第11話:はじめての夜
「ひなちゃん。猫砂どうする」
ひなたは固まった。
「あ」
「いろいろあり過ぎて、忘れてた? 買いに行く途中だったんだよ。そのまま落ちたから」
猫のトイレの砂は前の家から持ってきたぶんでは数日もたない。階段の上を見上げると猫たちが何も知らない顔で寝転がっている。
「ネットショッピングできるんだよね」
ひなたは、ポケットからスマホを取り出した。画面には、これまでなかった小さなアイコンが増えていた。買い物かごの絵。タップすると、見慣れた通販サイトによく似た画面が開いた。
検索欄に猫砂と打ち込む。いつも使っていたメーカーの名前がずらりと並んだ。
「あった」
「ほんとにあるんだ」
商品を選んでかごに入れた。お届け先の欄に「アイテムボックス」と表示されている。決済は預金から引かれるらしい。残高の数字が前の家で見ていたものと同じだった。
購入ボタンを押す。
数秒後に和也が声を上げた。
「入ってる。箱の中に」
「ほんとに」
「猫砂六袋」
「二袋でよかったんだけど」
「ひなちゃんが六袋って押したんだよ」
「あ」
画面を見返すと数量の欄が六になっていた。慣れない指がずれたらしい。ひなたは頭を抱えた。
「ごめん」
「いいよ。猫たちはどうせ減らす」
「そういう問題じゃなくて」
「余ったらまた使えばいいし。時間も止まるから湿気る心配もないし」
「前向きすぎる」
「ひなちゃんが落ち込むより全然いい」
それでもひなたはもう一度画面を開いた。ほかのタブをスクロールしていくと、牛乳や卵や砂糖や小麦粉まで揃っていた。プリンの材料もあった。
「ねえ、和くん」
「うん」
「明日プリン作ろうか」
和也の顔がぱっと明るくなった。
「いいの」
「約束してたもんね」
「うん」
返事の声が少しだけ弾んでいた。ひなたはスマホの画面を見つめたまま小さく笑った。
寝る前にもう一度二階をのぞくと猫たちは窓際の日だまりのあとの暗がりに集まって丸くなっていた。ももとゆずが並び、檸檬たちが身を寄せ合っている。あんずだけは、かごの端でひなたを見ていた。
「おやすみ」
あんずは瞬きをひとつして顎を前足に乗せた。
階段を降りると下では、ムギが廊下の真ん中に座って待っていた。大福とミルクはリビングの隅で折り重なって、もう眠っている。ムギだけが起きてひなたたちを見ていた。
「ムギは寝ないの」
近づくと額が膝に当たった。それから先に、寝室の方へ歩き出して階段の下で振り向いた。
「ついてきてくれるの」
「いつもそうだよね」
和也が肩をすくめた。ひなたは廊下の灯りを落とした。窓の外で浮き灯りがゆっくり揺れている。
ベッドに入ると和也が腕を回してきた。
「ひなちゃん」
「ん」
「明日、商店街見に行こう」
「地図があるから?」
「そう。危ないとこがないか俺が先に見る」
「うん。お願い」
ひなたは目を閉じた。
見知らぬ街の夜なのに驚くほど静かだった。
お読みいただきありがとうございました。
もし良ければブックマークと評価ポイントをつけていただけると、とても励みになります。




