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見合い

 正直、俺は戸惑った。

 男勝りで気が強い波美が、突然俺に抱きつき、泣き出すとは……。


 しかも彼女は一糸纏わぬ美しい裸体であり、俺も腰を手ぬぐいでわずかに隠しているだけだ。

 彼女は何かの冗談でそんな風にしているのではない。何かしらの事情があるのは明白だ。


 そこで俺も、彼女の肩をそっと抱いた。

 波美は、この時代の女性としては身長がかなり高い。

 それでも、百五十五センチぐらいだろう。

 百七十センチの俺からすれば、ずっと小柄だ。


 こうして抱き締めると、その柔らかな体つき、そして滑らかな肌の感触にやっぱり女の子なんだな、と愛おしく思ってしまった。


 しばらく彼女は泣いて、そして


「……ちょっと冷めてしまいましたね……一緒に湯船に、入ってくれますか」


 と、また丁寧な口調で言ってきたものだから……俺は混乱しながら、そしてトクン、と鼓動が弾むのを感じながら、彼女の言葉に従った。


 昨日の優里と同じく、肩を触れあわせながら、俺と波美は同じ浴槽に入っていた。


「……優里から、お見合いが上手くいかなかった話、聞いたそうですね……」


「ああ……いや、波美、その口調……何か無理してないか?」


「……やっぱり、そう思うか?」


「ああ……素の波美じゃないみたいに感じる」


「……やっぱりそうだな……慣れない事、するもんじゃないな……」


 ちょっと寂しそうだ。


「……いや、けど、慣れて自然にそういう言葉が出るようになれば、全然違和感は無いと思うけどな」


「……そうだな……さっきの話に戻るけど……優は初めての見合いで上手くいかなくて、その相手の背中を流すこともできなかったが……私はもう、五回も失敗してるんだ。会って少し話をしただけで断られたことが四回、なんとか背中を流すところまでいったのが一回」


「へえ、波美みたいな美人を断るなんてやつが……って、えっ? 見合いって、背中を流すのか?」


「ああ、少なくとも私達は、父からそう教わった。まず仲人の仲介で顔を合わせ、お互い気に入ったなら、次にもっとよく知るためになるべく一日中一緒にすごす時間を設ける。お互い了承すれば、一緒に入浴して背中を流して、さらには浴槽に浸かって、裸で本音を語り合う……つまり、今していることだ」


「……今のこれって、見合いだったのか!? ……それで優里も、一緒に入れたって喜んでいたのか!」


「……優里、喜んでいたのか……まあ、勇二殿が相手ならばそうかもしれないな……それで、もっと仲良くなって一夜を共にし、結ばれたならば婚姻が決まる。そう父から言われていたが……さっき言った、前に見合いして背中を流した男性は、そんなのは初めて聞いたと言っていたけどな……」


「俺も初めて聞いた……それで、そこまでしてうまくいかなかったのか?」


「ああ……もっとおしとやかで大人しい娘がいい、っていう話だった……まあ、私としても、相手は武士っていうわりには全く鍛えていない体だったし、横柄な物言いだったから乗り気ではなかったが……それでもやはり、向こうから断られたのは落ち込んだ……あとの四回は、少し話をしただけで男っぽいところがバレてしまってそれまで、だった……」


「なるほど……それでさっきみたいな丁寧な口調、練習してたのか……」


「……まあ、それもある……これだけ見合いに失敗していると、やはり私は嫁になどなれないのでないかと思ってしまう。今回の背中を流す話も、父上が『勇二殿は高貴な身分のお方に違いない』とか言って、強引に決めたんだが……私もまあ、混浴は二回目だし、最初から見合いっていうわけでもないから気楽に考えていたんだが……その体つきを見て、ああ、この人は本物だ、って思ってしまって……だけど、七日で会えなくなると言う話だったし、私なんか眼中にないんだろうなって思っていると、急に泣けてきて……本当に、何でか分からないけど、泣いてしまったんだ……」


 ずいぶん落ち込んだ様子でそう語る彼女……本音なんだろうな……。


「……眼中にないとか、そんな事は全くなくて、その……美人だし、綺麗な体だと思う。その気さくなしゃべり方も、良いと思う」


「……そ、そうか? おだてられるのも……悪くないな……体つきを見れば分かる、勇二殿は私よりずっと強い。だから私の事、気さくでいい、なんて思えるんだ……それにしても、貴殿の正体、何なんだ? ぱっと消えたかと思うと、突然現れて……あの『山嵐』を照らした白い光、寸分の狂いもなく見たまま映し出す鏡。あんなものを持ち込むなんて、まさに仙人、いや、それ以上……そもそも、どうしてこの地に来たんだ?」


「どうして、か……えっと、簡単に言うと自称『神の化身』である白ネコの導きによって……」


「神の化身!? やっぱり、貴方は……」


 彼女の大仰な驚き様を見て、ちょっと大げさに言いすぎたかな、とも思ったが……本当の事だし、そもそもエルはどういう考えで、この地にゲートを開いたのだろうか。


「……では、七日で……つまりあと四日で元の世界に帰ってしまう、というのも本当なのか?」


「ああ。それは覆せないと思う……エル、つまり『神の化身』は、嘘をつけないと言っていたから」


「そうか……残念だ……でも、良かった。勇二殿と、これだけ親密になれて。次の見合いはうまく行くような気がしてきたよ」


 彼女の寂しそうな笑みに、それが本音なのかどうか分からず……しばらく沈黙が続いた。


「……あと……さっきの、内緒にしてくれないか?」


「さっきの、というと?」


「えっと、その……貴方に抱きついて、泣いた事……」


「あ、ああ、分かった……けど、正直、あれは嬉しかった」


「……嬉しかった? 本当に?」


「裸の女の子に抱きつかれたの、初めてだったから……」


「……ばか……思い出すな……」


 赤くなって照れる波美に、俺は優里とはまた違って意味で、心を奪われかけていた。


 浴室ではそれ以上手を出すこともなく、俺は元の服を、波美は浴衣を着て風呂場を後にした。


 その後、三姉妹、そして大分元気になって、起きて来られるようになった父親と一緒に夕食をご馳走になった。

 そこで明日、三女の葉菜が、剛田部(ごうたべ)家の土地を案内してくれるという話になった。


 へえ、それは楽しそうだと答えると、なぜか葉菜は赤くなった。

 どうしたんだろう、と思っていると、隣の波美がこっそりと耳打ちしてきた。


「葉菜にとっては、事実上初めての見合いだ……優里と私だけだと不公平だからな。できれば夕方、背中を流させてやってくれ」


 その一言で、またトクン、と鼓動が高まる。


 まだあどけなさすら感じさせる目の前の美少女、その初めての見合い相手……。


 ひょっとしたら、練習というか、そういうつもりなのかもしれないが、なんか責任を感じて緊張してしまう。


 まあ、それでもこんな可愛い娘とデート? 出来るのならば、それだけで本当に楽しいかもしれない。


 そして俺は翌日を心待ちにして、その日は自宅に戻ったのだった。


 この時、俺は奴のことを完全に失念してしまっていた。

 手負いの大イノシシ、『山嵐』の存在を――。


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