↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傷ついた神獣と帝都の片隅の夫婦カフェ  作者: もも


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/33

第13話:商店街

 門を出ると、煉瓦敷きの道が左右に伸びていた。


 昼前の光が建物の壁を白く照らしている。昨日の夕暮れとは別の街のように見えた。空には浮き灯りが残っていて、昼間の光の中では色の薄い硝子玉みたいにふわりと浮かんでいる。


「右」


 和也が目を閉じて言った。


「商店街は右に五百メートルくらい。危ないものは今のところ感じない」


「頭の中の地図って、そんなにはっきり見えるの」


「見えるっていうより、知ってる感じ。ここを曲がれば何があるって、最初から知ってたみたいな」


「私の料理と同じだね」


「ほんとだ」


 並んで歩き出した。ひなたは自然と和也の手を取ると、和也が一瞬だけ目を丸くして、それから嬉しそうに指を絡めた。


 道の両側には洋館と木造の家が混ざって並んでいた。洋館の窓は縦に細長く、ガラスの向こうで薄いレースのカーテンが揺れている。木造の家の軒先には提灯がぶら下がっていて、その下を着物姿の老人がゆっくり通っていく。洋装の女性とすれ違った。帽子に羽根飾りがついている。袴姿の少女が三人、本を抱えて笑いながら走っていった。


「すごい。本当に大正だ」


「大正って学校で習ったくらいしか知らないけど、こういう感じだよね」


「写真で見た街が動いてる」


 ひなたはつい足を止めて見入ってしまった。そのまま路地の奥にふらふらと入りかけ、手を引かれて戻された。


「そっちじゃない」


「ごめん」


「地図があるから大丈夫」


「頼りにしてる」


 和也が少し得意そうに笑った。


 商店街に入ると空気が変わった。


 人の声と物の匂いが、いっぺんに押し寄せてくる。八百屋の店先には積まれた大根とかぶと里芋。魚屋の台には氷もなく魚が並べられていて、その上を蠅が飛んでいる。肉屋の軒には皮のついた肉の塊が吊るされ、店先の地面には薄く血の色が染みていた。


 ひなたは無意識に息を止めた。


 目が、勝手に動いていた。魚の目の濁り方。肉の切り口の色。包丁とまな板を拭く布が灰色に汚れていること。店主が手を洗わずに釣り銭を渡し、そのまま魚を掴んでいること。


「ひなちゃん」


「うん」


「顔、怖い」


「ごめん。つい」


「ここは買わない?」


「買わない」


 ひなたは即答した。


「あの子たちのごはんは取り寄せがあるし、私たちの分もある。ここで買う理由がない」


 言いながら、買い物客たちの顔を見た。みんな普通に笑っていた。魚を包んでもらい、肉を量ってもらい、そのまま持ち帰っていく。それが当たり前の日常なのだ。ひなたの胸に、自分の中の線がもう一本、静かに引かれた。


 あれは、あの人たちの暮らし。


 私が手を出す場所ではない。


 そう言い聞かせるまでもなく、心はすでに静かだった。それを冷たいと思う自分も、もう驚かなかった。


「あそこ、塩と砂糖を売ってる」


 和也が指さした先に、小さな乾物屋があった。軒先に麻袋が並び、白い粉が山のように盛られている。


「いらっしゃい」


 腰の曲がった女将が奥から顔を出した。


「砂糖と塩を見せてもらえますか」


「あいよ。砂糖は一斤でこれだけ」


 提示された値段を聞いて、ひなたは目を瞬いた。思っていたよりずっと安かった。


「安い」


「そりゃ安いさ。砂糖と塩だけはどこの家にもあるもんだよ。お嬢さん、新しい人かい」


「最近こちらに」


「そうかい。ならこれを持ってお行き。ここのは混じりっけなしだ」


 麻袋にたっぷり砂糖を詰めてもらうと、ひなたは紙幣を払った。この世界のお金は昨夜のうちにアイテムボックスに入っていた。和也が袋を持ち上げて、ひなたの顔を覗き込んだ。


「ひなちゃん、嬉しそう」


「だって砂糖だよ。お菓子が作れる」


「うん。俺も嬉しい」


 隣の店で卵を売っていた。籠の中に茶色い卵がぎっしり詰まっていて、女将が一つひとつ布で拭いている。ひなたは籠を覗き込んだ。殻にひびはない。ぬめりもない。


「これは買えそう」


「ギリギリ?」


「うん、ギリギリ」


 自分でもおかしな言い方だと思った。それでも十個ほど買って、帰ったらよく洗うことにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。