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傷ついた神獣と帝都の片隅の夫婦カフェ  作者: もも


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第14話:世界の輪郭

 商店街を抜けた先は、少し開けた広場だった。


 中央に噴水があり、水が高く吹き上がっている。けれど、それは飲用ではなくただの街の装飾か何かのようだった。周囲のベンチに座る人たちは誰も噴水に目もくれず、腰にぶら下げた小さな瓶を取り出して喉を潤している。


「あの瓶」


 和也が囁いた。


「あれ、きっと水だよね。みんな持ってる」


「流れてる水は、飲める水じゃないんだ」


「ヒヅキ様が言ってた。街の水は人間が作ってるって」


 ひなたは噴水の縁に近づいて、水面を見た。透き通っている。底の石までくっきり見える。けれど、それが綺麗なことが逆に怖かった。この水を綺麗にするために、誰かがどこかで生きたまま働かされている。


 噴水の反対側に、子どもたちが集まっていた。


 そのうちの一人の少年が、足に布を巻いていた。膝のあたりが赤黒く腫れて、巻かれた布の隙間から膿が滲んでいる。少年は笑っているけれど、歩き方がおかしかった。片足を引きずって、でもそれを誰にも言わない。


 ひなたの足が止まった。


「ひなちゃん」


 和也の声が低くなった。


「見えてる」


「うん」


「でも、あの子は俺たちの魔法の対象じゃない」


「わかってる」


 ひなたは少年の足をしばらく見ていた。膿の色も腫れの広がりも、正確に拾っていた。ただ、それだけだった。胸のどこにも波は立たず、手を伸ばしたいとも思わない。


 昔はこうではなかった。誰かの痛みを見れば自分まで痛んだ。その代わりに心が壊れた。今は見えるだけだ。見えて、わかって、そして通り過ぎることができる。


 それが自分を守るためにできた線なのだと、ひなたはもう知っている。


「行こう」


 ひなたが言うと、和也は何も言わずに頷いた。繋いだ手は温かいままだった。この人も自分と同じ場所に線を引く人だった。


 広場の脇に薬屋があった。ガラス戸の向こうに小さな瓶が整然と並んでいる。値札を見て、ひなたは思わず声を出しかけた。消毒液と書かれた小瓶一本に、さっきの砂糖が山ほど買える値段がついていた。


「高い」


「砂糖は安いのにね」


「消毒液が贅沢品なんだ」


 ひなたの中で、この世界の輪郭が少しだけはっきりしてきた。甘いものは安く、衛生面は高い。命に関わるものほど遠い。




 帰り道、広場の端で和也がふと立ち止まった。


「どうしたの」


「いや」


 和也は遠くを見ていた。広場の向こう、大通りの先に、石造りの駅舎が見える。その上空には、昨日見たのと同じ細長い車体がゆっくりと降りてきて、改札の前で止まった。


 扉が開いて、人が降りる。人が乗る。ざわめきと靴音と、呼び込みの声。


 改札の脇には、見慣れない機械が据えられていた。鉄の枠に丸いガラスが嵌まった、奇妙な門。そこを通る人たちが、一人ずつ淡い光に照らされている。


「あれが」


「たぶん」


 ひなたは息を詰めて見つめた。光に包まれた乗客が通り抜けるたびに、小さな電子音が鳴った。一つ、また一つ。そのたびに誰も立ち止まらず、誰も振り返らない。その中のどれかが鳴り方を変えるのだろうか。


 しばらくして、和也がそっと言った。


「帰ろう」


「うん」


 左手の指輪が、かすかに触れた。その銀の輪はひんやりしていて、なぜか少しだけ心強かった。


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