第42話:俺、ジャギなんだけどなあ
翌朝、夏子の運転で南区の工場に向かった。
助手席で、春のメッセージを何回も見返してた。水道が止まった。八人でセーフルーム。食べ物と水があと二日分。
「あと二日分って、昨日の夜の話だろ。まだ大丈夫だ」
自分に言い聞かせるみたいに言ったら、夏子がハンドルを握ったまま頷いた。
「大丈夫ですよ。春ですもん」
「だよな」
「そうですよ」
二人とも、ちょっと声が明るすぎた。分かってたけど、どっちもそれを言わなかった。
定山渓からの道を下って、見慣れた景色が見えてくる。山の際に、あの鉄工所の屋根。
「……見えた」
夏子が言った。
それから、黙った。
工場の敷地の周りに、ゾンビが群がってた。何十体も。周りの住宅街でやられた人たちなんだろうな。中にいる子どもたちの声に、引き寄せられて集まってきたんだ。
その奥、工場の正面に、ハイエースが二台停まってた。
人間が七、八人。ゾンビの合間を縫うみたいにして、セーフルームの鉄扉にバールを突っ込んで、こじ開けようとしてる。
鉄の壁の銃眼から、ぱん、と一発。少し間があって、また、ぱん。
春だ。弾を惜しんでる撃ち方だった。
「……またここに半グレかよ」
頭を掻いた。
「ほんと学ばないんだよなあ、あいつら」
夏子が、ちらっとこっちを見た。それから、ほんの少しだけ笑った。
何笑ってんだよ、と思ったけど、たぶん、いつもの俺の声が出てたからなんだろうな。
「ちょっと停めて」
JLTVを停めさせて、屋根のターレットに上がった。M2のグリップを握りかけて、手を止める。
「……M2じゃ、壁ごと抜いちまうな」
「え?」
「弾がでかすぎるんだよ。外したらセーフルームまで届く。シャレにならん」
M2を収納にしまって、代わりにM240を出して載せ換えた。こっちの方が弾が軽い。鉄板の壁なら、抜けない。
夏子が運転席から、感心したみたいな顔で見上げてた。
「そういうとこ、ちゃんと考えてるんですね」
「三日寝ないで作った壁だぞ。自分で穴開けたくないだろ」
「そっちですか」
そっちだよ。当たり前だろ。
「行って」
夏子がアクセルを踏んだ。
JLTVがゾンビの群れに突っ込む。バンパーで押しのけて、轢いて、弾き飛ばす。俺はターレットから、群れの厚いところにM240を撃ち込んだ。
たたたたた、と軽い音がして、ゾンビが次々に倒れていく。M2みたいな腹に響く音じゃないけど、こっちの方が今は正しい。
夏子が、群れの真ん中を割るようにして、工場の正面までJLTVを滑り込ませた。
半グレたちが振り返った。バールを握ったまま、何が起きてるのか分からない顔をしてる。
ターレットから降りた。
雪を踏んで、連中の前に立つ。
リーダーっぽい、でかい男が凄んできた。
「なんだてめえ」
答えずに、鉄扉を見た。
バールの傷が、いくつも付いてた。何日もかけて、こじ開けようとしてたんだな。銃眼の周りには、弾痕がびっしり。中に撃ち込もうとしたんだろう。子どもがいるのを知ってて。
それから、男を見た。
「お前ら、何してくれてんの?」
男が、何か言い返そうと口を開いた。
「……まあいいや、死ね」
収納から出したM240を向けた。
十秒だった。
逃げようとした奴も、拳銃を抜こうとした奴も、区別しなかった。ハイエースの周りに、動くものはいなくなった。
振り返ると、夏子が運転席から、黙ってそれを見てた。
止めもしなかったし、目も逸らさなかった。
終わってから、小さく呟いた。
「……ここに、また来たんだ。こういうのが」
この工場は、夏子にとっては、ひどい目に遭わされた場所でもあるんだよな。春にとっても。そこにまた、同じような連中が群がってたわけだ。
何も言わずに、夏子の頭に、一回だけ手を置いた。
夏子は何も言わなかったけど、少しだけ、頭をこっちに傾けてきた。
残ってたゾンビを片付けて、静かになった工場の前で、セーフルームの鉄扉を叩いた。
「春、俺だ。開けていいぞ」
返事がなかった。
しばらく、何の音もしなかった。
それから、閂が外れる重たい音がして、扉が少しだけ開いた。
春が立ってた。
痩せてた。目の下に、濃い隈ができてる。M4を握ったまま、指が白くなってる。
春は、俺の顔を見た。それから、夏子を見た。
それから、俺たちの後ろを見た。
誰かを探してる目だった。
「……小雪さんは?」
夏子が口を開きかけて、何も言えなくて、首を振った。
春の顔が、くしゃっと崩れた。
でも、泣かなかった。唇を噛んで、小さく、一回だけ頷いた。
春の後ろから、子どもたちが顔を出した。一番前にいる小さい女の子が、春の服の裾をぎゅっと握ってる。若菜って子だな、たぶん。春からのメッセージに、名前があった。
春が、深く息を吸った。
それから、俺を見上げて言った。
「……このセーフルームのおかげで、みんな生きてました」
声が、震えてた。
「ありがとうございました、奏介さん」
……え。
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
それから、頭を掻いた。
「……だろ。三日寝ないで作ったんだから」
やっと、誰かに褒めてもらえたよ。
そう思った瞬間だった。
春がM4を放り出して、飛びついてきた。
今度は、泣いてた。声を上げて、わあわあ泣いてた。春に抱きつかれてよろけたところに、子どもたちまで一斉に寄ってきて、足にしがみついてくる。若菜が、俺の脚に顔を押し付けて、ぎゅうっと抱きついてきた。
身動きが取れなくなった。
泣いてる春と、泣いてる子どもたちに囲まれて、どうしようもなくなって、天井を見上げた。
「……俺、ジャギなんだけどなあ」
隣で、夏子が首を傾げた。
「ジャギって誰ですか?」
「え、知らねえの? 北斗の拳の、ほら、あの、ヘルメットの」
「ほくとのけん?」
「……ジェネレーションギャップだわ」
春の泣き声と、子どもたちの泣き声の中で、夏子だけが、声を出して笑ってた。




