伝承
俺は、意を決して、もう一度ゲートに飛び込もうとしていた。
身代金の受け渡しのために、犯人は必ずもう一度接触してくる。
その時に捕縛して、連れ去った場所を吐かせる以外にない……。
と、その時、インターホンのチャイムが鳴った。
この緊急時、悪いが出ている暇がない……そう考えて無視しようと思ったのだが、
「出た方がいいニャ」
と言うエルの一言で思いとどまった。
この神の化身がそう言うのだから、なにかある……。
はやる気持ちを抑えて、俺はインターホンに出た。
「はい、何ですか」
ちょっと焦りもあって、ぶっきらぼうに答えてしまう。
「えっと、こちら、沖田さんのお宅でしょうか」
モニターには、三十歳ぐらいの女性が映っていた。
「はい、そうですけど……」
「こちらに、沖田勇二さんという方はいらっしゃいますか」
「はい、僕ですが」
「あの、私、剛田部という者ですが……」
「えっ……剛田部!?」
俺は目を見開き、一瞬エルを見つめ……。
「い、今出て行きますっ!」
慌てて玄関に出て行った。
「あ、あの、俺、いや、僕が沖田勇二です、えっと、剛田部さん、何があったんでしょうか」
いきなりの俺の剣幕に、女性はちょっと驚いているようだったが、ハンドバッグから古びた封書のようなものを取り出して、俺に渡してきた。
かなり黄ばんでおり、皺も付いて、相当な年代を感じさせる。
「これは、我が剛田部家に先祖代々から受け継がれている古文書のようなものです。表書きにありますように、平成二十八年、七月二十五日の午前十一時ちょうどに、こちらの住所の沖田勇二様にお届けするように代々伝えられてきました」
と、彼女は困惑した表情で語った。
確かにこの文字には、見覚えがある……というか、俺の字だ!
「これは……これが本当なら、今の俺が心から待ち望んでいた物です!」
という俺の興奮した様子に、彼女自身も目を見張っていた。
その女性には、あとで必ずお礼をするから、と電話番号だけ聞いて、慌て自分の部屋に戻り、古びた封書を開封する。
中から出て来たのは、簡単な地図入りの文書だった。
そこには、こう書かれていた。
『三百年後の俺へ
優里は、下の地図に記した場所に捕らえられている。
敵は合計四人。生き死にの戦いになる。
出来る限りの装備を急いで調え、立ち向かえ。
決して気を抜くな、そして絶対に優里を救え!
沖田勇二』
そして地図は、決して詳細ではなかったが、それでも目印になる祠なんかも描かれており、十分場所を特定できるものだった。
これは……三百年前の俺から、現代の俺に向けた事件解決のためのヒントだ!
それを、剛田部家の誰かに渡し……そして、この平成の、今日の日を迎えるまで、ずっと大事に伝えられてきたんだ……。
感動すると同時に、身震いするような責任感を感じた。
この長き年月、子々孫々まで伝えられた剛田部の人々の為にも、そして今も恐ろしい思いをしているであろう優里の為にも、絶対に失敗はできない!
俺は文書にもあるように、すぐに身につけられる装備を押し入れの片隅から引っ張り出した。
我が家に代々伝わる『秋華雷光流護身術』は、その名の通り基本的には身を守るための護身術だが、そこには『他人を守るための攻撃』という定義も含まれる。
突きや蹴りといった打撃系の立ち技の他、投げや関節技も含まれるが、最大の特徴は『暗器』と呼ばれる隠し武器を使用する点だ。
なぜそんな物を持つのか……答えは明快、『持ち歩ける』からだ。
『秋華雷光流』は基本的に一子相伝で、時代と共にその内容を変化させてきた。
現代の世、日本刀を持って歩くことは法律で禁止されており、必然的にこっそり持ち歩ける武器だけを選択することになった。
とはいっても、相手が目立つ武器を持っていないとは限らない。
鉄パイプで襲撃されるかもしれないし、金属バットだって凶器になる。
刃物を使用される可能性だってあるわけで……そのため、体術をベースにして、それらの武器を相手に出来る防具と、『ナックルダスター』のような闇器を組み合わせているのだ。
今回、俺が用意していたのは、手甲、脛当て、そしてボディプロテクターとナックルダスター。
防具はいずれもカーボン素材を使用した軽量の物で、さらにオリジナルの改良も施している。
とはいえ……日本刀の強力な斬撃や突きをまともに受ければ、防ぎ切れる物ではないだろう。
生き死にの戦いになる……文書にはそう書かれていた。
さらに、三人組と思い込んでいた敵の人数が、実は四人なのだとも。
大猪との戦いで傷めた右肩が、まだ痛むし、動きも鈍い。
また、命をかけた実戦など、もちろん初めてだ。
だが、逃げ出すわけには行かない。
「気を付けるニャ。君の選択一つで、未来など簡単に変わるニャ」
エルが、決戦に向かう俺に対して最後のアドバイスをしてくれた。
「……分かった。俺は必ず優里を助け出してみせる!」
そして俺は、覚悟を決めてゲートへと勢いよく飛び込んだのだった。




