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子種

 翌日。


 ゲートが開いてから五日目となるこの日も、俺は三百年前の世界を訪れた。

 残された時間は、今日、明日、明後日の三日間。


 その翌日の早朝、どう足掻いてもゲートは閉じてしまう。

 丸一日過ごせるのは、この日を入れて、たったの三日しかないのだ。


 なるべく多くの時間を彼女たちと共に過ごしたいと考え、早朝から剛田部邸を訪れたのだが……なんと、彼女の父親自ら、杖を突きながらではあるが、俺の事を出迎えてくれたではないか。


 ビタミンをきちんと取ったことにより脚気の症状が急激に回復した当主は、涙を流して俺を歓迎し、その娘達三人も満面の笑みで俺を出迎えてくれた。


 そしてささやかながら、お礼として彼女たちによる和楽器の演奏と舞を披露したいと言われ、もちろん俺はそれを快諾した。


 この日も天気が良く、庭に赤く広い布を敷いて、即席の舞台としている。

 小さな机と椅子が用意され、そこには和琴が設置されていた。

 これを演奏するのは、三女の葉菜だという。


 その隣には、扇を持った次女の優里。舞を披露してくれるのは彼女らしい。

 さらにその隣に、横笛を持つ長女の波美。

 美少女三人が並ぶだけで、庭全体が一気に華やかになる。


 そして演奏が始まる。


 ――それは、当初俺が考えていたレベルを、遙かに超えていた。

 出だしは琴の音はやや単調、笛の音も澄み切ってはいたがゆっくりで、その調べに合わせる舞もまた緩やかだった。


 しかし、徐々にテンポアップしていき……激しく、それでいて優雅に演奏される琴のリズム、美しさと切なさを見事に表現し、抑揚の効いた美しい音色を奏でる波美の横笛。


 さらには、その完成された調べに突き動かされるように、全身を柔らかく、時に激しく、指先まで意識した優里の舞は、まさに天女と見紛うほどだった。


 実の三姉妹ならではの、息がぴたりとあった完璧な舞踊。


 事前に、本来は神社にて奉納する舞だとは聞いていたが、一体どれほどの時間を練習に当てて、これほどの完成度にまで高めたのだろうか……。


 演奏が終わった後も、俺はしばらく、声が出せないぐらいだった。


 そのパフォーマンスがすばらしかったこともあったが……本当に彼女たちの事を、心から愛おしいと思う感情、三日後には会えなくなるという切なさ。

 ただただ、胸が苦しくなる思いだった。


 それでも……感想を聞きたげにこちらを見つめている彼女たちの視線に気付き、俺は笑顔で、あまりの美しさに感動し、声を失っていたと素直に話した。

 それを聞いて、汗だくになっていた彼女たちも皆笑顔を見せてくれた。


 ――ああ、この世界に、彼女たちと共にずっといられたらどれほど幸せだろう……。


 そんな考えが頭をよぎったが、すぐ冷静になった。

 いやいや、これは一時の感傷に過ぎない。

 俺が本来生きる世界は、ここではないのだから、と。


 もうこれだけ仲良くなれて、彼女たちの父親も元気になって、葉菜も大猪に襲われたショックから立ち直った。


 俺としてもこの三姉妹と一人ずつ混浴できたし、今日は美しい音楽と舞を楽しむ事ができた。


 もう十分、楽しんだし、今までで一番充実した夏休みになった。

 エルに感謝しなければな……そんなふうに考えていた。


 だが……彼女たちの父親の一言で、まだ俺には使命? いや、試練? が残されていることを知った。

 この後の残された期間、三姉妹の内の誰か一人を選び、一時の夫婦として寝食を共にし、子種を残して欲しい、と――。


 それは、あまりに突拍子もない言葉だった。

 本気で、俺の事を神の使いと信じ込んでいるのだろうか……。


 俺は、娘たちも了承してのことか彼に尋ねたが、もちろんそうだとの答えだった。


 俺は、もう一度彼女たち三人と話がしたいと申し出たところ、了承された。


 ちょっと俺も混乱していたが……今回は混浴の順序と逆、つまりまず葉菜と面談? することにした。


 屋敷の縁側で、俺と葉菜は肩を寄せ合っていた。

 季節は真夏だが、やや薄雲がかかっているおかげで、暑すぎるというほどではなかった。


 人払いをしてもらっているので、彼女との会話を誰かに聞かれることはない。

 そこで、葉菜に本音を聞いてみた。


 今回の話、普通の見合い、そして結婚という流れではない。

 もし、妊娠してしまえば……彼女は、一人で子供を育てて行くことになる。

 そんな無茶な話を受け入れられるのか、父親に強制させられているのではないか……。


 しかし、葉菜は笑顔で答えた。


 「それで構いません、姉二人も同じだと思います。それに、子供は私だけで育てることにはなりません。男の子なら、この家の正当な後継者になると決められましたし、女の子でも、やはり神様の子供として大事に育てられることになっています」


 と……。


 なんか、俺、『仙人』や『神の使い』を通り越して、『神様そのもの』に格上げされているようなんだけど……。


 だが、彼女の話を詳しく聞くと、この地の人達がそう誤解してしまうのも無理はなさそうだ。


 そもそも、あのゲートは、『聖域』内に出現したものだ。

 彼女たちにはそれが見えないが、俺がその場所で瞬時に姿を消して仙界に戻る『奇跡』は目撃している。


 さらに、不治の病と思われた父親を回復させた。

『鏡』や『LEDライト』、『スマホ』など、数々の不思議な製品を持ち込んだ。

 どれをとっても、神の御技としか思えない……。


 俺は、そんな事はない、あれは助けた自称・神の化身である白ネコのおかげだと言ったのだが、


「だったら、少なくとも神の使い、ですよね」


 と笑顔で迫られ……うん、そうかもしれないと言ってしまったのだ。

 それに、彼女自身、命の恩人である俺の子供を産みたいと言ってくれた。

 うん、けなげだ……。


 次に、波美と二人きりで話をした。


 彼女も、葉菜と同じような意見で、俺の事を神の使いで間違いない、自分で分からないのか、とまで言ってきた。


 さらには、


「正直に言うと、悔しいが勇二殿に惚れてしまった、煮るなり焼くなり好きなようにしてくれ」


 とも。


 そのときの、ヤケになったような、それでいて切なそうな表情が忘れられなかった。


 最後に、優里。

 やはり、俺としては彼女が一番、可愛く思えてしまう。


 隣に、肩をくっつけて座るだけでドキドキしてしまう。

 しかし、彼女は他の二人と、少し反応が違った。


 「私も、勇二様のこと、お慕いしています。でも、姉さんも、葉菜も貴方の事、すごく好きみたいですから……」


 と、遠慮がちだった。


「優里……君は、いつもそうやって二人に気を使っているのか? それとも、本当は嫌だったりするんじゃないかな。そのあたり、俺にとっても、重要な事なんだ……」


 と、ちょっと意地悪に聞いてみる。


「いえ、嫌だなんて、そんな……ただ、私が、私だけが選ばれて、子供を宿して……私だけ幸せになって、いいのかなって……」


「……じゃあ、あの……俺の子供産むの、幸せだと思ってくれるのか?」


「……あ……はい、もちろんです。他の二人も……」


「いや、あの……君がどう思っているか、一番知りたいんだ。今だけ、本音を話してくれないかな。波美も葉菜も、そうしてくれたよ。姉と妹を気遣う優しさは、すごく良いことだと思うけど、俺は君が本当はどう思っているか、一番知りたいんだ」


 と、俺が正直な気持ちを打ち明けると、彼女は一瞬、驚いたような顔をした後、頬を赤く染めて、


「……勇二様、大好きです……私、貴方の子供を産みたい……ほんの数日でしたけど、出会えて幸せでした。この感情を胸に、大事に子供を育てていきたい……」


 トクン、と大きく鼓動が高鳴るのを感じた。

 ああ、この娘も、俺なんかのこと、そんな風に思ってくれているんだ……。


 ――俺は三人の娘と、その父親に、一度仙界に帰ってゆっくり考えたいと告げ、剛田部家を後にした。

 現代に戻り、あいかわらず俺の部屋に居着いているエルと話をする。


「――っていう、とんでもないことになったけど、どう思う?」


「どうって、良かったニャ。そんなに慕われたんなら、君も嬉しいんじゃないかニャ?」


「そりゃ、そうだけど、子供なんて言われたら、責任を感じるから……」


「ニャハハ、それは現代の道徳に照らし合わせてるからニャ。君が生真面目なのもあるけど、よく日本の昔話で、同じようなの聞いたことないかニャ? 一夜限りの夫となることを乞われて、子種を残して行く英雄の話」


「英雄って……俺、そんなに立派じゃないし、しょせんおとぎ話だし」


「そんな事ないニャ。江戸の武家ならともかく、農村部なら一夜だけの愛なんてよくあったし、生まれてきた子供も地域で、共同で育てたニャ。ましてや、神の使いと思われている訳だし、それに見合った活躍もしてるニャ」


「そんな、活躍なんて……」


「いや、してるニャ。ボクには分かる、彼女たちの父親を助けるため、必死に物資を運んだニャ。三姉妹の相談にも真剣に乗ったし、混浴しても先走って手を出したりしなかったニャ。それに、肩の関節を外しながら、逃げずに大猪を倒して、娘を救ったニャ。同じ条件でもそこまで出来る若者、たぶん他にいないニャ」


 珍しく、エルが俺の事を褒めた。


「……君は、英雄……っていうのは大げさかもしれないけど、それに近い存在だと認められたニャ。だからこそ、子種を残して欲しい、なんていう依頼をされているニャ。名誉な事だと思うニャ」


 ……うーん、そう言われると、この誘い、乗っても良いのかもしれない。


「ただし、気を付けるニャ。好事魔多しっていうからニャ」


「ああ、分かった。ありがとう」


 俺はそう返事をしたものの……三姉妹から言い寄られた嬉しさと、その責任の重さに混乱してしまっていて、エルの最後の台詞を軽視……いや、無視してしまっていた。


 その事が、とんでもない悲劇を招いてしまうとは、夢にも思っていなかったのだ――。

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