★波美と混浴
翌日。三百年前の地は雨だった。
かなりの本降りであり、こんな日は農作業は中止となる。
しかしそれでも、農民達が何も仕事をしなかったかと言えばそんなことは無く、草鞋を作ったり縄を編んだりと、結構忙しい。
豪農の娘である波美、優里、葉菜の三姉妹はというと、花嫁修業に明け暮れることになる。
俺がこの家の当主、銀治郎様を診察するという名目で訪れた際も、彼女たちは針仕事の練習をしていた。
一番上手いのは、次女の優里だ。
その次に三女の葉菜。
このような細かいことは、長女の波美は苦手なようだった……っていうか、本人曰く、花嫁修業はずっと二の次だったらしい。
「私は、父に男のように育てられたんだ。母が、男児を一人も産まずに亡くなったものだから、強くなってこの家を支え、立派な婿を迎えるように、と……」
家事全般が苦手な言い訳なのか、強がりなのか、あるいは愚痴なのか。
裁縫や料理は他の二人より苦手だし、嫌いなようで、それを引け目に感じている部分もあるらしい。
そう聞くとちょっと可哀想だが……けど、普段の男勝りな部分も、決して悪くないと思う。
特に昨日の大イノシシに矢を放った瞬間など、凛としてとても美しかった。
そう感じていることを彼女に話すと、ガラにもなく照れていた。
そこまでは良かったのだが……自分は結構武芸は得意だ、と自慢し始めた。
「優里や葉菜は、なるべく悪い虫が付かないようにと、若い男と出会わないように甘やかされて育ったが、私はむしろ、男に負けないようにと厳しく育てられたし、実際に武術道場にも通わされた。今でも、十日に一度は通っていて、若い衆に混じって剣術の修練を行っている。さすがに師範代には叶わないが、まあ大抵の奴には剣の腕ではひけをとらないな」
うん、波美はそうだろうな。
性格的にも強気だし、実際にセンスは良さそうだ。
だって、イノシシを実際に一発で射貫くんだ、そんなの俺だって出来ない。
ま、弓を使ったこと無いからで、実際は簡単なのかもしれないけど。
「だけど……男としては、嫁にするのなら優里や葉菜みたいな、おしとやかな方がいいんだろう?」
「さあ……好みによるんじゃないかな」
「……勇二殿は、どうなんだ?」
「俺? そうだなあ……あまり大人しすぎて会話が出来なかったりするのも困るけど、基本的には女っぽい方がいいかな」
「……やっぱり、そうか……」
波美が、ちょっと悲しそうな顔をする。
「いや、それはあくまで俺がっていう話だよ。それに、そんなのちょっと練習すれば、いや、意識すれば出来る事じゃないか」
「……意識すれば?」
「そう、ちょっとおしとやかな口調にして、時には相手に甘えるような仕草をすれば……波美だって相当の美人なんだから、大抵の男は簡単に落とせるよ」
「そ、そうか? でも、本当に私が美人だと、思ってるのか?」
少し頬を赤らめ、女の子っぽい表情をする波美。
「あら、姉さんは凄い美人ですよ。私なんかよりよっぽど……」
優里が裁縫の手を止めて、そう持ち上げた。
「うん、波美姉ちゃんも、優里姉ちゃんも、私よりずっと美人。うらやましい……」
葉菜もそう持ち上げる……って、みんななぜか自分を卑下する。
「俺に言わせれば、みんな揃って美人だよ」
「……けど、背中を流してもらうの、真っ先に優里を選んだじゃないか」
波美が不満そうに語る。
「あれは、えっと……単に優しそうだなって思ったからだよ。美人かどうかっていう基準じゃない」
「……どうせ私は優しくないし、ガサツだし、男からは言い寄られないよ。そんなに美人でもないんだろう?」
なんか波美、拗ねてしまった。
「……でも、残念ですね。自分の事を一番知りたいのに、自分の顔が一番わからないなんて……」
優里が話題を微妙に逸らそうとしたのか、そう話した。
「えっ……みんな自分の顔……ひょっとして、鏡見たことないのか?」
俺はふっとそんな思いに至った。
「いや、もちろんあるけど……ぼやっとしか映らないじゃないか。水に映しても、微妙に波打っててよく分からないし……勇二殿がみせてくれたあの『すまほ』っていう奴は綺麗だったけど、小さかったし」
そうか、この時代、今みたいに映りの良い鏡、なかったんだ……。
俺は急いで現代に戻り、家にあったフェイスミラーを持ち込んだ。
それを見た彼女たちは……なんていうか、乙女になった。
「こ、これが私なのか……なんか思っていたのと違う……」
口でそう言いながらも、波美はかなり気に入ったようだ。
「本当、姉さん、見たまんまに映る……ね、言った通り美人でしょう? ……って、これが、私? 私って、こんな顔だったんだ……」
優里も嬉しそうだ。
「これが、私? ……かわいい……」
葉菜はぼそりとそう呟いて、自分で自分を褒めたことに気づき、赤面していた。
みんな、自分の顔が想像していたより、ずっと綺麗だと認識したんだろうな。
俺は一人に一つずつ、フェイスミラーをプレゼントすると約束すると、こんな珍しくて高価な物を、と大感激された。
いや、そんなの大した値段じゃないんだけどね……。
そしてその日の夕方、昨日の約束通り、波美が背中を流してくれることになった。
ドキドキしながら、湯船に入って待つ俺。
昨日、優里に対して淡い恋心を抱いたのだが、それはそれで、これはこれだ。
美少女が、上半身裸で背中を流しに来てくれるというなら、これはお受けせねば失礼に当たる。
そしてカラカラと引き戸を開けて、浴室に波美が入って来た。
「……なっ!」
俺は一瞬目を疑い、そして目を逸らした。
彼女は、腰巻きすら身に纏っていなかったのだ!
一瞬だけど見てしまった彼女の全裸は……引き締まった、アスリートのようだった。
それでいて、胸は形が良く、本当に綺麗だ。
足も長くて……まるで芸術品だ。
「……勇二殿、背中、流すから……出てきてくれるか……いや、出て来てもらえますか?」
うっ……誰かに入れ知恵されたのか、微妙に口調を女性っぽく変えてきた。
この容姿で丁寧に話されると……ちょっとヤバイかもしれない。
俺は手ぬぐいで股間を隠しながら湯船から出て、後ろ向きに椅子に座った。
「……なんだ、この体は……」
しかし、波美の口からまず漏れたのは、驚きを含んだ言葉だった。
「こんな鍛え上げられた体、見たこと無いぞ……」
「うん? 波美、男の裸、見たことあるのか?」
「ああ、今の時期、道場では若い衆は皆、上半身裸で修練を行っているからな」
「……それって、波美も?」
「いや、私は一応サラシを巻いているから……って、私のことはどうでもいい。こんな肉体……仙人はみんなこうなのか?」
「いや……俺は特別なんだろうな」
「特別?」
「ああ。家が代々、とある武術の継承をしていて、それで子供の時から鍛え上げられてるんだ」
「武術を……継承? 医者じゃ無かったのか?」
「いや……医術も勉強してるけど、要は壊すのと直すのは表裏一体、ってことだよ。修練中に怪我することも多いし、な……」
「なるほど……前も見せてもらえないか?」
「えっと……背中を流してもらえるんじゃなかったかな?」
「あ、そうだったな……いや、そうでしたね……」
うっ、また口調を変えられた……。
それよりも……やっぱり波美には気付かれたか……俺が普通じゃ無いっていうことを。
その後、優里の時と同じように、糠袋で背中を洗ってくれたのだが……。
「終わりました。では約束通り、こちらを向いてください」
「いや、別に約束はしてないけど……」
「ま、まあそうだが……見たいんだ、鍛え上げられた勇二殿の胸板を……」
なんか、逆セクハラのような台詞だが……腰から下は手ぬぐいで隠しているし、ま、いいかなって思って反転させたのだが……俺が波美の方を向くって事は、当然波美の裸を見てしまう事になるわけで……彼女がいいって言うんだから、いいんだろうな……。
さっきより間近に見てしまう彼女の裸体は、やはりとても綺麗だ。
いつの間にか、雨は止んで、外は夕焼けになっていた。
彼女の体には所々に水滴が付いており、窓から差し込む夕日が乱反射し、キラキラと輝いていた。
俺はそんな波美の裸体に見とれたが、彼女もまた、俺の裸をじっと見つめていた。
「……所々、傷跡がある……よっぽど激しい鍛錬を行って来たんだろうな……」
「……まあ、そうかな……子供の時からだったから、それが普通だと思ってたけど、そうじゃなかった……自分以外の友達で、こんな修行している者なんて、誰もいなかった」
「……私も、そうだった……武術の修練をしている娘なんて、誰も……」
「そっか……辛かっただろう。その体を見れば分かるよ、波美がどれだけ厳しい修行をしてきたか……」
俺の言葉を聞いて、波美は今、自分が裸であることを思い出したのか、少し顔を赤らめた。
しかし……数秒置いて、彼女は意を決したように、立ち上がった。
「!?」
困惑する俺だったが、彼女は
「勇二殿も、立ってくれ……いや、立ってもらえませんか? 全身の鍛え方、見たいです……」
……彼女は、異性と言うより、武闘家として俺の裸に興味があるようだった。
そう言われて……彼女だけ裸で立たせているのも気が引けたので、一応股間だけは手ぬぐいで隠して、立ち上がった。
そして彼女は、視線を上下させて俺の肉体をしばらく眺め……そしていきなり抱きついてきた!
「……波美!?」
全く予想外の展開だった。
最初は、ぶっきらぼうに背中を流され、それで終わりかと思っていたのに……彼女は俺に抱きついて、泣いていたのだ――。




