第二十一話 アーシャ、王妃様に意見する
王妃様は立派な人で、ちょっとばかりずれているが、息子を大事に思っているのは間違いなさそうだ。
しかし自分はディアノン様の護衛であって、早々王妃様と出会う事はないと、おいらは思っていたのだが、その予想は、たった数日で覆されたのだ。
「あら、あなたは、ディアの所の護衛ね、何をしているの?」
大変にお綺麗な女性……おいらは彼女を、王様の傍にそっと立っている状態でしか知らなかったのだが……その女性が、王妃様なのに間違いはなかった。
というのも、彼女は王妃様しか着られない色の衣装を、これでもかと言わんばかりに、優雅に着こなしていたからだ。
この国では、王様と、そして王妃様以外は、貝紫と呼ばれる、巻貝の内側を削った粉で染められる紫を、身にまとえる人はいない。
そしてその色は、何故かきらきらと細かな金属片が入っているかのように光るから、おいらでもすぐにその色だという事が、分かるのだ。
それはさておき、おいらはぱちん、と剪定ばさみで、ディアノン様のお部屋に飾るお花を、切り取ったわけだ。
「お花を切ってるんだっぺよ」
見てわからないのだろうか。
しかし彼女はそういう事が聞きたかったわけじゃないらしい。
「護衛がどうして、お花を摘んでいるの?」
「ディアノン様が、気分転換に見たいと、言ったんで……」
正確には、おいらが外の花がきれいだから、気分転換に見に行きましょうと誘ったら、じゃあ摘んで来いと言われたという事情からである。
ディアノン様は、自分が庭園に行くと、それを嗅ぎつけた女性たちがわらわらとやって来るから、嫌なんだそうな。
ディアノン様が嫌がる事をしちゃいけないと思うし、さっき庭師の職人さんに聞いたところ、数本だったら切って持って行ってもいいと言ってもらえたため、ありがたく、数本を選んだところなのだ。
ここのお花は、とてもきれいだ。おいらが知っている山の花も、そりゃ綺麗だけれど、ここのお花は、丹精込めた愛情が詰まっているからなのか、華やかで、それを持っているだけで、匂い袋が要らないと思う位に、豊かな香りがする。
おいらはその中でも、いい匂いがして、綺麗でみずみずしいお花を、選び終わったところでもある。
「あの子がここに来ればいい事なのに。ねえあなた、そう思わないかしら?」
王妃様はにこやかにそういう。
おいらは深く考えても答えが見つからないから、正直に言う事にした。
「ディアノン様は、女性たちに群がられたくないっぺよ」
「あら、女性を群がるなんて失礼な言い方ね」
「ほかになんて言うんだっぺ? わらわら沸いて出て来る?」
おいらは残念な事に、王宮の言葉を知らない。
そして失礼がないように言いたくても、言葉を知らない結果、どうしたって失礼になるのだ。
真剣に言ったおいらを見て、王妃様は面白いと思ったのか、くすくすと笑った。
「その愚直というのかしら、それとも馬鹿正直というのかしら。そこはあの子が好みそうな気質ね。どうしてあの子が、溺れている時に、助けてくれた子供を護衛にしたいと言ったのか、分かる気がするわ。あなたとっても、あの子が気に入りそう」
「おほめにあずかり恐縮です……というのけ? こういう時は」
流石のおいらも、ここで、褒めてんだか、けなしてんだかはっきりしろ、とはさすがに言えなかった。命が惜しくないわけじゃない。
「そう言っておいて損はないわ。さて、あなたの名前をお聞きしましょうかしら。私はシェラというのよ。知っているでしょう」
おいらは王妃様の名前なんて知らなかったから、取りあえず黙っておいた。
スーズさんが、
「よく分からなかったらあいまいに笑って黙っておきなさい、その方が事態がましになります」
といったからだ。
しかし王妃様はそれもすぐに見抜いた様子だ。
「あなた、私の名前を知らないの。本当に田舎からやってきたのですね……」
そう言ってとても感心したように、おいらを見てきたからだ。
おいらは早く、お花がしおれる前に、ディアノン様の所に戻りたかったのだが、次に言われた事に、目を丸くした。
「田舎から出てきたなら、いかに結婚することが大事か、分かるでしょう?」
そりゃもちろん、知っている。だって……
「結婚相手を探すのに、村四つくらい集まるお祭りがあるっぺ」
おいらは正直に答えた。
おいらの暮らしていた田舎では、穀物の収穫の仕事が全部終わってからやっと、村ので出入りする門が開き、そうなってやっと、結婚式とか儀式とか葬式とかが行われたのだ。
そう言った行事の際には、他の村に嫁に行ったり婿に入ったりした人たちもやってきて、とても賑やかになる。
そしてそういう事を行っている間に、若い男女が恋に落ちたり、結婚の約束をしたりするのもお決まりの事だった。
だからおいらは、田舎で結婚するのが、とても大変だと知っている。まず村の外から相手を見つけなくちゃいけないのだから。
「じゃあ、あの子がいつまでも、婚約者すらいない事が、どれだけ大変かわかるでしょう?」
おいらは黙った。言葉の続きを待ったのだ。
王妃様はさらに言う。
「あの子はあらゆる出会いを拒否するのよ。こうして庭園に出るだけで、運命のように出会う事だってあるのに、それさえ嫌がるの。それに観劇を見に行けばそれだけで、若い女性たちとも出会えるのに、それはありえないらしいの。お見合いなんてもう、聞いただけで却下としか、言ってくれないのよ!」
王妃様はそこまで延々としゃべった後、おいらにこう言って来た。
「だから、あなた、手伝ってくれないかしら? あの子をお見合いに引っ張り出すのを」
「ディアノン様が嫌だって言ってんだっぺよ、だからやだ」
「まあ……」
まさかここで、嫌だと言われた事がないんだっぺか。きっとないんだっぺな、この感じだと。
皆王妃様にこう言われたら、断れなくなってしまったんだろう。
だって相手は王妃様である。王子様より偉いのだ。
下手すりゃ王様よりも強い事もあるのだし。
「成功したら、あなたにご褒美をいくつもあげるわ」
どうしても協力してほしいのか、王妃様が、いい物をあげるわ、という事を匂わせてくる。
しかし、ディアノン様はお見合いが嫌なのだと、おいらは聞いている。
「ディアノン様が、今は嫌だって、言ってるっぺ。おいらはディアノン様の護衛だから、ディアノン様が、そこまで嫌がっている事を、させるのは違う」
「本当に、私の願いを聞いてはくれないの?」
「王妃様。ディアノン様に、どうしてもお見合いをさせたいなら、ちゃんと、ディアノン様に言うしかないっぺ。王妃様がディアノン様を心配してるのはまだ理解できそうだけど、おいらは、嫌がる人を無理やりお見合いさせても、いい事なんて一っつもないって、思う」
それに。
「おいらの雇い主は、今の所ディアノン様で、そのディアノン様が嫌なら、おいらは、こっそり王妃様側につくとかは、できない」
おいらがここまで言ったからか、王妃様の傍に控えていた侍女の人たちの顔色が、悪い。
でもおいらは思った事をちゃんと伝えたから、堂々としていた。
王妃様はまじまじとおいらを見て、そこで微笑んだ。
「ごめんなさいね、あなたがそんなに、あの子を心配してくれているなんて思わなかったわ。あの子に伝えてちょうだい。お見合いのお話のために、近いうちに、母がそちらに行くと」
「それは伝えておくっぺよ」
おいらが頷くと、王妃様はしずしずとそこから去って行った。
おいらはお花がしおれてしまうから、駆け足に近い歩幅で、急いで、ディアノン様の執務室に向かう事になった。
お花はちゃんと、スーズさんが活けてくれた。スーズさんは何でもできるすごい人だった。




