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第七回 寮舎までの道のりについて

挿絵(By みてみん)



「…………【着火(ジニレ)】!」



「おお〜、スゲーじゃんヒロっち〜!やっぱオレの見込みどーりっつーカンジ?」



 ヒロの入学試験が学長室で行われていた。

 試験官を務めるのは他でもない学長のレアリス。以前の様子と変わらず、人工池の中央に立つ厳かな装飾の椅子にだらしない姿勢で座っている。

 ヒロの【着火】は見事に成功。試験内容の一つである「魔術を一つ覚えて披露する」という課題は達成した。残るはその前に解いたアルトニア語の読み書きのペーパーテストの結果だけだ。



「学長先生、採点が終わりました」



「おすおす。アリガトー、リィちゃん」



 そう言って別室からやってきたのは竜人と思しき女性。竜の角と尻尾、高い身長、給仕服姿はどれもメイルゥと共通している。彼女と異なるのは紫色の頭髪。そして対照的なほど凛とした目元だ。

 試験前のレアリスの紹介によると、彼女はメイルゥの妹のレイリィといって、主にレアリスの給仕や秘書業務を行っているらしい。

 レイリィは採点したヒロの答案用紙をレアリスに渡した。それを受け取ったレアリスは目を細め、真剣な面持ちで採点内容を確認し始める。

 一週間の学習で基本的な読み書きはできるようになった上に、メイルゥとの筆談によって単なる暗記ではなく意味として理解し扱うこともできるようになっている。

 自信はあった。それでもレアリスが採点内容を確認する間の沈黙に張り詰めた空気を感じざるを得ない。

 そしてレアリスがようやく顔を上げると、つぐんでいた口を開く。



「ヒロっちぃ………」



「あ、はい……」



「…………ようこそアルトニア魔術アカデミーへ。学長レアリスはキミを心から歓迎するぜい」



 真剣な面持ちだったレアリスはその表情を綻ばせた。

 それを受けたヒロも緊張の糸が途切れたようにほっと小さくため息を漏らす。



「それではヒロさん。入学手続きのご案内をいたします。こちらへいらしてください」



「えっ。あ、はい」



「おいおいリィちゃあん。マジ事務力高すぎだって。なんつーかもうちょい余韻的なのを楽しませてくれたっていーじゃんさー」



「新入生の入学準備は既に進んでいます。ヒロさんはそこに割り込む形になるのです。これ以上手続きを遅らせて、学生課と魔術学科の教職員の方々から来る苦情の対応を学長先生がお引き受けくださるのですか」



「いやだよん」



「ではお黙りください」



 そう言い残すとレイリィは別室へ向かった。

 竜人の女性は怖くなければいけないという民族的な法則でもあるのだろうか、などと考えながら、ヒロはおずおずと彼女の後を追った。



「あ、そーそーヒロっち」



 歩き出したところで、レアリスが思い出したかのようにヒロを呼び止めた。



「……………はい?」



「ヒロっちが異世界の人間だっていうことはオレとディナぴ、それからルゥちゃんリィちゃんだけのヒミツね」



「いいけど……………なぜ?」



「ディナぴったらフツーに異世界から召喚なんてやっちゃってっケド、異世界なんて世間の常識だと伝説やおとぎ話みたいなもんなのよ。それがホントに存在してたなんて話になったらマジでヤバいからさ」



「そうだったんだ。魔術があるくらいだからてっきり異世界も周知されてるものだと………」



「うん。だから、そのことは誰にも知られないようにすること。いいね?」



「…………」



 レアリスの表情は変わらない。依然としてへらへらと軽薄な笑みを浮かべている。しかし急に正常な語り口になったからか、まるで凄まれているかのような威圧感を覚えた。

 ヒロは小さく頷く。



「ヒロっちはテキトーにどっかの外国から来た留学生って設定でー、そのへんの詳細はリィちゃんにオマカセしといたから。んじゃま、思いのままに学園生活エンジョイしちゃってくれーい」



 そう言って軽快に手を振るレアリスに見送られながら、ヒロはレイリィが待つ別室へ向かった。




* * *



 その後、入学に向けた事務的な手続きを終えたヒロは研究室に戻った。

 合否を案じてそわそわしながら待ち構えていたメイルゥと、それに対して全く気にしていない様子のディナがヒロの帰りを出迎える。

 ヒロは二人に結果を報告した。



「やったあ〜〜、おめでとうございます!さすがヒロさんです!さっそくお祝いですねえ!」



「お祝いなどいるものか。この誉れ高き叡智の大魔術師が教えたのだから当然の帰結と言えるだろう。だがしかし、まあキミも異世界人の初学者なりに頑張ったと言ってよいかもしれないね?しかし自惚れないことだ。この私がいなければ今頃は………」



 二人の対照的な反応にどう返したらいいのか困った。あるいは、単純にこういった成功体験の共有をあまり経験してこなかったからなのかもしれない。

 ヒロがたじろいでいるとメイルゥがその手を引き、されるがままにダイニングに座らされた。あらかじめ準備していたとしか思えないような豪華な料理が食卓に並べられていく。気乗りではなかったディナでさえ、そのご馳走を前にすると目を輝かせながら自ら進んで席に着いた。そうしてあれよという間にヒロの入学祝いパーティが開催され、それは夜が更けるまで続いた。



「入学が決まったのは嬉しいですけど、ヒロさんが寮に移られてしまうのは寂しいですねえ。たった一週間でしたが、家族が増えたみたいですごく賑やかでしたから……」



 一通りの食事が終わり、一緒に食後の紅茶を喫していたメイルゥが困り笑いをしながら言った。

 その言葉にヒロはふと思い出した。

 最初こそ、この研究室もといディナから離れたくて入学試験を受けることにしたはずだった。

 それなのに、今はどうだろう。この二人との生活を自然と受け入れてしまっている。

 だからだろうか。彼女の「寂しい」という言葉に、共感はせずともなんの抵抗や違和感もなく素直に納得する自分がいることに、ヒロは内心で驚いていた。



「まあ………色々世話になったよ。って言ってもまだこっちの世界にはいるんだし、気が向いたらまた顔を出すよ……」



「何を言っているのだねキミは」



「………?」



「キミが毎日ここに来るのは当然だろうに」



「………………なんで?」



「キミは私の助手だからだ」



「…………………………………?」



「アカデミーが始まったら、放課後は急いで研究室に来るように。帰還魔術の復元はいくら誉れ高き叡智の大魔術師といえどもそりゃあもう異世界人の手も借りたいくらいに多忙を極めるものなのだからね」



「わああ、それは嬉しいですう!急にいなくなるなんて寂しいですものね。よかったあ」



「なんで俺がお前の研究を手伝わなきゃいけないの?」



「本当に何を言っているのだろうか。だぁれがキミに魔術を教えてやったと思っているのだね?この偉大極まりない私の貴重で尊い時間を奪っておきながらただで帰れると?戯言はよしたまえよ。それによいではないか。どうせキミのようなうだつの上がらなそうな学生はモラトリアムに耽るだけの非生産的な存在にしかなり得ないのだ。その時間を私に費やせることはこの上なく有り難いことだと思うべきだよ」



「俺は勝手に召喚で呼び出されて、帰る手筈が無いのはそっちの責任のはずで………………ああダメだ無茶苦茶な暴論すぎて頭の整理が追いつかない」



「うふふ、まだ賑やかなのが続きそうで嬉しいです」




* * *



 翌日。ヒロはメイルゥに用意してもらった最低限の衣類と勉強道具を詰め込んだボストンバッグを片手に、魔術学科の寮舎に向かった。

 寮舎は各学科棟に併設されている。アカデミー中央の巨大な時計塔を取り囲む六つの塔がそれぞれの学科棟になっていて、寮舎はいずれもその塔の下層に位置する造りのようだ。

 曲がりなりにも魔術学科の教授であるディナの研究室は、魔術学科棟の上層にある。レイリィから渡された入学前資料に同封されていた校内図とメイルゥの事前の道案内を頼りに、ヒロは研究室から下層の寮舎を目指した。

 これまでは研究室にある転送魔術を使っていただけに、自分の足でアカデミー校内を移動するのはこれが初めてとなる。街から見えるアカデミー校舎の支離滅裂な外観からも想像できるとおり、校内図は混然としていて自分の現在地を把握するだけでも困難だ。

 ヒロは、今日中に辿り着ければいいか、と半ば諦めがちに折り合いをつけていた。



「わ、なんだこれ………」



 ディナの研究室を出て迷宮のように入り組んだ廊下を進むと、その先には巨大な螺旋階段のホールがあった。

 直径にしておよそ100メートルはあるだろうか。広大な円柱型の空間の壁面に沿うように螺旋階段が架けられている。校内図によるとどうやらこの階段ホールが学科棟の最下部から最上部までを貫いているようで、上層に位置しているディナの研究室の階層からその大穴の下を見下ろすと、その底はもはや霞んで見えなくなっている。街から見た限りでもアカデミーの校舎は大きかったが、実際はその目算を優に超える規模なのかもしれない、とヒロは身震いした。

 しかし、感心するのはその規模だけではない。

 螺旋階段が囲む中央の空洞には、いくつかの巨大な鳥かごのようなものが人を乗せて上下に行き来していた。しかしその鳥かごはロープに吊り下げられているわけではなく、宙に浮いて自力で昇降しているように見て取れる。

 階段の欄干越しにその様子を観察していると、ヒロの鼻先を掠めるように一機の鳥かごが駆け昇っていった。その姿を目で追うと、その底面には白く発光する魔法陣が描かれていた。おおよその見当は付いていたが、どうやら魔術によって昇降する魔導エレベータといったところのようだ。



(メイルゥの説明だと、昇降機があるからそれで降りて……って言われてたっけ。これがその昇降機なんだろうけど…………)


(いやどうやって使うんだこれ。階段の途中に乗り場っぽいスペースはあるけど…………)



 そうして向けた視線の先は螺旋階段の途中に点在する踊り場だった。大穴側に出っ張っていて、その欄干の一部分は柵扉になっていて開閉できそうだ。



(あそこから乗るんだろうけど………ボタンとか何もないのにどうやって呼ぶんだろ。普通のエレベータなら上に行くボタンと下に行くボタンがあって、それで行きたい方向に向かうエレベータを呼ぶよな。方向は鳥かごの中で操作できるのかな。………………あっ)



(………………ちょっと待って。なんか俺、もしかしたら今すごくおじいちゃんっぽくない?スマホとかセルフレジの使い方が分からないおじいちゃん。加速度的に進化する文明に着いていけてないおじいちゃんと同じ状況だこれ)



「やあ。新入生かい?」



「…………どぅわッ!」



 脱線した思考に割って入ってきたのは、背後からかけられた男の声だった。驚いたヒロは飛び上がりながら変な悲鳴を上げた。



「し、失礼。こんな場所で急に後ろから声をかけるのはちょっと軽率だったね。落っこちちゃったら洒落にならないな………」



 ヒロが声の方へ振り向くと、短い赤髪の好青年の姿があった。

 濃茶のブレザーとタータンチェックのスラックスはアカデミーの男子用制服。首紐付きのとんがり帽子を後ろ首にぶら下げ、腰脇には鉄製の杖を括り付けている。なにやら分厚い書物を小脇に抱えており、勤勉そうな魔術学徒といった印象を受ける。

 青年は気まずそうな表情で頬を掻いていたが、気を取り直したように清々しい笑顔になるとそのまま語りだした。



「俺は魔術科新四年のレノルド。君は?」



「ヒロです。………魔術科新一年の」



「ヒロか、よろしくね。それにしても、入学式もまだなのに新入生がこんな何もないような場所でどうしたんだい?…………校内探検?」



「えー…………まあ、そんなところです」



 ヒロは説明が億劫だったので適当な返事をした。

 それよりも、何も無いという言葉に引っかかった。

 言われてみれば、ディナの研究室からここまでの道のりで、人の姿はおろか、他の部屋は使われている様子がなかったことに気付く。さしずめ人嫌いなディナにとっては好都合なのだろうが、教授の研究室であれば同じ階層にある程度まとまっていた方が自然にも思える。

 "特別"教授という肩書きには、授業をしないこと以外に何か別の意味があるのだろうか。



「よければ行きたいところに案内するよ。魔術学科棟だけでも広いからね。迷ったら大変だ」



「あ、ありがとうございます。寮に行きたくて………」



「なら丁度いい。俺も寮に戻るところだったんだ。一緒に行こうか」



 レノルドはそう言って優しく微笑むとヒロを先導した。

 先ほどまでヒロが観察していた踊り場に出ると、レノルドは柵扉になっている欄干の前に立った。



「【下降(ロデズム)】」



 レノルドが唱えると、その足元に刻印されていた魔法陣が輝く。しばらくして上階から降りてきた鳥かご型の昇降機がレノルドの目の前に止まると、柵扉と共に乗り込み口が開いた。

 昇降機に乗り込むレノルドに続いてヒロもおずおずとその中に入る。

 二人が乗り込んだのを確認したかのように扉は一人でに閉じ、やがて昇降機は下降しだした。



「………………」



「…………えっ。ヒロ、もしかして魔導昇降機の乗り方知らなかったのかい?」



 ヒロが一連の流れを食い入るように観察し、度々感心するような素振りをしていたことに気が付いて察したのだろう。レノルドはまさかというようにヒロに投げかけた。



「……………ええ、まあ……。正直見当も付かなかったので……………助かりました」



「こ、この時代にそんな………………。いや、悪い。ヒロはどこか遠い別の国から来たのかな?名前や見た目から薄々察していたけど、失礼かと思ってね」



「えー、はい。そうです。ヘーン・キョーという国から留学してきました」



 それは異世界人であることを隠すためにレイリィが用意したこちらの世界でのヒロの設定だった。ヒロは言われたとおりの内容をそっくりそのまま機械的に出力した。



「な、何だって!?ヘーン・キョー…………!?それってあのッ、島に近付く者を弓矢で攻撃するほど外部との接触を拒み続けた結果数千年単位で文明が遅れていると言われる、絶海の孤島の…………ッ!?」



(北センチネル島じゃねえか………!おい聞いてないぞそんなの)



「ヒロ…………そうだったのか。きっと並々ならぬ事情があったんだろうね。詳しくは聞かないさ。だけど俺でよければいつでも力になる。困った時は相談してくれ」



 レノルドは自身の脳内でなにやら壮絶なストーリーを想像していたのだろう。瞳を閉じて苦悶の表情を浮かべていた。やがて見開いた眼差しは力強く、その手をヒロの肩に優しく置くと激励の言葉をかけた。



(なんか同情されたんだけど………どんな国だよ………)



(……………………まあ、誰にも頼れないよりはいっか)



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