第八回 異世界の同居人について
レノルドの案内のおかげで、ヒロは無事に寮舎に辿り着くことができた。
寮舎は学年ごとに階層が分かれている。そしてそれぞれの階層で階段ホールを挟み男女で区画が分けられている造りのようだ。一年生の男子寮の入り口前に到着すると、そこでレノルドは立ち止まった。
「ここまで来ればもう大丈夫かな」
「はい。助かりました、ありがとうございます」
「構わないよ。ヘーン・キョーの出身ともなれば右も左も分からなくて当然さ。アルトニアに来るだけでも凄いのに、その上アカデミーに入学なんて十分大したものだよ」
「あはは………どうも」
「困ったことがあったらいつでも相談に乗るからね。同じ魔術学徒として助け合っていこうじゃないか。それじゃ」
そう言ってレノルドは踵を返した。去り際までも爽やかで、背を向けながらひらひらと片手を振っていた。
(良い人だった。ああいうまともそうな人もこの世界にいるんだな。よかった………)
そんなふうに思いを馳せながら、ヒロは自室となる寮の一室を目指した。
寮舎の中はさながら洋館のような造りだった。廊下には赤い絨毯が敷かれ、均等に並ぶビンテージのシェードが暖かい光で辺りを照らしている。
三桁の数字が刻印された木製の扉を何枚か通り過ぎると、やがて目当ての番号に辿り着く。
「306号室、ここだ」
扉を開けると、そこは十畳ほどの洋室だった。
入り口のすぐ側にある魔法陣が描かれた手のひら大の壁板に手をかざすと、部屋のランプが点灯した。これはディナの研究室にもある、魔術によって作動する照明スイッチだ。
この世界の照明について以前ヒロが興味本位からディナに説明を求めたところ、使用しているのは電気だが、その供給や制御には魔術が組み込まれているとのことだった。詳しい仕組みや構造についてさらに解説を求めたが、理解の範疇を超える専門用語がいくつも飛び交いだしたことでヒロは最後まで聞くことを諦めたのだった。
灯りを付けたことで部屋の様子が鮮明になる。ベッド、デスク、本棚、クローゼット、ソファにスタンドライト。備え付けの家具が一通り揃ったその部屋はホテルの一室を思わせる。研究室の物置きに比べるととても豪勢なものに思えた。
部屋の中へ入ると、入り口手前には簡易的なキッチンがあった。小ぶりな流し台と、鍋一つ置くのがやっとのコンロ。と言ってもそれはヒロの世界のものとは異なるものだ。バーナー部分とゴトクは共通しているが、スイッチなどは見当たらない。これも魔法陣か何かで動作するのだろうと推測はできるが、料理はメイルゥに任せっきりだっただけに、ヒロには使い方が分からなかった。
後ろを振り向くと、入り口側の壁際に小さな洗面台がある。水道に限っては魔術に頼っていないようで、蛇口を捻れば水が出てくる素直な仕組みだ。
ヒロはひとしきり部屋の確認を終えると、メイルゥに用意してもらった着替えや勉強道具が詰められたボストンバッグをベッドに置いて、その横に寝転がった。
大の字の体勢でベッドに体重の全てを預けると、深く息をついた。
(ああ…………ついに……、ついに念願の一人部屋だ…………ッ)
(いや、正確にはあの物置きも一人部屋だった。だけどそもそもあの部屋は急造の客室だったし、それになにより生活自体はディナとメイルゥが一緒だった)
(メイルゥはいいとして………ディナは、ディナはもうダメだあいつは。口を開けば自慢か嫌味しか言わない。それに加えて事あるごとにわがままで人を振り回す。試験勉強では世話になったかもしれないけど、俺の平穏な生活にとって奴はこれ以上ない脅威。こうして離れて一人の時間を過ごせるだけでも今は満足だ………)
(満喫だ。満喫してやる。この一人部屋生活を……………)
ヒロが自分の世界に浸っていると、突然が部屋の扉ががちゃりと音を立てて開いた。
「うーす。………………おっ、アンタがルームメイト?」
部屋に入ってきたのは、ヒロと背丈の変わらない、癖の強い金髪とそばかすが特徴的な少年。と言っても、レノルドやあの階段ホールにいた他の男子生徒たちと比較すると背は低い方なのかもしれない。
着用している濃茶のブレザーと格子柄のスラックスはアカデミーの制服だ。しかしどれも背丈に対して大きめでサイズが合っていない。それどころか、ブレザーは襟を背中側に落としていて、知ってか知らずかまるで現代風のオーバーサイズのアウターのような着こなしになっていた。
手に引いている革張りのキャリーケースは一杯なのだろう。今にもみちみちと音を立てて張り裂けそうなほどに膨れ上がっている。口からは衣服類と思しき中身がはみ出していて、ケースの上には一回り小さな旅行鞄が乗せられ革紐で括られていた。
ヒロのボストンバッグ一つに比べると随分な大荷物だが、実家からこの寮に来ることを考えれば本来それが普通なのだろう。
「あれ、オレなんか間違えてる?アンタ同室でしょ?」
「違うと思います」
ヒロはとりあえず否定してみた。
今になってよくよく見ると部屋にはベッドや机がそれぞれ二つずつあるような気もしたが、きっと何かの間違いだろうと目を逸らす。
「え、マジ?そりゃ悪いね。おくつろぎのところ失礼しましたー」
金髪の少年は素直に聞き入れると、そそくさと部屋を後にする。
しばらくすると、再びドアを開けて部屋に戻ってきた。
「いややっぱここじゃない?ここ306でしょ?」
「お隣ですね」
「あれー?マジか、サンキュー」
そう言って再び出ていくが、今度はすぐに戻ってきた。そのまま迫る勢いで横たわるヒロに詰め寄る。
「いや合ってるじゃん!なにナチュラルに嘘ついてんの!?」
(………やっぱりダメか)
ヒロは諦めたように目を閉じると、少年の喚き声を他所に思考を巡らせた。
(せっかく念願の一人部屋生活を始められると思ったのに、まさか二人部屋だなんて…………。それになんていうか、こいつからは平穏を脅かす人間の臭いがする。軽薄そうだし、服装もふざけてるし、声でかいし)
(やるせない。やっぱり元々こんな異世界に平穏なんかあるはずがなかったんだ。ありがとう、さようなら。俺の短い一人部屋生活………)
「シカトかよ。はぁ〜あ、同部屋が変人とかツイてないわ。…………まいいや。で、アンタ名前は?」
「……………………ヒロです。ヘーン・キョーという島に近付く者を弓矢で攻撃するほど外部との接触を拒み続けた結果数千年単位で文明が遅れていると言われる絶海の孤島から来ました」
ヒロは半ば投げやりになっていた。依然として大の字に寝そべったまま、覚えたての知識を取り入れた自己紹介もとい設定をつらつらと唱える。希望を見失った虚ろな瞳は少年ではなく何もない天井に向けられていた。
「ヘーン………?ふーん、なんかよく分かんないけど凄いね。オレはゼスタ。アルトニア王国ザルガディ総司令を父に持つレバスティエ家の四男だ」
よく分からないのはヒロにとっても同じだった。しかし、ゼスタの語り口が最近どこかで見聞きした誰かの自己紹介同様、嫌に誇らしげだったので、どうやら凄い父親と凄い家柄らしいという憶測はついた。
「まあ留学生相手じゃあ自慢になんないだろうけどね。とりあえず同室仲間として使いっ走りくらいにはしてやってもいーぜ。ありがたく思えよな!」
(最悪だ。こいつも自分を尊大な存在だと思い込んで横柄な態度を取る、ディナと同じタイプの人間だ)
ゼスタは口振りに反して無邪気な笑顔を浮かべながら握手を求めてきたので、ヒロは渋々と上体を起こしその手を取った。
それから挨拶を終えたゼスタは荷解きを始めた。
膨れ上がるほどに一杯のキャリーケースからは、衣類や本、用途がよくわからない生活用品らしき魔法具が次々と取り出される。
ヒロがベッドの上からその様子を眺めていると、ゼスタが無闇矢鱈に荷物を取り出しては辺りに放り投げるので、次第に部屋が散らかっていった。
あまり関わりたくはなかったが、さすがに看過できないとヒロは声をかけた。
「……………うわ最悪。ちゃんと整理してくれよ。俺もいるんだから」
「あーん?じゃあお前も手伝えよ。荷物もそのバッグだけだし、見るからに暇そうじゃん」
「なんでさも当然みたいに…………普通に意味分かんないんだけど」
そう言いながらも、この調子で部屋を汚されても困ると思い、ヒロは仕方なくゼスタの荷解きを手伝うことにした。
「……………………何これ?」
ゼスタのキャリーケースから荷物を取り出していると、革のポーチが目に入った。手に取ると中でじゃらじゃらと音が鳴った。
「何って、アクセ入れるポーチだけど。指輪とか、ピアスとか」
「ふーん………」
変かどうかはさておき、制服の着崩しにもなにやらこだわりがあるようだし、お洒落に気を遣うタイプなのだろう。
次に目についたのは、手に収まるサイズの小さなガラス瓶のスプレー。
「………………これは?」
「香水。やっぱ男は匂い大事っしょ」
そしてその奥からは、さらに小ぶりないくつかのビン。
「……………これも香水?」
「それは惚れ薬。あんまべたべた触んなよ、高かったんだから」
「アカデミーに何しに来たんだよ」
ゼスタが持ってきた大荷物の内の大半は、こういった身だしなみに関するものや女性の気を引くための小道具のようだった。
「えー?変なこと聞くね。そりゃオレらくらいの年頃の男子の目的なんて一つに決まってんじゃん」
「………………?」
「カノジョ作りに来たに決まってんじゃんッ!」
ゼスタは白い歯をきらりと輝かせてサムズアップした。
(薄々勘付いてはいたけど、こいつは救いようの無い馬鹿みたいだ)
あるいはこれくらいの浅はかさこそ一般的な男子高校生像とも言えるのかもしれない。しかし、少なくともヒロにとって共感できるものではなかった。
「だって魔術アカデミーだぜ?ほら、よく言うじゃん。魔力が高い女子には可愛いコが多いって。アルトニア全土から魔術師美女が集まってるわけでしょ?そんなのやるっきゃねえじゃん!」
「知らないよ。何をだよ」
「なーなー、ヒロはどんなコがタイプ?オレはやっぱスタイルが良くて美人なコかなー」
「はぁ……」
「いやもちろん分かってるよ?人間中身が大事だって。でも外見ってその人の中身が表れるっていうかさ。やっぱ可愛いコはその分見た目に気を遣ったり努力してるわけじゃん?」
「……………………」
「だったらオレたち男子はその努力を認めて全力で褒めてあげることが務めだと思うわけ!褒めまくり頭撫でまくりよ!ナデナデ、ンーマ!チュッチュ。………あ、でもそういえば女の子って髪崩れるから頭撫でられるの嫌がるらしいぜ」
「…………………………ちょっと待って。それじゃあ、可愛いけど努力しているわけではない女性と、可愛くないけど凄く努力している女性がいたらどっちを好きになるの?」
「えッ…………?」
ヒロは最初こそ適当に聞き流そうとしていたが、ふとよぎった疑問を半ば反射的に問いかけた。不意に投げかけられた質問にゼスタの饒舌が止まる。
戸惑うゼスタが質問に答えられそうにない様子を見ると、ヒロは続けた。
「今の話は根本的におかしい。努力が見た目に表れるとは限らないし、そもそもお前の言う可愛さはお前の主観でしかない。自分が見た目で人を選んでいることの言い訳に『努力』なんていう都合の良い言葉を使っているだけなんじゃないか?」
「…………………ッ!」
ゼスタは核心を突かれたのか、見るからに動揺している。しばらく沈黙が続いた。その間、室内に妙な緊張が走った。
それを破ったのは、観念したように項垂れたゼスタだった。
「………………ヒロ。オレお前のこと誤解してたよ」
「えっ?」
「変だし、地味だし、なんかモサモサしてるし。てっきりオレの方が経験豊富なんだと思ってた」
「…………えっ?」
「でもお前に気付かされて目が覚めたよ。確かにそうだ。オレは人を見た目で判断する愚か者だよ。可愛いコが好きだ。スタイルが良い美人が好きだ。ついでに言うと胸もあると助かる。………そしてそんな自分に素直になれなくて、言い訳を作ってたんだ………。ハッ。みっともねえな、オレ」
「えっ、なにこれ?この人なんで切なそうな顔してるの?」
「ありがとうヒロ。お前結構良いヤツだな。オレ、これからは自分の気持ちに素直になるよ。可愛いコが好きだって、見た目が全てだって、…………胸を張って言っていくよ」
「あ、そっちでいくんだ」
「よおし、そうと決まればアカデミーでめちゃくちゃ可愛いカノジョ作るぞーッ!待ってろよ美少女たちーーーッッ!!」
「うわっ、しかも狙いを複数に散らすタチの悪いタイプだ」
そう言って奮起したゼスタはやる気が溢れ出したのか、凄まじい手際で荷解きを再開させた。
「知らないけど、部屋は綺麗な方が女子受け良いんじゃない。知らないけどね」
「おいおいおい、ナイスアイデアだな!よぉし荷物片付けたら掃除もしちゃうか!結構ホコリ溜まってるもんなー!」
(馬鹿も使い用か………)




