第41話:自分で決めた事なのか
駐屯地を見下ろす高台の空き地に、JLTVを停めた。
雪の向こうに、さっきまでいたゲートが小さく見える。詰所の明かりと、その前を行き来してる隊員たちの影。ここからなら、全部見えるんだよ。
「本当は室蘭に連れてってやりたいけど」
言いながら、夏子の方は見なかった。
「ここが、アイツのホームだもんな」
夏子が黙って頷いた。
収納からスコップを二本出して、一本を夏子に渡した。
一月の地面は、カチカチに凍ってる。身体強化をかけて、力任せにスコップを突き立てた。ガチン、と跳ね返される。腕が痺れた。もう一回。今度は少しだけ刺さった。
夏子も横で、黙って掘り始めた。
二人とも、何も喋らなかった。白い息を吐いて、スコップを突き立てて、土を放る。それだけを、ずっと繰り返してた。
膝くらいの深さまで掘ったところで、手が止まった。
スコップを握ったまま、動けなくなった。
穴の底を見てたら、なんか、笑えてきたんだよ。
「……アイツなら」
声が震えてた。
「『なんで収納で掘らないの、非効率よ』って言うわ」
泣きながら、笑ってた。
夏子が顔を上げた。夏子も、同じ顔してた。
「言いますね、小雪さんなら」
「だよなあ」
地面に手をかざして、土を収納した。
一瞬で、綺麗な穴が空いた。さっきまで二人で必死に掘ってたのが、馬鹿みたいだった。
小雪を穴の底に寝かせた。羽織をかけ直して、顔にかかった髪をどけてやる。
それから、土を戻した。
目印に、木刀を突き立てた。室蘭で、桜を助けに飛び出した時の、あの木刀。
「……小雪さんっぽい」
夏子が言った。
「だろ」
二人で、手を合わせた。
何か言おうと思ったけど、何も出てこなかった。だから最後まで、何も言わなかった。
近くの空き地に、コンテナハウスを出した。
夏子が風呂を沸かしてる間に、窓辺に座って、収納から酒を出した。缶ビールを開けて、一気に空ける。もう一本。また一本。
収納の奥から、煙草まで引っ張り出した。昔、どっかのコンビニで貰ってきたやつ。普段は吸わないのに、なんで持ってたんだろうな。
火をつけて吸い込んだら、盛大にむせた。
「げほっ、げほっ……まず」
夏子が風呂から戻ってきて、向かいに座った。何も言わずに、自分も缶を一本開けてる。
「アイツはいい女だったなぁ」
窓の外を見ながら言った。
「……はい」
「なあ夏子、アイツさ、風呂上がりでも背筋伸びてんだよ。なんなんだろうな、あれ」
「伸びてましたね」
「湯の川でさ、勘違いじゃないって言ったんだよ。勘違いじゃないって」
「……はい」
「俺みたいなのに、なんで、なあ」
夏子は、ずっと黙って相槌を打ってた。
同じことを、何回も言った気がする。アイツはいい女だった。背筋が伸びてた。勘違いじゃないって言った。揚げいも、食う約束してたのに。
空き缶が、床にいくつも転がってた。
急に、言うことがなくなった。
窓の外は真っ暗で、雪が降ってて、何も見えない。
俺は、テーブル越しに手を伸ばして、夏子の手首を掴んだ。
「……なあ、抱かせろよ」
夏子の目が、一瞬だけ見開かれた。
それから、何も言わなかった。
掴まれた手を、静かに外した。それから自分の手で、シャツのボタンを、一つずつ外していった。俺の方は、見なかった。
夏子が、部屋の明かりを落とした。
夜中だった。
暗い部屋で、布団の上に仰向けになったまま、天井を見てた。
布団の端に、夏子が腰かけてた。俺に背中を向けたまま、床に落ちてたシャツを拾って、袖を通してる。
ボタンを、一つずつ留めていく音がした。
振り向かないまま、夏子が言った。
「もうアタシが奏介さんにあげられるものは、命だけ」
静かな声だった。
「それだって、あげたっていい」
最後のボタンを留める音がした。
「……でも、ひとこと言わせて」
夏子が振り返った。
次の瞬間、胸倉を掴まれて、引き起こされてた。
目の前に、夏子の顔があった。泣いてた。ぼろぼろ泣きながら、歯を食いしばって、俺を睨んでた。
「お前、小雪さんをバカにするなよ!?」
怒鳴り声が、狭い部屋に響いた。
「いつまでもピーピー泣きやがって、あの人がそんな事望んだか! 好きに生きろって言われてこれじゃ、お前はクズだ!」
胸倉を掴む手に、力がこもる。
「お前がクズなのはいい。でも、お前選んで庇って死んだ小雪さんまで、バカにされんだよ!」
夏子の声が、裏返った。
「てめえ、ホントに、これが『自分で決めた事』なのか!」
……何も、言えなかった。
言えるわけないだろ。
夏子の手が離れた。俺は、そのまま崩れた。
布団の上に突っ伏して、泣いた。子どもみたいに、しゃくりあげて泣いた。声が出て、止まらなくて、みっともなくて、それでも止まらなかった。
小雪が死んだ時も、埋めた時も、酒飲んでる時も、ちゃんと泣いてなかったんだって、その時に気づいたよ。
夏子は、床に落ちてた自分の上着を拾って羽織った。それから向かいに座り直して、じっとこっちを見てた。
慰めもしなかった。背中をさすったりもしなかった。目も、逸らさなかった。
ただ、見てた。
この人は、ちゃんと立ち上がるって、信じてる顔で。
どれくらい経ったのか、分からない。
嗚咽が、止まった。
袖で顔をごしごし拭いた。鼻をすすって、息を吐いて、顔を上げた。
「あー、気を使わせて悪いね」
いつもの声が、ちゃんと出た。
夏子が、ぐしゃぐしゃの顔で鼻をすすった。
「あー、ほんとにな。何かしてもらわんと、合わないよ!」
北海道弁、うつってるじゃん。
ちょっと笑っちまった。
「……ありがとな。好きだぞ、夏子」
「知ってます」
夏子が言って、二人で笑った。
泣き腫らした顔同士で、しばらく笑ってた。
その時、夏子のスマホが震えた。
画面を見た夏子の顔から、笑いが消えた。
「……春からです」
差し出された画面を覗き込む。
『水道が止まりました。八人でセーフルームにいます。食べ物と水が、あと二日分しかありません』
画面を見たまま、空き缶を全部、収納に放り込んだ。
立ち上がる。膝は、もう笑ってなかった。
「行くか」
「はい」




