第九回 魔法杖の選び方について
26/11/2 下書きのまま掲載していたので修正いたしました。ゴメンナサイ。
「ヒロさん、相部屋のお相手はどんな方でしたかあ?仲良くできそうです?」
「うーん、発情期の猿だった」
「は、はつ……………えええ???」
「部屋の掃除は進んでやってくれるからいいけど、なにかと騒がしいし、スケベだし、研究室の物置きの方が落ち着けたな………」
「未練がましいことを宣っても遅い。フゴフゴ。キミに貸していたあの部屋は今後本格的に始まる帰還魔術復元に使用する実験室に改良する予定だ。キミに貸せる部屋はもうないフゴ。大人しく猿と仲良くしたまえフゴゴ…」
ヒロ、ディナ、メイルゥの三人は街へ出ていた。
その日の朝に入学祝いだと言ってレアリスから渡されたいくらかの金銭は、この世界においてどれほどの価値なのか分からないものの、どうやら入学の準備にかかる一般的な諸費用は十分に賄える額らしかった。三人はその予算で今後ヒロがアカデミーで使っていく魔法杖を購入するために専門店へ向かっている。ディナには行きつけだという店の紹介を、メイルゥには今回の支払いと今後の予算の管理を頼み、二人を連れ立った。
今回も例に漏れず人嫌いなディナへの配慮から、転送陣を介して目的地を目指していた。それでも多少の人目は免れない。以前の惨劇を聞いたらしいメイルゥは少しでもディナが安心して外を出歩けるようにと、どこから調達したのか知れないペストマスクをディナに与えた。顔が隠れるからなのか、はたまた視界が不明瞭になるからなのか、たまに通行人とすれ違う程度の人通りであれば平静を保てるようだ。
背丈に似合わない大仰なとんがり帽子に白のドレス衣装。厳かな白銀の杖。そしてペストマスク。
格好としてさすがに奇異すぎるのではないかと思ったが、その予想とは裏腹に通行人が通りかかっても少し視線を向けられるだけで特段反応はされなかった。
後にその理由についてディナに聞いてみたところ、魔術を使う医療従事者にそういう格好をすることがあるとのことだった。
「フゴッ。着いたぞ、この店だ」
通りの一角にあるその店の軒先には、「ルジーニ魔法具工房」と書かれた看板が建っていた。
いつかヒロがメイルゥと買い出しに出かけたときに見かけた店だ。そのときは読み上げるのもたどたどしかったが、今では目に入っただけですっと読み方が頭に入ってくる。
ディナは先頭に立ち、店のガラス扉を勢いよく開けた。それと同時にからんと真鍮のドアベルが乾いた音を鳴らす。
「フゴゴ高き叡智の大魔術ゴフゴッッッ!!!」
ドアベルの音をかき消すようにディナが叫んだ。
ヒロとメイルゥも続いて中に入る。
店の中には大小様々な魔法杖が並んでいた。ディナの杖のように金属製で装飾が施されたものもあれば、大木の枝をそのまま削り出したような無骨な木の杖も見られる。
魔法具工房というだけに、取り扱っているのは杖だけではないようだ。表面に魔法陣や紋章のような意匠が施された剣や盾、ゼスタの荷物で見たような魔術で動作する生活用品が並ぶ売り場などもある。
「お〜。どこのお医者様かと思ったら、その口上は誉れのガキじゃねえの。久方ぶりだな」
低いしゃがれ声のする方へ目を向けると、ふくよかな丸顔の中年男性が店奥のカウンターでだらしなく煙草をふかしていた。
「いつぶりだ。三、四年経つか?可哀想に。やっぱりあれから背は伸びなかったみてえだな」
「キミも相変わらず不健康そうで何よりだフゴ。私は人混みが嫌いだからキミが早死にしても葬儀には出てやらんからね。いや、そもそもキミを弔ってくれる友人はそういやしないフゴか」
「ウェッヘッヘ!また一段と口が悪くなりやがったなこのクソガキ」
「フゴッゴッゴッゴ」
中年男性の汚い笑い声と一緒になって、ディナもペストマスクの奥で笑っているようだ。物々しいかけ合いだったが、この様子だとどうやら二人は気が合うらしい。
ディナはひとしきり笑い終えると、さすがに苦しくなったのかペストマスクを外した。
「ぷはー。暑い。………紹介しよう。彼はルジーニ。性格と健康状態は最悪だが、この街でも指折りの腕を持つ魔法具職人だ」
ぱたぱたと顔を手で仰ぐと、中年男性の方に杖の頭を差し向けながらヒロに言った。
「はあ、どうも………………いやていうか助手って」
「なあんだクソガキ?男なんて連れやがって。しばらく見ねえ間に色気付いたか?」
「彼は私の下で働く権利を手にした幸運なる助手だ。名をヒロという。彼に魔法杖を見繕ってやってくれたまえ」
了承した覚えはなかったはずだが、ディナの認識では既にそのようになっているらしい。
ディナの話を聞いたルジーニは、さっそくヒロを舐め回すように観察した。
「おいおい冗談か?こんなしょっぺえ魔力の小僧が使う杖なんてなんだっていいだろうがよ」
「あろうことか彼はそのしょっぱい魔力でアカデミーに入学することになった。私もどうかと思っている。しかし非常に不本意ではあるが、彼の師である以上面倒を見てやるのが私の務めだ。彼の魔力に見合った杖を用意してもらいたい」
当然、師弟関係になった覚えもない。
ルジーニは煙交じりのため息をつく。渋々といった様子でカウンターの奥の別室へ向かうと、綿布の包みを持って戻ってきた。
「新入生の一本目ならワンドでいいだろ。魔力がしょっぺえならなおさらだ」
ルジーニが包みをカウンターの上に広げると、それは数本の小さい棒形の杖だった。以前ヒロが【着火】の練習をしたときにディナから借りていた指し棒型の杖の形状に近い。材質や長さはそれぞれ違うが、大体どれも15〜30センチほどだ。
「ワンドって?」
「ああ?ワンドっつーのはこんぐらいのサイズの魔法杖のことだよ。なんだなんも知らねえのか坊主」
「へー、大きさで種類が分かれてるんだ。大きさが違うと何が変わるの?」
「そりゃあお前、持ち運びやすさとか性能も違ぇだろうよ」
「性能って?」
「そりゃあ…………………って、面倒臭ぇぞ小僧。大人しく勧められたもん買っとけばいいだろがよ」
「まずは魔法杖の機能について明確にしておくべきだろう」
ヒロの質問攻めにルジーニが匙を投げると、ディナが回答役を引き継いだ。一同がディナに顔を向けると、そのまま説明を続ける。
「魔法杖には魔力の出力調整と指向制御を補助する機能がある。理論上、魔術は杖なしでも行使することができるが、それには繊細な魔力制御技術を要する。それを容易にするのが杖の役割だ。手が塞がるくらいしかデメリットもないし、現代で魔術師が杖を持たない理由はないだろう」
「なんとなく魔術師は杖持ってるイメージあったけど、そんなちゃんとした理由があったのか」
「ルジーニが言った性能の違いとは、制御する魔力の強さや性質に対する適性のことだ。杖によって強い出力を扱うのに優れたものもあれば、逆に弱い出力を扱うのに優れたものもある。自分の魔力に適した杖を選ぶことがセオリーだが、とりわけ魔力量、出力共に乏しいキミに至っては、このワンドが望ましいということだね」
「ふうん………。ワンドがいわゆる弱い出力を扱うのに優れた杖ってこと?」
「正確に言えば、弱い出力に限るわけではない。ワンドは比較的幅広い型が存在する。しかし、ワンドよりも大きい杖は得てしてサイズが大きくなるほど高い出力を想定して設計されている傾向がある。その分値も張るし、キミのような魔力弱者が杖を選ぶなら、実用性と価格を考慮してワンドを選択するのが合理的ということだ」
「杖うんぬんよりも魔力弱者なんて辛辣な言葉がこの世界に存在していることが衝撃だ」
「それから肝心なのは、オート型とマニュアル型だ」
「はあ。オートとマニュアル………。なんか急に車みたいになってきたな」
「車?…………まあよい。魔法杖はサイズを問わず、オート型とマニュアル型という二種類に分類される。杖の機能に挙げた出力調整は、魔力を収束及び分散させることで、その出力を補正するものだ。これにより使用する術式が要求する適正出力に近付けることができる。その補正を自動で行うのがオート型。使用者自身が杖の補正率を操作するのがマニュアル型だ」
「なるほど……………いやでも、術って一つじゃないでしょ?術によって求められる出力が違って、それに対応する出力に補正するのがオート型の杖だとしたら、杖はどうやって補正先の出力を決めてるの?杖がその時々で使う術を識別しなきゃいけなくない?コンピュータが搭載されてるわけでもないよね?」
「なかなか目ざといではないか助手。"こんぴうた"なるものについては私の深遠なる知識の範疇には無いが、その疑問は明らかにしておこうか」
「………………はぁ〜あ、いつまで続けるつもりだこのガキども。………おいメイドの姉ちゃん、よかったら新作の魔導タマゴ割り機見ていかねえか。どうせ長いだろコレ」
ディナとヒロが脇目も振らず魔法杖解説講座を繰り広げる傍らで、しばらく退屈げに事を静観していたルジーニだったが、痺れを切らしたのか、二人の背後で大人しくその様子を見守っていたメイルゥに標的を定めたように声をかけた。
「わああ、いいんですかあ?是非お願いします!」
ルジーニはメイルゥを連れてカウンター奥の階段から通じる階上に向かった。それを気にする素振りもなく、ディナは解説を続ける。
「オート型は、術ひとつひとつを識別してその適正値に合わせるわけではない。杖のモデルごとに基準出力が設定されていて、あくまでその前後の一定範囲に収まるよう補正をかけるという仕組みだ」
「ふーん………、基準を決めることでそれに近い適正値の術を使いやすくする感じ、ってことでいいのかな」
「オート型は基準範囲に収まるよう強制的に補正が働く。そのため正確には、その基準範囲に適した術を安定して使い易くする代わりに、大きく異なる出力を要求するような基準範囲外の術には対応できなくなると考えたほうがよいだろう」
「うーん、なんか聞いている限りだと使いづらそうだけどな」
「とはいえキミもそのオート型の杖で魔術を発動させたわけだ。恩恵は身をもって経験したはずだがね」
「【着火】をやったときに使ったあの棒?そっか、たしかによく考えたらあれも杖だよな………。あれもオート型なんだ。あのときも、あの棒みたいな杖が自動で補正してくれていたってこと?」
「そう、あれは【着火】を始めとする家庭用下級魔術を対象としたオート型ワンドだ。キミの言う通り、キミの薄弱な魔力を収束させて【着火】の適正出力を満たせるよう尽力してやっていたわけだね」
「あれ結構ふんばって出してたんだけど、それでも補正がなかったら火の一つもつけられなかったのか、俺………」
「キミの不甲斐無さについては私の知るところではない。今はオート型の有用性に着目してもらいたかったのだが?」
「あ、はい………。とても助かったと思います」
「よろしい。では、ここまでの説明を聞いてオート型のメリット、デメリットについて整理できるかね」
「えっと、まずメリットで言うと、初心者でもその基準範囲内の術が使いやすくなるっていうこと?だよね。デメリットは、むしろ範囲内の術しか使えないことが不便、ってこと?」
「良いだろう。一般魔術の普及が進み、今や家庭や職業でも一般人が魔術を扱う時代。個人によって出せる魔力も異なる中で魔術が普及したのは、このオート型魔法杖による功績が大きいと言える。特に【着火】や【加熱】、【浮遊】といった日常生活でも役立つ下級魔術を基準範囲としたオート型は、どこの家庭にも一本はあるものだ」
「だがしかし、その一方で戦闘を行う職業魔術師や私のような研究者にとっては、下級魔術ないし上級魔術しか使えない杖では困る。【着火】を使うこともあれば【滅却炉】を使うことだってあり得る。そこで有効であるのが、補正率を手動で制御できる『マニュアル型』というわけだ」
「なんかすごく物々しい術の名前に一瞬気を取られたけど、大体理解できたと思う。つまりある程度決まった術しか使わないアマチュア向けか、いろんな術を使うプロ向けかみたいなことか」
「ここまで解れば、キミがどちらの杖を選べばよいかはもう明らかだろう」
「マニュアル型だね。学習目的で杖を使うわけだから、色々な術に対応できた方がいいということだ」
「………………」
「え?違うの?」
「残念ながらキミは二つ大きな勘違いをしている」
「……………なんでしょう」
「一つは、たかだかアカデミー四年間の教育課程で取り扱う程度の術なぞ、二年置きに安価なオート型を一本ずつ用意しておけば事足りるということ」
「いやそんな事情知らないし……」
「二つは、魔力が薄弱なキミの場合、自動型でもマニュアル型でも使える術の数はさほど変わらないということ」
「………それはなんで?」
「いくら魔法杖が出力を補正してくれるとはいえ、それには限度がある。杖は足りない魔力を無から生成して補填するわけではない。あくまでも魔力を収束させ、マナへの瞬間的な干渉力を高めるだけだ。キミ自身の魔力量も出力も乏しい以上、マニュアル型で調整の幅を広げたところで基本的な中級以上の魔術を使うことはいずれにしても困難だ」
「以上を総括すると、キミはマニュアル型を使っても得られるメリットが皆無だ。むしろ補正率操作という余計な手間が増えるだけ。したがってキミが選ぶべきなのはオート型だ」
「………なんだろうこの感じは。有益な意見を貰っているはずなのに心なしか胸が痛い」
「無理もないだろう。『キミのしょっぱい魔力ではどちらを選んでも大差ないから大人しく低級魔術で遊んでいろ』と言ったようなものと同じだからね」
「おい嘘だろ、自覚ある上にわざわざ言い直してきやがった………」
「まあ戯言はよしとして、杖の解説も概ね済んだことだ。そろそろキミの杖を選別するとしようかね」
ディナはカウンターに並ぶワンドを物色し始めた。
その内の一本に手を伸ばしたところで、
「や、やめてくださいっルジーニさあん!」
上階から緊迫したメイルゥの叫び声が聞こえた。
「………………い、今の声は、メイルゥ………?」
「ああ、そういえば少し前にルジーニがメイルゥを連れて二階へ上がっていったな。魔導なんとかをなんとかかんとかしないかなどと言って」
「もはやそれは何も覚えていないに等しいけど、ともかく怪しい。……………行ってみよう」
ヒロは不吉な予感を覚え、急いで二階へ向かった。
「お願いですから、もうやめてくださいっ!」
階段を駆け上る。その途中でもメイルゥの緊迫した悲鳴が聞こえた。ヒロはその声が聞こえた廊下奥の部屋に向かって力の限り走った。
部屋の前に着くと、一瞬の躊躇いを感じながらも一思いにその扉を蹴破った。
「メ……メイルゥ!」
扉の先には予想だにしない光景が広がっていた。
「ヒ、ヒロさあん!助けてください………!ルジーニさんが………………ルジーニさんが魔導タマゴ割り機でタマゴを割り続けて止まらないんです………ッ!」
「ウェッヘッヘッヘ!ほれ見ろ、タマゴを割るスピードは自己ベスト更新の毎秒12.38個!記録的なスピードと防護術式による完全な内部破損事故防止設計を両立させた自慢のベビィだぜぇ!」
「もうやめて………やめてください!凄いのわかりましたからあッ!」
部屋の中央にはガトリング砲のような形状の機体が設置されている。傍らのタンクらしき物から伸びたレールを通じて卵が高速で送り込まれると、機体内部では通過したタマゴが魔術か何かで次々と殻を剥がされている。そしてその先の銃口から目まぐるしく卵の中身が射出され、部屋の奥にある巨大な金属製のたらいの中に撃ち込まれていた。
ルジーニは恍惚な表情を浮かべながら一心不乱にその魔導タマゴ割り機とやらを操縦している。
メイルゥはその側で力無くへたり込み、泣きべそをかいていた。
「…………………えっ、…………えぇ?」
その異様で理解の範疇を超えた光景に、ヒロは開け放った扉の前で言葉を失い立ち尽くすことしかできなかった。
「ほう、これはまた大層ながらくたを作り上げたものだね」
遅れてやってきたディナがヒロの脇からその様子を覗いて言った。
「ディナ…………これは一体……?」
「ルジーニにはこうして無益な魔法具を作っては他人に見せびらかすという悪癖があってね。工学科出の職人にはこういった頭の捻子が飛んだ者は少なくないが、中でも彼は札付きだよ。まあ得てしてそういう者に限って腕が立つのだがね」
「そうなんだ。………………あの卵どうするんだろう」
「せっかくだし帰り少し貰っていくとしようか。キミも夕食は研究室で食べたまえ。今宵はスペシャルデラックスタマゴパーティと洒落込もうではないか」
* * *
騒動はルジーニが卵を使い切ったことで終息した。
その後ヒロはいくつかの自動型ワンドを試し、その中で最も手に馴染んだものを選んだ。
それはなんの装飾もない、真鍮製の芯に木の持ち手が取り付けられたシンプルなものだった。強いて言えば、一週間を共にしていたディナの指し棒型の魔法杖の使用感に一番近しかったことが選ぶ決め手となった。
「ういーす。良いの買えたー?」
研究室でスペシャルデラックスタマゴパーティなる夕食会を終えたヒロが寮室に戻ると、ベッドの上でだらしなく雑誌を読んでいるゼスタが気怠げな挨拶でヒロの帰りを迎えた。
「自動型のワンドにした」
ヒロは買ったばかりの杖を懐から取り出してゼスタに向ける。
ゼスタは雑誌から目を上げ、その杖に目をやった。
「………ふーん。こりゃまた地味なの選んだね。せっかくの入学杖なんだからもっと目立ってイカすやつにすりゃよかったのに」
(まあ、たしかにこいつは見た目で決めそうだ。人によって選び方も違うんだろうな……)
「あ、そうだ。なあなあ知ってる?杖でそのコのエロさが分かるって話!」
「へー。気持ち悪いね」
「デッケー杖を持ってる女のコほどエッチなんだってよ!やばくね?」
「………………いや、ちょっと待って。大きい杖ほど強い魔力を扱うのが得意なんだよね。だったら性欲の強さが表れるのは杖というより魔力っていうことなんじゃ?」
ゼスタのくだらない迷信に最初こそ軽蔑の目を向けるヒロだったが、はっと閃いたような反応をすると、途端に真面目な表情で追求しだした。
「…………うわお前、マジかよ。もしかして天才?それがガチなら、エッチなのに小さい杖を使ってるムッツリガールも暴き出せるじゃん。ヤベェ、ヤベェよヒロ………」
「分からない。でも魔力の高さが生殖本能と深く関わっているみたいな可能性はありそうだ。…………ディナなら何かそういう話を知ってるだろうか」
「成程、良い目の付け所だと言えよう。たしかに興味深い話ではあるフゴが、今のところ先天的な魔力の高さと生殖本能の因果関係を結びつける学術的な根拠は証明されていないフゴ。俗説止まりといったところだな。…………フゴッ」
「そうなんだ。でも証明ができていないだけで可能性は捨てきれないってことだよね…………………………フゴ?」
当然のように帰ってきた、聞き馴染みのあるあの大仰な口調の少女の声。あまりに自然に会話に入ってきたため、ヒロはその違和感に気が付くのにしばらくの間を要した。
声がした背後を振り向くと、寮室の入り口にはディナの姿があった。ペストマスクを付け、手には何やら荷物を抱えている。
ペストマスクを外すと、心底不機嫌そうな表情を見せた。
「………………えっ、なんで?いつから?…………いやそもそもここ男子寮………………ええ?」
「やれやれ、落ち着きたまえ愚鈍なる助手よ。この誉れ高き叡智の大魔術師が直々に忘れ物を届けにきてやったのだ。まずは感謝と畏敬にその身を震わすべきではないかね」
そう言うとディナは小さな小包を渡してきた。
中に入っているのはいくらかの硬貨。レアリスから貰った金銭はメイルゥに預けたが、その内のいくらかは日常生活で使うためにヒロが持っておくべきだと話していたところだった。どうやらそれを研究室に忘れていったらしい。
ヒロが小包を受け取り中身を確認していると、その間にディナは寮室の中へ入っていった。ゼスタは上体を起こすと、怯えた様子で後ずさった。夜更けに謎の少女が突然自室に侵入してきたのだ。無理もない。
ディナは気にも止めず、小脇に抱えていた丸めた模造紙を開くと、それを部屋の壁に画鋲で貼り付け始めた。
「ええと………何をしているのでしょうか」
「見れば解るだろう。研究室に通じる転送陣を設置している。キミのためにわざわざ用意するのも億劫だと思っていたが、今回のように私がキミに用があることもあるかもしれないからね。なあに案ずるな。この陣は私とキミ以外には使えぬよう術式に対象限定を組み込ませてある。発情期の猿が勝手に使うことはないから安心したまえ」
「はぁ…………………ていうか、よく一人で来れたね。いくら夜中とはいえ、普通に人いたでしょ」
「あらかじめアカデミー内の各所に設置してある転送陣を経由して来た。とはいえ男子寮などには用も無いし転送陣を置いてないからね。この部屋までは歩かざるを得なかったが、休暇期間や入学式前なこともあってか幸い人には出くわさなかった」
「にしたって無茶でしょ。いくらマスク着けたって人通りが多かったら青ざめて動けなくなってたじゃんか」
「私だって好きでこんなことするものか。メイルゥが顔を赤らめて『男子寮は怖いですう〜』などと宣い私に押し付けてきたのだ。まったく本当に世話の焼ける使用人だよ」
ディナはぶつくさ言いながら作業を続けていた。
やがて、呆気に取られていたゼスタがようやく口を開いた。
「なっ、ななななんなのこれ。おいヒロ、誰だよこの美少女!カノジョ?カノジョか………!?お前オレに内緒でやることやってたのかよッ!?」
「ええと…………こいつはディナ。アカデミーの教授、らしい。彼女とかではない」
「教授だぁ?こんなチンチクリンのヘンテコ教授がいてたまるかよ!ごまかすならもうちょっとマトモな嘘つけって」
「……………」
動揺するゼスタには気にも止めないディナだったが、彼の罵倒が癪に触ったのか、作業の手を止めるとぎろりと彼を睨んだ。
壁に立てかけていた白銀の杖に手を伸ばすと、それをゼスタに向ける。杖の頭が青白い白光を帯びると、一瞬のうちにぱちぱちと火花が散ったような音を立てながらゼスタの身体に電流が流れた。飛び跳ねながら絶叫している。
「あばばばびゃびゃびゃびゃ」
「この私に向かってよく言えたものだな。無礼者が。口を慎みたまえ」
飛び跳ねたゼスタの身体がばたりとベッドの上に落ちた。みっともない体勢で涙を流している。
ディナは何事も無かったかのように作業に戻った。
それなりに大きい模造紙は、背伸びをしてやっと取り付けられたようだった。
「………………よしできた。転送陣も貼ったし私はもう帰る。さらば」
そう言い残すと、ディナはそのまま壁に貼り終えた転送陣の光に包まれて消えた。
突然静かになった室内で、ヒロはその転送陣を眺めて呆然としていた。
「…………………えっ、ちょっと待って。これプライバシーなくない?あいついつでも入ってこれるじゃん」
「ヒロぉおぉ…………」
背後からゼスタの弱々しい呼び声が聞こえてきた。
振り返るとゼスタは未だにベッドの上で情けなく倒れ伏して泣いている。
「今の見たかよぉ………」
「あ、ああ。災難だったというか、自業自得というか」
「そうじゃなくて……」
「………?」
「あのコの杖、めちゃくちゃデカかったぞ。あれってやっぱり、そういうことなのかなぁ………?」
「お、お前…………」
痛々しい姿になってさえ俗説のことを考えていたゼスタに、ヒロはいっそ感心すらしていた。




