第31話:ゾンビじゃなくて人間だけど、まあいいか
コンテナハウスに戻って風呂を沸かしてる間、夏子はずっとふくれてた。
「結局、服買えなかったじゃないですか」
「あの状況で買い物続行は無理だろ」
「奏介さんがゾンビって言い張ったせいで、それどころじゃなくなったんですよ」
「先に足折ったのは小雪だぞ」
「あれは正当防衛」
小雪が湯呑みを持ったまま涼しい顔で言う。
「木刀持って飛び出す正当防衛があるか」
「あるわ。相手が七人で、こっちは女の子一人だったんだから」
「そのあと三人潰したのは?」
「あなたの趣味」
否定できないのが悔しい。しかも、次は俺を連れて行かないって話まで勝手に決められた。揉め事にしたのはあの連中で、俺は片づけただけなんだけどなあ。
三日くらいは平和だった。風呂に入って、昼寝して、また風呂に入る。桜のいる窓口には近づかない。近づいたらたぶん気まずいからな。
四日目の朝、二人が揃って玄関の前に立った。
「じゃあ、行ってきます。ジムニー出して」
「ランクルは目立つから、ですって」
「はいはい」
収納からジムニーを出してやると、夏子が運転席に飛び乗って、小雪は助手席で拳銃の位置まで確かめてる。
留守番の俺は「いってらー」と手を振った。
扱いが完全に犬だよな、これ。
……で、昼過ぎに戻ってきたジムニーが、やたらと雪を蹴散らしてた。降りてきた二人は服の袋を提げてるけど、出て行った時と顔つきが違う。
「買えたんだな。良かったじゃんか」
「服はどうでもいいです、奏介さん、封鎖線の外がやばいです」
「屋上から見えたの。避難民というより暴徒ね」
「暴徒?」
「バスのバリケードに、数で取り付いて動かそうとしてたんです。何十人もで、押して、揺すって」
「それで中の人たちは?」
「必死に押さえてたわ。でも手が出せないみたい。周りの人がみんな携帯で撮ってたもの」
「撮ってたのは中の人? 外の人?」
「両方よ」
なるほどねえ。撮られてるんじゃ、警官も自衛隊も動けないわけだ。あの街、あんなに上手に回ってたのに、壊す奴は外からやって来るんだな。
三人でテーブルを囲んだ。ここで選択肢は二つ。気に入ってるからこそ、目立たないようにここに残るか。気に入ってるから、自分たちが住めなくなってもバカどもを掃除するか。
「あたしは、ここ、いい街だし残りたいです」
夏子が先に言った。ぼそっとした声で、本音なんだろうな。
「私は反対。このままじゃその街がダメになるわ。残れば守れるって言うけど、守る相手が壊れていくのを見てるだけになる」
「小雪さん、意外と熱い」
「意外は余計よ」
二人とも正しいんだよ。俺は窓の外の製鉄所を眺めながら、缶コーヒーを握った。コンテナハウスの暖房の効いた部屋で飲むコーヒーは、さすがに凍らない。
「……どうせなら中途半端じゃなくキチンと掃除するか。ここは、みんなせっかく頑張ってるみたいだし……故郷だしな」
夏子が身を乗り出してくる。
「決めましたね! で、そのあとどこに行くんですかぁ」
「函館だな」
「函館ですよね! わたし、バーガーと塩ラーメン食べたいです」
「両方食う気か」
「両方です」
掃除のあとの話をもうしてるんだから、覚悟はできてるんだろうな。
「じゃあ行きますか。あ、そうそう、バレバレだと思うけど、一応これつけようぜ」
収納からバラクラバを三つ出して配った。ドクロの柄のやつな。夏子が広げてまじまじと見る。
「……奏介さん、これって、あたしたちの方が悪役みたいですよ」
「まあ、善人じゃないよなあ」
「否定しないのね」
「否定したら嘘になるだろ。ただ、その前に一応聞くけど、ゾンビじゃなくて人間の駆除だぞ。わかってるな?」
「ゾンビだろうが人間だろうが、クズは排除です!」
夏子は即答だ。小雪は少し間を置いてから、まっすぐ俺を見た。
「ええ、分かってる。『自分で決めて』駆除するって決めたわ」
ああ、この人はやっぱり、そう言うんだよな。
「よし、そこまで覚悟決まってるなら」
俺はランクルの前に立って、収納から金網とトゲを出した。二ヶ月前に作りかけて、恥ずかしくなって奥に隠したあのトゲだ。やっと使えるよ、お前。
「うわあ……」
「趣味に走りすぎじゃないかしら」
「実用だよ、実用」
「顔がにやけてるわよ」
「してねえよ」
してたけど、ロマンなんだからしょうがないだろ。
封鎖線が見えるところまで来ると、思ってたより悪かった。
バスがすでに動かされて、暴徒が中へ入り始めてる。
内側では職人たちが鉄パイプを持って立ちはだかってるけど、警官は後ろで立ち尽くしてる。
「ここから行くぞ。バラクラバ」
三人でドクロを被る。「これは完全に悪役だなあ」と思ったけど、口には出さなかった。
「運転、あたしでいいんですよね?」
「お前が一番うまいから」
「褒められた気がしない」
「小雪は右の窓、俺は左」
「了解」
俺は助手席で拡声器を掴んで、窓を開けた。
「ハイハイ、今すぐやめなさい、離れなさい。止めないと、言葉が分からないからゾンビとみなすよ」
……返事はなかった。振り返った数人が、ぽかんとしてこっちを見てる。その後ろの連中は気づきもしない。
「はい、ゾンビ確定ー」
夏子がアクセルを踏んだ。
「うわあ、うわあああ!」
叫びながらハンドルを切ってるけど、手は震えてない。この子は、悲鳴と運転が別々に動くんだよな。バンパーのトゲが最前列の男を跳ね上げて、二人目、三人目と服を裂いていく。
「右、三人。足を狙って」
「了解」
小雪が金網の隙間から銃身を出して、指示と発砲を同時にやってる。足を撃って止めて、頭を撃ち抜く。一連の動きに迷いがない。
「小雪さん、こわ!」
「夏子、前を見なさい」
「見てます、見てます!」
俺も左の隙間からHK416を突き出した。集団で近寄ってくる連中が、固まってるから狙わなくても当たるんだよ。ここまでやると気持ちいいのが問題だよなあ。
「奏介、顔がにやけてる」
「バラクラバしてんだから見えねえだろ」
「声で分かるわ」
一時間ほどかかったかな。
気がつくと、封鎖線の外の雪の上に、逃げ遅れた連中の屍だけが残ってた。夏子が肩で息をしながらハンドルを握ってて、小雪は銃を膝に置いて、静かに窓の外を見てる。
「……終わりましたね」
「終わったなあ」
封鎖線の内側に、見覚えのある姿があった。
桜だ。鉄パイプを持った職人たちの後ろで、目を丸くしてこっちを見てる。ドクロで顔は見えないはずなのに、なぜか目が合った気がした。てか、車でバレるか。
俺は窓から手を出して、ひらひらと振ってみた。桜が口を半分開けたまま固まって、何か言おうとして、声にならない。その横から、制服の警官が前に出てきた。
その瞬間に、俺は窓から顔を出して、拡声器を口に当てた。
「日本語が通じないとはゾンビめー!」
「奏介さん」
夏子がため息をついて、アクセルを踏み込んだ。
ランクルは封鎖線を離れて、国道37号を函館方面へ走り出す。
道に残ってたゾンビを何体か跳ね飛ばして、トゲが雪の上に赤い線を引いた。バックミラーは見なかった。
「……ラーメン、楽しみですね」
「バーガーもだろ」
「両方です」
「はいはい」
小雪が、隣でくすっと笑った気がした。ドクロの下だから、よく分からなかったけど。




