第12話:プリン作り
翌朝、一番に台所へ立ったのは和也のほうだった。
「ひなちゃんは座ってて。今日は俺が卵割る」
「プリンの卵は割り方で口当たりが変わるよ」
「じゃあ見てて」
見ていてと言った割に、和也の手つきは危なっかしかった。ボウルの縁にこつんと当てたはずの卵が、思わぬ方向にひびを入れ、殻が白身の中に沈んでいく。
「あ」
「貸して」
ひなたが指先で殻をすくうと、和也はばつの悪そうな顔で肩をすくめた。
「俺は食べる係でいいや」
「最初からそのつもりでしょ」
「バレてた」
牛乳と卵と砂糖。昨夜ネットで取り寄せた材料が、作業台の上に静かに並んでいる。ひなたは小鍋で砂糖を煮詰め始めた。透明だった砂糖が縁から色づいていく。焦げる手前の一秒を、頭が先に教えてくれた。火から下ろして水を少し差すと、ぱちりと音がして甘く苦い匂いが台所いっぱいに広がった。
足元でムギと大福とミルクが三角形に座って、鼻先だけを動かしている。けれど誰も作業台には前足をかけない。匂いに惹かれる顔をしながら、自分の器の置かれた壁際のほうを一度ちらりと見て、またひなたの手元に目を戻した。
「ごめんね。これは人間のおやつ。みんなにはあとでちゃんとあるから」
ひなたが言うと、ムギが短く鼻を鳴らして伏せた。それを見て大福とミルクも並んで伏せた。
蒸し器から立ちのぼる湯気を眺めながら、ひなたは思った。ホテルの厨房では毎日こうして何十個もの菓子を作っていたのに、自分のために焼いたものを誰かが待っている朝は、ずいぶん久しぶりな気がした。
蒸し上がったプリンを粗熱が取れるまで置き、冷蔵庫に入れる。
「帰ってきたら食べられるよ」
「楽しみすぎて、出かけたくなくなってきた」
「ならやめる?」
「行く。ひなちゃんのプリンが待ってると思えば何だって歩ける」
「大げさ」
玄関を出る前に、ひなたは犬たちを庭で遊ばせた。柵に囲われた広い芝の上を、大福がボールを追いかけて転がり、ミルクが追い越し、ムギは二匹が行き過ぎるたびに少し離れた場所から見守っている。三十分ほど走らせて水を飲ませ、疲れた体をリビングに戻すと、三匹とも日だまりに倒れ込んで動かなくなった。
階段の上では猫たちがその様子を見下ろしている。檸檬が手すりの隙間から顔を出し、ひなたと目が合うと一度だけ瞬きをした。
「行ってくるね。すぐ戻るから」
今度は檸檬も降りてこなかった。昨日のように足首にしがみついたりしない。ただじっと見送って、それからゆっくり尻尾を巻いた。ひなたは扉の前で一度だけ振り返ってから、二重の扉を閉めた。




