第33話:治すためなら、なんでもアリなのかねえ
高台の林の中に、潰れたペンションがあったんで、そこで一晩明かした。
窓ガラスは割れてたけど、収納から出したブルーシートで塞いで、ストーブを焚けばなんとかなる。夏子は寝袋に入ったまま窓に張り付いて、ホテルの方をじっと見てた。
「今日こそ露天……」
「まだ言ってるの」
小雪がお湯を沸かしながら呆れてる。俺は双眼鏡を首から下げて、インスタントのコーヒーを啜った。
「とりあえず今日は見るだけな。誰が何やってんのか分からんうちは、近寄らないのが一番なの」
「奏介さん、そういうとこだけ慎重ですよね」
「そういうとこだけって何よ」
「室蘭で足ぶった切ってた人の台詞じゃないです」
それとこれとは話が別なんだよ。相手が分かってりゃいいけど、分からんのは嫌なの。
昼前になって、封鎖線の方からエンジンの音が上がってきた。
自衛隊のトラックが二台、除雪された道をゆっくり登ってくる。ホテルの裏手に停まって、荷台から白い袋が降ろされていく。長くて、人の背丈くらいの。
「あれって……」
夏子が言いかけて、黙った。
「遺体袋ね」
小雪が双眼鏡を覗いたまま、短く言う。
続いて、白いワゴンが一台。横っ腹に北大のロゴが入ってて、中から白衣を着た連中が五、六人降りてきて、ホテルに入っていった。
「北大? 大学が何しに来るんですか」
「さあな。見てりゃ分かるだろ」
見てたら分かった。宴会場の窓越しに、白衣の連中が繋がれたゾンビに一体ずつ注射を打って、何か書き込んで、次のやつに移っていく。ゾンビは暴れてるけど、首と手首を鎖で壁に固定されてるから、白衣には届かない。
「あそこにあるホテル見てください!」
夏子が言うホテルを見てみた」
ホテルのロビーでは、迷彩服の自衛官が鉄柵の外に立ってた。手に長い棒を持ってて、先に鉤が付いてる。ゾンビが噛みつこうと寄ってくると、その鉤で首を引っかけて固定して、口の中に何か押し込むんだよ。ゾンビは飲み込んで、それでもまだ自衛官に噛みつこうとして、鎖を揺らしている。
「……ご飯、あげてるんですかね?」
夏子が小さい声で聞いた。
「噛もうとして勝手に寄ってくるんだから、給仕し放題だな。考えた奴、頭いいわ」
「感心するとこですか、そこ」
「だってさ、ゾンビって噛むだけで食う気ないんだろ。口に入ったら飲み込むだけで。なら向こうから寄ってくるのを利用するしかないじゃん。よくできてるって」
夏子が何とも言えない顔でこっちを見た。
昼過ぎ、ホテルから少し離れた駐車場に、でかいテントが張ってあるのに気づいた。
横の幕が全部巻き上げてあって、中が丸見えなんだよ。たぶん匂いがこもらないように風を通してるんだろうな。その中で、さっきトラックから降ろした袋を開けて、何かを機械にかけてる。
俺はしばらく覗いてから、双眼鏡を下ろした。
夏子が「貸してください」と手を出してきたんで、ちょっと迷ったけど渡した。どうせ見るなら、自分で見た方がいいからな。
夏子は長いこと覗いてて、それからゆっくり双眼鏡を下ろした。
「……あれ、人ですよね」
「ええ」
小雪が答えた。夏子はそれ以上何も言わずに、膝を抱えて座り込んだ。
小雪はまだ双眼鏡を覗いてる。何かを見つけたみたいに、一瞬だけ眉が寄った。
「どうした?」
「……なんでもないわ」
なんでもない顔じゃなかったけどな。
ストーブの前で三人並んで座った。誰も喋らないのも気まずいから、俺から口を開いた。
「なるほどな、治療法を探そうって事か」
二人がこっちを見る。
「ゾンビって、放っとくと燃料切れで勝手に死ぬだろ。でも実験するには生きててもらわなきゃ困る。だから飯食わせて、あったかい部屋に入れて、生かしとく。ホテルなら部屋も厨房もボイラーも揃ってるし、洞爺は道を塞いじまえば誰も入ってこない。場所選びもいいな」
「……奏介さんは、アリなんですか。あれ」
「アリかナシかで言ったら、大アリなんじゃないのかねえ。俺がそういう立場ならきっとそうするしな」
夏子は膝に顎を乗せたまま、しばらく黙ってた。
「理屈は分かるんですよ。治るなら治した方がいいし、あそこで使われてる人たちも、もう死んじゃってるんだし」
「うん」
「でも、なんかモヤッとします。あのゾンビたちって、死なせてもらえなくて使われてるじゃないですか。人のお肉食べさせられて。使われる側って、自分じゃ何も決められないんですよ」
……ああ、そうか。
この子は、決められない側にいたんだもんな。工場で、半グレに。そりゃ引っかかるわ。
何か言おうとして、やめた。軽口で流していい話じゃない気がしたんだよ。
小雪がストーブの火を見たまま、ぽつりと言った。
「そこでああいう事をやっている自衛官や医者だって、本当はもっと別な事がやりたいはずよ」
「別な事?」
「人を助ける仕事がしたくて、あの道に入ったんだもの。なのに死体を機械にかけて、ゾンビの口に押し込んでる。それでも、噛まれた人がいつか治せるかもしれないって、心を殺してやってるの。それは分かるわ」
小雪の声は静かだったけど、手がぎゅっと握られてた。
「ただ、これを他の事に使おうっていう奴等がいたら、それは許せない」
「他の事って?」
小雪が顔を上げて、まっすぐ俺を見た。
「政治家や、兵器に利用しようって奴等よ」
……ああ。
米軍のウイルスの件もあったもんなあ。元々どこかの誰かが兵器にしようとしてたもんが、こうなってるわけだから。
小雪は元陸自の情報保全隊だし、そういう連中が実際にいるのを知ってるんだろう。
夏子が「こわ……」と呟いて、毛布を頭から被った。
結局、三人とも答えなんか出ないまま、日が傾いていった。
夏子が毛布から顔を出して、最後にもう一回だけ、恨みがましくホテルの方を見る。
露天風呂付きの客室の窓を。
「……帰りましょっか」
めずらしく元気のない声だった。
「函館で温泉入ればいいだろ。湯の川あるし」
「……え?」
「湯の川温泉。函館の街中にあるんだよ。海の目の前で」
「それ早く言ってくださいよ!」
一気に元気になったよ、この子。
現金だなあ。小雪がくすっと笑った。
夜になるのを待って、三人でまた雪の山を越えた。
帰りも夏子は泣き言を言ってて、小雪がまた前を歩いて、足跡を踏ませてる。俺は最後尾で、一度だけ振り返った。
ホテルの窓には、まだ明かりが点いてた。今夜もあの中で、誰かが鉤の付いた棒を持って、ゾンビの口に飯を押し込んでるんだろうな。
「ま、俺らが口出す話じゃないわな、アイツらも自分で決めて、汚れ役やってるんだから。頭下がるわ」
「何か言いました?」
「なんでもない。ほら、足上げろ」
夏子が「はーい」と返事をして、また小雪の足跡を踏む。
(あれっ…ひょっとして雪を収納したら歩くの楽だったんじゃ)
俺は、頭によぎった事は誰にも言わず、車まで歩くのだった。
奏介たちはついに函館へ。
次話は、この作品で書きたかったテーマの一つです。
みなさまにも、同じ思い共有していただけたらと思います。




