第7話:安っぽい『自由』とゾンビ判定が下手なジ〇ギ
街は随分とざわついてはいるが、映画で見るようなパニックや大混乱には至っていないなあ。
理由は簡単で、「対処方法が確立された」からだな。
足の骨を折るか、痛覚の有無でゾンビ判定をする。
ゾンビだと分かれば、転がして頭にコンビニ袋や米袋を被せ、テープで巻いてしまえばいい。彼らにはそれを外す知能がないので、そのまま窒息して死ぬって。
……いや、改めて考えると酷い手順だけどな。
コンビニ袋だぞ?。人類の叡智の結晶が、レジ袋有料化を乗り越えてここに来るとは誰も思わなかったよ。
三円だか五円だかケチってエコバッグ持ち歩いてた俺、今ごろ後悔してるんじゃないか。
有料化しなかったら、もっと家に在庫あったのにな。
一方では、別の問題が深刻化していた。
強盗やレイプの後に「相手がゾンビだった」と言い張って殺すケースや、拘束したゾンビをレイプする事件。さらには不在の家からの窃盗や、ゾンビが持っていたカードでの詐欺など、便乗犯罪が多発したんだよ、非道い話だわ。
治安を担当する各部署は、ゾンビより人間の対処に悩んでる。
映画のゾンビと違って、こっちのゾンビは食料も水も必要とするし、排泄もする。収容する場所などどこにもないので、実質的に殺処分しか選択肢がないんだよな。
そこに人権団体が「感染者の人権」を訴え出し、某野党は「身内がゾンビになった家庭には手当てを」などと的外れな主張を繰り返す。……バカなのかな?
ゾンビに人権はあるのか。
あれば処分できないし、無ければ女性のゾンビに対する性的犯罪も取り締まれない。かといって遺体損壊罪の適用も難しい。
……というのを、俺はホッケ食いながらTVで見てるわけだ。
議論してる先生方、たぶん一体も処理したことないよなあ。
現場のオッサンは今日も畑でゾンビ轢いてるっていうのに。
まあ、大変な世の中になったもんだわ。
そんな混乱をよそに、俺は作れるだけの戸籍を作り、手元にある資金で金を買い漁っている。
新しく作った戸籍用に、免許証くらいは取りに行かなきゃと思っていたのだが、今の世の中には移動等のために『簡易免許』という制度が制定されたんだよね。
三日の学科と卒検程度の実技で仮の免許がもらえ、一年間人身事故を起こさず点数が残っていれば、本免許に書き換えできるという。ありがたいなあ。
教習所は、思ってたより混んでいた。
「いやー、皆さん急いでらっしゃいますね」
受付のおばちゃんが、書類を捌きながらぼやく。
「ここんとこ毎日満員でねえ。免許ない人が、とにかく車動かせるようにしときたいって」
「へえ。逃げる時のため?」
「そうそう。でもね、こないだ来た人なんか『ペーパーで二十年運転してない』って人でさ。でも制度的には三日で出せちゃうから、こっちも怖くてねえ」
そりゃ怖いわ。
ゾンビより、そのオッサンの運転の方が死人出そうだもんな。
「まあ、命かかってるから仕方ないんだけどさ」
おばちゃんはそう言って、次の書類に手を伸ばした。
俺はその制度で全種類取得し、データ改ざんチートを使って即座に本免許へと書き換えた。ついでに大型も大特もバイクも付けておこうかな。
以前は無理だったが、種別は何であれ「免許というデータ」さえ存在すれば、改ざんできることが分かったからだ。
ちなみにこの「全種別コンプ」、我ながら小学生みたいな発想だと思うが、男子とはそう言う物なのだ。
図鑑を埋めたくなるアレだよな。使う予定もないのにフォークリフトの資格取りたくなるやつ。
まあ、無料だしね。データ的に。
それから俺は、ラ〇クルとジ〇ニーを買った。
道央のとある山奥に井戸付きの土地を探し出し、食料や衣料品を詰めたコンテナを埋めておく。そばの小屋にはプレハブの車庫を建て、ジ〇ニーとガソリンを詰め込んだ。
こういう作業、正直めちゃくちゃ楽しい。
秘密基地だよなあ、どう考えても。
四十のオッサンが本気で秘密基地作ってるって字面は悲しいけど、金と時間が無限にあると人間こうなるんだよ。
こうして「最後の引きこもり拠点」を完成させた俺は、今のうちに遊んでおくべく、ラ〇クルに乗って出発した。
このラ〇クルはシュノーケル付きで、フロントガードもシャーシに溶接してある。平たく言えば「人をはねても」大丈夫な仕様だ。ルーフラックには、フロントとサイドウィンドウ用のガードまで積んである。
……改造しながら思ったけど、これ完全にあっち側の車だよな。
世紀末の雑魚が乗ってるやつ。トゲ付けなかっただけ上等だと思ってほしい。
うーん、ここは世紀末か。
札幌から室蘭経由で函館に向かっている途中、立ち寄ったコンビニの駐車場で、胸糞の悪い連中を見かけた。
口にテープを頑丈に巻かれたゾンビの女を、全裸に剥いて引き回している若い男女のグループだ。
女はこの近所の子らしく、遠巻きに見ている住民たちがヒソヒソと話している。
「あれって荒木さんの……」
「お父さんと一緒に、感染者に噛まれたって」
反吐が出る。
殺すんならいいが、裸にして引き回して何がしたいんだ?
まあ、どうでもいいか。俺はヒーローとかじゃないしな。むしろ、もっと世の中が荒廃したら、あっち側にいそうなタイプだもんな。……俺、ジ〇ギが好きだし……。
だって、みんな北斗神拳が使えたらどうする?
ラ〇ウになる。……なんか王とか面倒じゃない?
ト〇になる。……死にたくないし、死ぬなら好きな事するよ?
ケン〇ロウになる。……ラ〇ウほど何もなさず自己満だよ?
ほら、やっぱりジ〇ギが最高じゃないか。
そんなくだらない事を考えていたら、そいつらがこっちにやって来た。
「オッサン、ゾンビJKとヤラない? 500円でさwww」
何が面白いのか、女の一人が耳障りな声で笑う。
「あー、いらんかな。これから函館だしな」
「お、函館良いじゃん! バーガー喰いてえ!」
そう言うと、グループの男が引き回していた女子高生の足を無造作にバールで折った。
「一応、ゾンビかチェックしないとな」
また、周りの馬鹿どもがゲラゲラと笑う。
そして、最初の男が満面の笑みで言った。
「いやあ、何しても良い『自由』って最高だよな!」
……このバカが、『自由』なんて言葉を使うのか。
俺が前世の全てと、この世界に存在していなかったという孤独と引き換えにして、ようやく手に入れた『自由』と。
こいつの言っているそれは、同じだとでも言うのか。
俺は車の荷台から、火消しが使うような一メートルほどの斧を取り出した。
柄の感触を確かめるように、一度だけ軽く握り直す。
「お、オッサンがやってくれるのか?」
次の瞬間。
斧は、男の身体の半ばまで食い込んでいた。
「キャアアアアアアアアアアアアッ!」
うるせえな。
俺は隣にいた若い女の足を、斧の柄で容赦なく折った。
「いたああああいっ!」
「チェック終了」
周りの連中が「えッ」と間抜けな顔をする中、俺はもう、その女の頭をすいか割りのように叩き割っていた。
逃げようとする別の男の足も折る。
「グアアアアアアアッ!」
「痛みがないみたいだな。ゾンビだ」
「ま、待て! 待ってええ……げぶっ」
胸の中央に斧を打ち込み、引き抜きながら、残った最後の一人の女に聞いた。
「おい、住所と氏名を言ってみろ」
「じゅ、じゅじゅ、じうっしょは、さつ、さ……ああああッ」
「話せないな。ゾンビだ」
「北札幌市中央東通り三丁目11-23-309メゾン……」
やけに流ちょうな日本語が聞こえた気がしたが、気のせいだな。
ドンッ。
女の首が転がった。
……あれ、これ「ゾンビ判定」ってやつ、俺が一番下手なんじゃないか?
さっきから判定基準が全部こじつけだもんな。
足折って痛がったらゾンビ、住所言えなかったらゾンビ。
言えても駄目。もう何をどうやってもゾンビなんだよなあ、判定する側の気分次第で。
ほら、やっぱりジ〇ギだわ俺。
俺は沈痛な面持ちを作り、やりきれないと言った風に俯いてみせる。
「ちくしょう、ゾンビになっちまってちゃ助けられない。悔しいなあ」
これ以上ないような棒読みで首を振る。
そんな俺に、口をテープで巻かれたままの女子高生が、噛みつこうと縋り付いてくる。
俺は腰から剣鉈を抜き、その子の心臓を真っ直ぐに刺して、終わらせてやった。
さっきその子の話をしていたおばさんがおずおずと近寄ってきて、そっとカーディガンをかけてくれた。
俺はその子を抱き上げ、駐車場の脇に生えている木の根元に横たえてやる。
車に乗り込もうとしたところで、知らない老人が「ありがとう」と声をかけてきた。
「《《五人いたゾンビ》》を倒しただけ。気にしないでください」
「ああ。《《五人もいた》》のに、ありがとうな」
……この爺さん、話が早いな。
なんだろう、道民ってこういう時の呼吸が妙に合うんだよ。
「まあ、そういうことにしとくべ」で全部済ませる文化があるんだろうな。
これからもこんな面倒なことがあるんだろうな。
こりゃ早いところ、何か武器でも手に入れに行かないとな。
あと、腹減った。
函館着いたらバーガー食お。……あいつらが言ってたやつだけど、まあいいか。美味いのは事実だし。
俺はそう独り言ちて、車を走らせた。




