第8話:本州が詰む前に、三沢を丸ごと頂きます
函館でうだうだ武器屋を探してる場合じゃないな、と思い直したのは、ホテルのテレビがまた変な速報を流した夜だな。
『青函航路、一部便で運行調整の可能性』
……これ、遠回しに「そのうち本州との行き来、止めるかもよ」って言ってるよな?
自衛隊も海保も、たぶん今頃は本土と北海道の間に線を引くかどうかで揉めてるはず。
切られてからじゃ遅いんだよ。そもそも函館で猟友会だの裏ルートだのを地道に当たってる時点で、もう時間の使い方を間違えてる気がしてきたわ。
考えてみりゃ、俺には収納がある。
猟銃を一丁二丁掻き集めるためにヤクザまがいの連中と駆け引きするより、いっそ本場から丸ごと頂いてきた方が早いし、面倒事も少ない。
……面倒事、増えるかもしれないけどな。
じゃあ、どこの基地を狙うかね。
道民が本州でアメリカ軍が絡んでそうな場所って考えると、真っ先に浮かんだのが三沢だわ。
青森なら北海道からも近いし、米軍基地なら陸自の駐屯地よりも派手な装備が眠ってそうな気がする。
特に根拠はない、完全に俺のイメージだけど、まあ外れてもいいや。ダメなら別の基地に行けばいいだけだし困らんもんな。
……いや、「ダメなら別の基地」って発想がもう終わってるな。
普通の人間は基地を選び直したりしないんだよ。
店が混んでたから隣行くか、くらいのノリだもんな、俺。
そうと決まれば早い方がいいね。
俺は函館観光もそこそこに、偽造した身分証片手に青函フェリーにランクルと乗り込む。
手続きの窓口では、係員が疲れた顔で書類をチェックしている。
「本州、大丈夫ですか」
世間話ついでに聞いてみると、
「さあ……こっちも詳しいことは何も。ただね、こないだから戻ってくる車の方が多いんですわ」
「へえ」
「行きは空いてて帰りは満車。これ、意味わかるでしょ」
分かるわ。
逃げてくる側が増えてるってことだよな。
「まあ、うちらは運ぶだけなんで」
係員はそう言って、次の書類に目を落とした。
誰も彼も、表向きは平静を装いながら、内心はどうしようもなく不安なんだろうなあ。
俺だけがやけに落ち着いてるのが、逆に不気味なくらいだわ。
甲板から見る津軽海峡は、いつも通り無駄に綺麗な海だな。
世界がこんなことになってても、海は海だね。
呑気なもんだな、と思いながら俺は缶コーヒーを飲む。
船内放送は「デッキでの喫煙はご遠慮ください」みたいな、平和すぎる文言を淡々と繰り返してる。普通が尊いよなあ…
お?「津軽海峡冬景色」か、やっぱこれだよな。まだ秋だけどいいんだよ、この海峡ではこれ以外はあり得ん。うん。
しかし、フェリーの売店のイカめし、なんでこんな旨いんだろ。
いや冷静に考えたら米とイカだぞ?
なんでそれがこんな絶妙になるの。日本人ってすげえわ。
青森に着いてからは、高速をひたすら南下して三沢を目指す。
道中、検問らしき列に二回捕まったけど、免許も車検証もこの世で一番「正しい」書類なので普通に通る。
データ改ざんって偉大だわー。
誰も俺のことなんて疑わないもん。
問題は、着いてからだよな。
夜、基地の外周をランクルで流しながら偵察してみる。
フェンス際の警備は思ったよりガチガチで、投光器がやたら明るいし、巡回のタイミングも規則的とは言い難い。
基地の周りをぐるっと一周する間に、監視カメラらしき機材と、その死角にななってそうな一角を頭の中でメモしていく。
装備も仲間もいる方がいいんだろうけど、こっちにはそういうの一切いらない、というかそもそも仲間がいないしな(笑)
何せ「収納」は見える範囲まで届く。
収納の使い方を、本気で試したことは実は一度もない。
せいぜい死体処理くらいだったから、正直どこまでいけるのか、俺自身もよく分かってないのよ。
車を茂みに突っ込んで停め、フェンス際の暗がりまで歩く。中には入らない。入らなくても、見えてさえいれば発動するんだから、わざわざ捕まるリスクを冒す理由がないし。
とりあえず様子見で、フェンス越しに見える資材置き場の木箱一つを見つめて念じてみる。
――スッ。
よし、木箱が消えた、いけるな。
次に狙ったのは武器庫だ。
フェンスの向こうに見える、コンクリ作りの建物。
中に入る必要すらない。
フェンス越しに建物を見据えて、「これも」と念じてみる。
――ズン。
建物ごと入ったよ…。
「……いや、流石に建物ごとは想定してなかったなあ」
思わず声が漏れる。
周りの照明が一斉について、サイレンが鳴り出す。基地の中が蜂の巣をつついたような騒ぎだわ。
「What the hell—」「Building's gone! I repeat, the building is GONE!」みたいな声が遠くから聞こえてくる。
英語はよく分からん、パニックしてるのだけは伝わってくるね。
つうか、あの人たち今どういう気持ちなんだろ。
朝まで普通にあった建物が無いんだぞ。
俺が当直だったら絶対報告書書けないもん。「無くなりました」って何。上司に殴られるわ。
まあ、こうなったらもう一緒だよな。
開き直った俺は、駐機場に並んでたMRAPを見つめる。
―消えた。
隣のJLTVにも視線を移して。
―消えた。
奥に停まってたハンヴィーも三台まとめて見据えて。
―消えた消えた消えた。
なんか、ゲームのインベントリ整理してる気分になってきた。
楽しくなってきちゃったな、これ。
次から次へと大きなものが視界から消えていく感覚は、正直、ちょっと癖になりそうだわ。
フェンスの外に突っ立ったまま、視界に映るものを片っ端から消していくだけでいいんだから、リスクの割に効率が良すぎるんだよね。
サイレンと怒号がどんどん近づいてくる中、俺は最後に、目の前のフェンスそのものに視線を向ける。
「こーれも、っと」
――スッ。
出入り口も何もない、ただの更地。フェンスがあった場所に立ってても、誰にも見咎められない。背中に懐中電灯の光がいくつも走ったけど、誰も「境界線の外に突っ立ってる不審者」なんて探してないのよ。だってフェンスごと無くなってるんだから、境界線自体がどこにもないもん。
茂みに停めてたランクルまで戻って、アクセルを踏む。
バックミラーに映る三沢基地は、さっきまで武器庫と車両が並んでいたはずの一角がぽっかり空いていて、隊員たちが懐中電灯片手に呆然と立ち尽くしてるのが見える。
米軍からすれば、悪夢の光景だろうな、と他人事のように思う。
「……いや、やりすぎたか?」
今更ながら、ちょっとだけ冷静になる。
けど、まあいいか、こっちも命懸けだもんな。
これで武器は当分困らないだろ。
物資も装備も、これで拠点での生活はかなり楽になるはずだわ。
武器庫の中身がどれだけあったのか、正直まだ全部把握してすらいないけど、少なくとも猟銃を一丁二丁集めるのとは桁が違う量なのは間違いない。
そういや、腹減ったな。
青森って何が旨いんだ? 帆立か? ラーメンって聞いたこともあるな。こんだけ盗っといて次の飯の心配してるの、我ながらどうかと思うけど、腹は減るもんは減るんだよ。
高速の入り口が見えてくる頃には、心臓の音もようやく落ち着いてきてる。
ラジオをつけると、ローカル局が音楽番組を流してる。
世界の裏側でこんな騒ぎが起きてるなんて、誰も知らない顔でな。
そう思ってハンドルを握り直した瞬間――
うなじのあたりに、ぞわっと、今まで感じたことのない寒気が走った。外は別に寒くない。
むしろ蒸し暑いくらいの夜だぞ。
なのに、この寒気は明らかに気温のせいじゃない。
何か、もっと根源的なところから来てる感じがする。
なんだ、これ、なんなんだ、これ。
冷えた汗が背中を伝う感覚だけが、やけにリアルなんだよ。
車のライトが照らす国道の白線を見つめながら、俺は無意識にアクセルを緩めていた。
心筋梗塞で死にかけた時も、この手の「本能が警報を鳴らしてる感じ」を何度か経験してる。
でも、あの時と似てるようで、決定的に違うな。
あの時は自分の身体が発してる警報だった。
今のこれは、もっと外側から――それこそ、俺という存在そのものを誰かに覗き込まれてるみたいな感覚だわ。
バックミラーを見ても、後続車のライトなんてどこにもない。夜の国道はただ静かで、虫の羽音すら聞こえないくらい静かだ。それが逆に、なんだか薄気味悪い。
「……気のせいだといいけどな」
そう呟いてみても、うなじの寒気はいっこうに消えてくれなかった。




