★リスク
江戸時代、地域によって『夜這い婚』という制度があったという。
そのしきたりについては諸説あるようだが、よく言われるのは若い男性がこっそりと意中の女性宅に忍び込み、娘もそれを受け入れて一夜を共にする、という事例である。
正式な婚姻前の話であり、男女とも複数の相手と関係を持つことがあったらしい。
しかも、それを親が黙認、というか、推奨していたというから驚きだ。
これは一部農村の話であるとされ、武士階級ではお家の存続を第一に考えることから、自由恋愛などもってのほかだったようだ。
そういう意味では、農村部の方が開放的であったのかもしれない。
それに対して、俺が訪れている剛田部家はどうかというと……この家のオリジナルルールだとは思うが、まず二人だけで顔合わせをする。
ここまでは普通の見合いと同じだが、そのあと、二人とも気に入れば、女性が風呂場にて男性の背中を流す。
波美から聞いた話だが、ここで女性が裸を見せて、男性をその気にさせる、という狙いもあるらしい。
そうして互いに気に入れば、一夜を共にし、婚約が成立する、という流れだ。
こう考えると、『夜這い』ほど自由ではないが、互いに相手を選ぶ自由がある分、武士階級ほど窮屈な物ではないように思われる。
とはいっても、やはり女性の意思は軽くなりがちらしいが……。
そして今、俺はこの家の三女、葉菜に背中を流してもらっている。
俺は椅子に座り、股に手ぬぐいをかけている。
彼女は腰布を身につけてはいるが、上半身は裸だ。
ただしこの時代のこの格好、いまでいう水着程度の認識であり、特段恥ずかしいとも思わないらしい。
そもそも、湯屋では男女混浴だったという話だし、現代よりずっとおおらかだ。
とはいえ……こうしてもらうのは三人目なのだが、やはりちょっとどぎまぎしてしまう。
葉菜のこと、あどけなさの残る顔つきでまだ子供だと思っていたが……ちらっと見えてしまった胸の形は思っていたより整っており、綺麗だった。
優里の一つ下、ということは……俺とそれほど変わらない。
この時代、年齢は数え年なので正確には分からないが、少なくとも現代であれば高校生にはなっている歳なのだ。
現に、彼女と同じ歳の生まれで、もう何人も嫁入りしている娘がこの村にもいるという。
そんな彼女が俺の背中を流す様は、とにかく丁寧だ。
優里の時もそう思ったが、例えるならば優里は優しく、少し遠慮がちだった。
波美の時は、豪快というか、大胆だった。
それに対して、葉菜は、この前の大猪との戦いで付いた背中の傷を避けるように、そして肩から腕に伸びるテーピングに触れないように、指先を使って丁寧に洗ってくれるのだ。
途中、泣き声になりながら、
「……私が臆病だったから、こんなに傷ついて……」
とか言われたら……そんな事無い、これも修行になったから、と優しく言ってあげる他ない。
あと、
「こんなに気が利く女の子だったら良い嫁さんになるよ」
とも言ったのだが、
「それって、沖田様の、という意味ですか?」
と真顔で尋ねられ……俺とはあと数日で会えなくなる、けど、きっともっといい人が見つかるから、と慰めたものの……結局また泣かれてしまった。
波美も葉菜も、泣き虫だ。
たぶん、優里もそうなんだろうな……。
その後、風呂から出るとき、偶然、一瞬だけ腰巻きが外れた彼女の生まれたままの姿を見て、ドキッとしてしまった。
さすがに彼女は恥ずかしそうにしていたが……もしわざとだとしたら、やっぱり葉菜、小悪魔の才能があるのかもしれない。
期せずして三姉妹と事実上の見合い、そして混浴を果たした俺は、しかし、その喜びよりも別の感情を抱くようになっていた。
彼女たちに会えなくなることが、辛くなってきた……。
その夜……現代に帰った俺は、まだ俺の部屋にいた自称神の化身(見た目は白い子猫)・エルに、ダメだろうとは思いながら、ゲートの設置延長を頼んでみた。
「それはダメだニャ。でも、そんなに彼女たちと別れたくないなら、方法はあるニャ。リスクはあるけど」
「えっ、そ、そうなのか? 彼女たちと一緒にいられるのなら多少のリスクは……」
「簡単な事だニャ。ゲートが閉じても、向こうの世界に残っていればいいニャ」
「……それって、現代に永遠に帰って来れない、ってことじゃないのか?」
「その通りだニャ。でも願いは叶うニャ」
……いくらなんでも、それは無茶だ。
現代に生きてきた全てを捨てて、三百年前の世に残る。
それには、いったいどれほどの覚悟が必要なのだろうか……。
だが、それを真剣に考えるだけの出来事が、俺と彼女たちの間に起きてしまうのだった。




