第43話:ジャギだもん、そりゃトゲあるだろ
第二波の騒ぎが、ようやく落ち着いてきた。
といっても、札幌がまともに戻ったわけじゃないんだよな。副首都だなんだって言って政府が来たけど、警察と自衛隊がちゃんといるのは、政府の建物の周りと、封鎖された決まった地区だけ。それ以外は、ほぼ無法地帯だわ。
インフルは、この世から消えたらしい。第二波で、罹ってた人間が全員ゾンビになっちまったから。人類から病気が一個なくなったのに、代わりに噛み傷だの、腐った死体からの感染症だので、治安はもっと悪くなってる。良くなったのか悪くなったのか、誰にも分かんないんだよ。
工場の周りは、収納から出したコンテナでぐるっと囲んだ。セーフルームも作り直して、屋根にターレットを付けた新作にしてある。二回目だからな。一回目より、さらに凝ったよ。
今度はちゃんと寝た。二日しか徹夜してない。
春と子どもたちは、そこで暮らしてる。
で、俺と夏子は、毎日JLTVで外に出る。
「今日は清田から平岸経由、三便です」
夏子がスマホの画面を見ながら読み上げる。
封鎖地区に行けない人を運ぶバスが、アプリで経路を回してるんだよ。誰が始めたのか知らないけど、上手い仕組みだわ。暴徒の少なそうな道を選んで、何台ものバスが、怯えてる人を安全な地区まで運んでく。
で、それを狙う馬鹿がいる。
警察も自衛隊も、封鎖地区の外までは手が回らない。だから馬鹿が調子に乗る。
そこを、先回りして片付けるのが、俺たちの日課なわけ。
昼過ぎ、国道沿いでバスが囲まれてた。
暴徒が十人くらい。鉄パイプで窓ガラスを叩き割ろうとしてる。中で、年寄りと子どもが縮こまってるのが見えた。
「行きますよー」
夏子がアクセルを踏む。
トゲ付きのバンパーが、雪を跳ね上げながら突っ込んでいった。
「トゲだ! トゲの装甲車だ! 逃げろ!」
暴徒の一人が叫んで、半分くらいが一目散に散っていった。
……トゲの装甲車って。
残った連中は、夏子が跳ねて、俺がM240で片付けた。逃げた奴は放っとくと言いたいが、銃が届く範囲で殺す。
片づけるって自分で決めたことだからな。
静かになったところで、バスの運転席の窓が開いた。五十代くらいの、頭にタオル巻いたおっちゃんが顔を出す。
「あんたらが、噂のトゲか!」
「噂になってんの?」
「なってるなってる! 助かったわ。あれが来ると安心だって、運転手仲間で言ってんだわ」
夏子が運転席で吹き出した。
「トゲって呼ばれてるんですね、あたしたち」
「ジャギだもん、そりゃトゲあるだろ」
開き直って言ったら、おっちゃんが窓から身を乗り出してきた。
「おおっ、ジャギか! なるほどなあ!」
……え。
「分かるの?」
「分かるわ! 俺はな、『名もなき修羅』が好きだったんだけど、誰も分かってくれねえんだよ!」
「あー、あいつは髪型が悪いもんな!」
「まあそうだわな!」
おっちゃんが、窓枠をばんばん叩いて笑ってる。
いやあ、久しぶりだわ、こういうの。
そこから、バスの窓越しに、北斗の雑魚キャラ話で盛り上がった。ハート様の扱いがどうだとか、アミバは実は優秀だったんじゃないかとか。
「……何の話ですか、これ」
夏子が運転席で、完全に置いていかれた顔をしてた。バスの中の若い乗客たちも、ぽかんとしてこっちを見てる。
分かんねえか。しょうがないなあ。
「また頼むわ、ジャギ!」
おっちゃんが手を振って、バスが走り去っていった。
「おう、またな!」
手を振り返してたら、夏子が横から覗き込んできた。
「……奏介さん、すっごい満足そうな顔してますね」
「してないよ」
してたけどな。
夕方、工場に戻ると、春が玄関で子どもたちと待ってた。
コンテナの壁の中は、ちょっとした村みたいになってる。
入り口はトラックを二列に並べて閉めてあって、ダンプで押されても大丈夫。中庭になってる所は洗濯物が干してあって、雪だるまが三つ並んでて、若菜が一番前で手を振ってる。
「おかえりなさい」
「ただいま」
この挨拶、まだちょっと慣れないんだよな。
JLTVは外の車庫に入れて、伸びをしながら言った。
「明日、休みな。中山峠行くぞ」
夏子が、ぱっと顔を上げた。
「揚げいもですか!」
「おう、揚げいもだ」
春が首を傾げる。
「でも、峠の売店って、閉まってますよね?」
「俺が揚げるんだよ。芋も油も粉も、収納に山ほどあるから」
胸を張って言ったら、子どもたちが「揚げいも!」「揚げいも!」って騒ぎ出した。
……そんなに有名なの? 揚げいもって。
翌日、JLTVと春のランクルに分乗して、中山峠に登った。
閉まった売店の前に、収納から鍋とコンロを出す。油を張って、火をつけて、芋を串に刺して、衣をつける。
「手慣れてますね」
春が横から覗き込む。
「揚げ物なんて、ほぼ衣と温度だからな」
油の中に芋を落とすと、じゅわあっといい音がした。子どもたちが鍋の周りにわらわら寄ってくる。
「危ないから下がれって」
「一本目、若菜に!」
「順番な、順番」
揚がったやつを渡すと、若菜が両手で串を握って、はふはふ言いながらかぶりついた。
「おいしい!」
口の周りが、衣だらけになってる。
「もう一本!」
「俺も!」
「わたしも!」
気づいたら、鍋の前に列ができてた。
「奏介さん、意外と上手ですね」
春が笑いながら言った。
「意外とって何よ」
夏子は、もう三本目を頬張ってた。
「三千円の味がします」
「それ函館のやつだろ」
「揚げいもも三千円の価値あります」
そうかい。
峠の上は、雲一つない冬晴れだった。子どもたちが雪の上を走り回って、春がそれを追いかけて、夏子が揚げいもを咥えたまま雪玉を投げてる。
いいなあ、こういうの。
帰り道、真駒内に寄り道した。
駐屯地を見下ろす高台の、木刀が立ってる場所。
JLTVを停めて、揚げたてのやつを一本だけ、アルミホイルに包んで持ってきてた。まだほんのりあったかい。
木刀の根元に、それを置いた。
「約束、守ったぞ。遅くなったけどな」
夏子が隣で、黙って手を合わせた。春と子どもたちも、少し後ろで、静かに手を合わせてる。若菜まで、小さい手をぎゅっと合わせてた。
夕焼けが、駐屯地の屋根をオレンジ色に染めてる。
「ずっと、こうだったらいいのにね」
夏子が、ぽつりと言った。
「だな」
それだけ答えて、空を見上げた。
雲一つない、冬の空だった。
……なんでか分からないけど、首筋に、うっすら寒気が走った。
気のせいだろ。
「帰るぞ」
そう言って、JLTVのドアを開けた。




