だけお見合いをする、という約束を王妃様と結び、王妃様主催のお見合いパーティが行われる事が決定したわけである。

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